「ONLY」-4




今日も志摩は、最初はまた外から店内を覗くのだろうか。
そして俺を見つけて、俺が気付くと、バカみたいに手を振って。
そんな志摩は今頃猫のシマと遊んでいるのだろうか。
それとも一人でテレビを見て、昼ご飯を食べていたり。
もちろんその後は、毛布を被って床で昼寝をして。

気がつけば、今日も俺は志摩のことばかり考えてしまっている。
あいつが自分で作ったという毛糸の帽子が、 あの大きな窓に見えるのを心待ちにしてしまっている。
それでもそんな自分がほんの少しだけ、嫌ではなくなってきている。
それもまた志摩のお陰なんだと思う。


「ご機嫌だな、旦那様は。」
「…藤代さん!びっくりするじゃないですか。」
「さっきからずっと窓の方見てるだろお前。」
「藤代さんの気のせいですよ。」

暇になった店内で、品出しをしていると、突然後ろから藤代さんに声を掛けられた。
こういうことを言う時の藤代さんは気持ちが悪いぐらいの笑みを浮かべている。
だから俺としては余計素直になりたくなくなるのだ。
素直になりづらいと言った方が正解かもしれない。
志摩に対してだって感情を露にするのはまだ全然できていない。
藤代さんに対してもっとできないのは当然のことだ。


「来るんだろ、奥さん。」
「奥さんって…。」
「隼人ー、って目ぇキラキラさせて、可愛いよなぁ志摩たんは。」
「はぁ…。」

真似する志摩の口調がそっくりで、でも藤代さんがやると全然似合ってなくて、
ちょっとどころじゃなく可笑しくで吹き出しそうになる。
そんな藤代さんの恋人のシロも可愛いと思うけれど、
また自慢が始まったらきりがないから、やめておくことにした。


「なぁ水島、この間のこと考えてくれたか?」
「…あ、はい、一応は。」
「言ったのか?」
「いえ、まだです…。すいません。」

この春から、なんと藤代さんは大学に通うことになる。
それもシロのためだと言うから、本当にシロのことが好きなんだなぁと思った。
この人がいい加減そうに見えても、からかってきても、
それでも嫌な人だとか思わずに時々慕ってしまいそうになるのも、そういうところを凄いと思うからだ。
見た目とは全然逆で、何事に対しても真面目で一途なんだ。
この店でバイトを始めて、よかったことと言えばそのことだろうか。
ほとんど一緒に仕事をする人がいい人だったということ。
いや、一番は志摩と出会えたことだけど。


「まぁ無理にとは言わねぇけどよ。」
「はい…。」

俺は藤代さんに持ち掛けられた話を、迷っていた。
それは俺にとっても志摩にとっても生活が変わることだったから。
それから志摩の学校のこともあったからだ。
もうそろそろ話さなければいけないんだけれど…。
品出しを続けながら、もう一度そのことについて考えていた。

夕方近くになり、バックルームの方で店の電話が鳴った。
店内には俺と藤代さんだけで、仕事をろくにしない店長は外へ出ていた。
藤代さんはレジを打っていたから、仕方なく仕事の手を止めて電話に出た。
それは、俺と入れ替わりで入るバイトの高校生からだった。
どうしても学校の用事があるから1時間だけ遅れるという電話だった。
1時間ぐらいならいいか、しかも学校の用事なら仕方ない、そう思って了承の返事をして、電話を切った。
志摩には悪いけれど、先に帰ってもらおう。
この寒い中外で待たせるのは可哀想だし、かと言って中で待ってもらうわけにもいかない。
ジーンズのポケットから携帯電話を取り出し、用件だけを打ったメールを送信した。
もう志摩は家を出てしまっている時間で、買い物に夢中になっているのか、
当初の終わりの時間になるまで、志摩からの返事はなかった。
いつもなら、すぐに返事が返って来るのに。
その時気付けばよかったんだ、志摩の行動の僅かな変化に。


「あ…、隼人ー…、こ、こんにちは。」
「…志摩。」
「おー、奥さん来たかー。」
「そ、そんなぁ、奥さんだなんてー、照れるーえへへー。」

そろりと店のドアを開けて、志摩が店内に入って来た。
今日は窓の外から覗いていない。
藤代さんにからかわれるとそれを真に受けて、勝手に照れるというのはいつもと同じことだったけれど。


「ごめん、志摩、あと1時間仕事になったから。」
「あーうん…、メールは見たの…。えっと、外で待ってちゃダメ…?」
「風邪ひいたら大変だろ、悪いけど…。」
「うん、わかった、先に帰ってるね。」

バイトの高校生から電話があった時、藤代さんにも遅れることは話した。
藤代さんは俺が残ると言ってくれたけど、今日は大事な用があるということを前に聞いていた。
志摩のことが大事じゃないわけではない。
藤代さんの用に比べて、志摩に謝って先に帰ってもらえば済むことだったからだ。
実際、志摩が来て、すぐに納得してくれた。
そのすぐに納得したのも、おかしいとは思ったんだけど…。
いつもなら、嫌だの待ってるだの駄々をこねたり我儘を言ったりするからだ。
俺という人間は、本当に大馬鹿者だ…。


「えへ…、家でシマにゃんと待ってるね。」
「うん、ごめん。」

志摩は少しだけ脅えたような不安げな笑顔で、店を後にした。
それから電話の連絡通り、1時間ほど経った頃、バイトの高校生はやって来た。
すみません、と何度も謝りながら、急いで店の制服を着ると、
今度はありがとうございます、と言うので、俺はすぐに帰り支度をして店を出た。
店の裏口から出た場所に、何やら食べ物の残骸らしきものがあった。
一応は片付けたけれど、片付け切れていない。
よくよく目を凝らしてそれを見て、思わず息を飲んだ。


「志摩…。」

もしかして、ここで待っていたのか…?
いくらなんでも志摩がこんなところで食べ散らかすことはしない。
きっといつもの布のバッグに入った猫のシマが腹が減って我慢できなかったんだ。
俺は、何かはまったくわからない、物凄く嫌な予感に襲われて、暗くなった道を全速力で走った。









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