「ONLY」その後の番外編「sweet honeymoon」-2




「シマにゃん、ごめんねー、頑張ってお留守番しててね!」
「みゃうぅ〜ん…。」
「お土産買って来るからね!」
「み〜…。」

当日、時間ギリギリまで志摩は、猫のシマとの別れを惜しんでいた。
別に一生の別れじゃない、たった一泊なのに、大袈裟なのが可笑しい。
猫のシマも、俺と志摩がどこかへ行くのがわかっているのかいないのか、
志摩に抱かれて寂しそうな鳴き声をあげている。


「志摩、そろそろ…。」
「あっ、ハイっ、んじゃシロ、お願いします!」
「お〜!大丈夫だ!任せてくれ!」

譲ってもらった藤代さんの恋人、シロのところへ預けることにしたのだ。
その旅行券も、当てたのはシロなのに、藤代さんが仕事のために俺達が行くことになって、なんだか申し訳ない気持ちだった。


「悪いな、シロ。譲ってもらって…。」
「ううんっ、大丈夫!亮平は一生懸命仕事だもんな、オレ大丈夫だよ。」
「そうか…。」
「シマとミズシマに行ってもらってオレ嬉しい〜。」

シロの言っていることは本心に間違いない。
シロは嘘なんか吐けないし、俺達のことを心の奥底から友達だと思ってくれている。
時々志摩とシロが仲良くしているのを見て、それにさえ嫉妬してしまう自分が、とても恥ずかしくなってしまった。
こういう素直なところが、藤代さんは好きなんだろう。
俺としてもそれはシロのいいところだと思う。
ただ、素直過ぎるのが玉に瑕と言うか…。
よくわかってないのにとんでもないことを言う時があったりする。


「じゃあ行って来るから。」
「うん!オレの分もやって(?)来い!」
「シロ…、それはいいから…。」
「そうか〜?へへっ、行ってらっしゃい!」

シロまでそんなことを言うから、俺は引き攣り笑いを浮かべた。
志摩はすぐ隣で真っ赤になっている。
おそらく藤代さんにいらないことを吹き込まれたのだろう。
そんなところまで藤代さんの言うことを聞いてしまうんだから…。
あの人はどれだけシロに色々教え込んでいるのだろうか…。
そんな余計なことまで考えてしまった。
笑顔で手を振るシロと猫のシマに見送られて、俺と志摩はその温泉旅行へと出発したのだった。






温泉は東京から少し西へ行った海沿いの街だ。
途中までは普通電車、乗り換えて特急電車で1時間半ぐらいだ。
迷ったりしたら格好悪いから、志摩に見つからないように念入りに調べていた。
乗り換える大きな駅に着いて、特急の車両を見た時、志摩はあからさまにはしゃいでいた。
それを見た俺まで、はしゃぎたいような気分になった。


「隼人、お弁当来たよ!何にしようねー?」
「何でもいいよ。」

車内販売のアナウンスが流れるとすぐにそのワゴンが見えた。
志摩は落ち着かない様子で、それが近くに来るのを待っている。
まるで飼い主が帰って来た時の犬、もしくは留守番をしている猫のシマみたいだ。


「あ、あのー!お、お弁当下さいっ!ふ、ふたつっ!!」
「お二つですね、ありがとうございます。どちらになさいますか?」
「は、隼人ー、幕の内と中華と釜飯と洋風と…ど、どれにしよう?!」
「どれでもいいからお前が好きなの二つ選べよ…。」
「んじゃ幕の内と釜飯!あっ、あとお茶、わーお菓子もあるー!あっ、アイスもあるー。」
「あんまりたくさん買うなよ…。」

放って置いたらワゴンごと買ってしまうんじゃないかという勢いだった。
販売員の若い女も、ここまで喜ばれたら嬉しいだろう。
志摩に対して他の客以上に満面の笑みで対応をしてくれた。


「えへへー美味しそうー♪隼人どっちがいい?」
「お前が好きなだけ食えよ、残ったのでいいから。」

弁当を膝に二つ乗せて、志摩は迷いに迷っている。
ただの弁当なのに、ここまで一生懸命になれる志摩は凄いと思う。
そしてその表情や言動すべてが可愛いと思ってしまった。


「あの、隼人…、や、優しいね…。また惚れ直しちゃった…!」
「バカ…、こんなところで言うなよ…。」

そんなこと言われたら、今すぐに抱き締めてキスしたくなる。
それをわかってて言っているのなら、志摩は俺よりも意地悪だ。
真っ赤になった志摩の隣で、俺まで真っ赤になってしまいそうだった。
身体が熱くて、喉が渇いて仕方なくて、志摩が欲しくて仕方ない。
弁当と一緒にペットボトルのお茶を買ってよかったと思う。
それを勢いよく喉に流し込んで、なんとか我慢することが出来た。
だけどこの先二人きりになった時、そんなことを言われたらどうなるかわからない。
楽しそうに弁当を食べる志摩の横で、俺は半分複雑な思いでお茶を飲み干した。

宿泊先は、ホテルと旅館を足して2で割ったような感じだった。
俺と志摩が案内された部屋はホテルで言うとスイートみたいな部屋で、
広い洋風の部屋の中に仕切って畳の部屋なんかもあって、とにかく豪華な作りだった。
しかも一階にあるその部屋には、なんと露天風呂まで付いていた。
それには志摩だけじゃなく、俺も驚いてしまった。


「すごーい!すごいよ隼人!お風呂があるー!!」
「夕食は何時頃お持ちしましょうか?」
「あ…、じゃあ6時半頃でお願いします。」
「かしこまりました。どうぞごゆっくりして行って下さいね。」

客室係は若くて綺麗な女だった。
全体の作りはホテルだけれど、中身は旅館みたいなサービスだったから、客室係もフロントも、皆和服だった。
そこまでしなくてもと言うぐらい、丁寧で、慣れていない俺はなぜか照れてしまった。
夕食は、家にいる時とだいたい同じ時間にした。
何もかもがいつもと違ってしまうと、やりにくい感じがしたから。


「わーい、ご飯楽しみー。」
「ふふ、お兄さんとご旅行ですか?喜んで頂けて嬉しいわ。」
「はいっ、隼人と旅行ですっ!楽しいですっ。」
「そうですか…、よかったですねぇ。どうぞ楽しんで行って下さいね。」

志摩のお陰で、その女まで笑顔だ。
さっきの車内販売と言い、志摩というのはそういうことを出来る奴なんだ。
周りの人間を笑顔にする、そういう力がある。
なんだかちょっと羨ましい。


「隼人、お風呂!お風呂入ろー?」
「そうだな…。」
「えへへ、俺、露天風呂初めてなの。緊張するー。」
「俺もだよ、初めて。」

抱き付いて来た志摩を、ぎゅっと強く抱き締めた。
背の低い志摩に合わせるようにして屈んで、額にそっとキスを落とす。
電車で我慢していた分、もっとしたかったけれど、風呂を楽しみにしている志摩に悪いから、なんとかそれだけで済ませた。


「あの…、は、隼人…。」

色々準備がある、と意味不明なことを言った志摩より先に俺は風呂に浸かっていた。
そろそろ陽も落ちて、薄暗い中に湯煙が上がっている。
すぐ近くには海があって、波の音が聞こえて来て、遅ればせながら旅行に来ているんだと心から実感することが出来た。
志摩がおずおずとタオルを巻いて風呂に現れて、真っ赤になっている。


「何今更恥ずかしがってるんだよ…。」
「だ、だって…。」
「じゃあ後ろ向いてるから。」
「ご、ごめんなさい…。」

今までにも何度も一緒に風呂に入っただけじゃない。
セックスする時に何から何まで全部見ているのに。
今更そんなに恥ずかしがられると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
志摩がようやく入って来たのがちゃぷん、という音でわかって、振り向いていいのか一瞬迷った。


「ふ───…。気持ちいいー。」

志摩が大きな深呼吸を吐いて、お湯の中を泳ぐようにして近付いて来る。
その度に水面が揺らいで、触れてもいないのにそこから志摩を感じてしまうようだ。
手拭いを頭に載せて、温泉気分を満喫している志摩が可笑しい。


「えへへ、見て見てー。」
「なんだそれ…。酒…?お前未成年…。」
「うん!あのね、やってみたかったの!温泉で飲むやつ!あ、中身はお茶だよー?」
「お茶…。」

よく家で志摩が旅番組を見ているのは知っていた。
そして温泉で酒を飲むのもよく見る。
お盆に徳利とお猪口を浮かべて、リポーターが至福の時を味わうというよくあることだ。
それを準備していたのか、志摩の前にはお盆と、その上に、真新しい徳利とお猪口が浮かんでいる。


「そ、それ…、わざわざ家から持って…、いや、そんなもんなかったろ、買って来たのか?」
「うんっ!だってここにあるかわかんなかったもん。」
「それであの荷物だったのか?他には何持って来たんだよ…。」
「うーんと、タッパとー、あとパジャマとータオルも!でもどっちもあったね。タッパはなかったけど。」

ちゃっかり料理でも持ち帰るつもりだったのか、タッパまで持って来るなんて…。
絶対持って帰れるわけなんかないのに、そういうところバカで可愛いんだ。
パジャマやタオルが備え付けてあるのを知らないのは、志摩が旅行なんか行ったことがないせいもある。
笑いたいのとせつないのが入り混じっていた。
だけどこんなに楽しい雰囲気の中だから、笑いたい方が勝ってしまって、堪え切れなくて吹き出してしまった。


「隼人、なんか俺変なことした?」
「うん…、すげぇ変…。…ふ……。」
「えへへ、隼人、笑ったーカッコいいー。」
「カッコいいってな…。」

俺が今笑っていられるのは志摩のお陰だ。
志摩が俺を楽しませようと色々としてくれたから。
俺が感情表現できない分、精一杯周りに対して表現してくれたから。
ぴったりとくっ付いて来た志摩が、堪らなく愛しくて、思わずその身体を抱き締めた。


「あの…、隼人…?」
「それ飲んでいいか?」
「あっ、うんっ、今入れてあげ……、んぅ…っ。」
「いい。お前が飲ませて。志摩、お前が…。」

とうとう我慢できなくなって、志摩の柔らかい唇に触れた。
驚いた志摩が、お猪口をぽちゃん、と落としてしまう。
茹るような熱さの中、キスはだんだん深くなって行く。
濡れた身体が、擦れ合って一気にいやらしい気分になってしまった。


「は、隼人…っ、の、のぼせちゃうよ…。」
「うん…、そろそろ上がるか…。」

志摩も俺も本当にのぼせてしまいそうだった。
既に身体は反応を起こしかけていて、濁り湯だったのが救いだと思った。
すぐに風呂から上がると、お互いタオルで巻いただけの格好で、部屋の中に戻った。







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