「ONLY」-3




「あーあ…、やっぱり冷めちゃったぁ…。」
「み〜…。」

安売りで買って来たエビフライを、志摩はしゅんとしながら見つめる。
足元では猫のシマまでがっかりしたような声を出している。
どうやら志摩のせいで猫のシマまでエビが好きになったらしい。
ご飯の時に、目を輝かせて俺たちのエビを狙っているのはよくあることだ。


「仕方ないだろ、お前が友達に会ったんだから。」

何気なく言った一言だった。
別に志摩を責めようとか嫌味を込めて言ったわけではない。
なのに、志摩はもっとしゅんと下を向いてしまった。


「ご、ごめんなさい…、隼人、ごめんなさいです…。」
「あ…、いや別に怒ってるわけじゃ…。」

物凄く気まずい空気が俺たちの間を流れた。
どうしてこいつは、俺の一言にこんなに左右されるんだろう。
俺に怒られると、すぐに一生懸命謝って。
それは好きだからとか言う単純な理由だと思う。
それがまた志摩の可愛いところだし、 俺としても嬉しかった。
だけど俺はこの時、どうかしてしまっていたのかもしれない。
本当に、どうかしている。
志摩にこんな酷い言葉を投げつけるなんて。


「本当に友達なのか…?」
「…え……?」

志摩の眉間に皺が寄って、眉が今までにないぐらい急な角度で下がる。
目の端が僅かに潤んで、熱い視線が俺へとぶつけられる。
俺は今、何を言った…?


「楽しそうだったもんな、お前。実はあの一穂っていう奴を好きだったとか。」

わかっているのに、一度ついてしまった勢いというものは止められなくなる。
どうしてこういう時だけ饒舌になるのか、自分のことなのに、まったくもって理解不能だ。
暫く何も言えなくなった志摩に、悲しませるような言葉ばかりが溢れて来てしまう。
こんなつもりじゃなかったのに。


「戻りたいんじゃないのか…?」

ついには、一番言ってはいけないことを言ってしまった。
だけどそれは、最近の俺の胸の中を支配していたものだ。


「お、俺…、やっぱり邪魔かなぁ…?」

なのにどうして…。
普段は絶対泣くくせに、こんな時だけ笑って見せるんだ。
男だけど、物凄い泣き虫なくせに。
頭を掻きながら無理に笑う志摩に対して、心から申し訳ないと思った。
同時に、愛しくて仕方なくなって、素早く手を伸ばした。


「嘘、ごめん、今のなし。ごめん、本当にごめん志摩。」
「…う……。」
「本当にごめん、ごめん…。」
「うえぇー
…。」

抱き締めた腕の中で、今度こそ志摩は泣き出してしまった。
その温かい体温を全身で感じながら、柔らかい髪を撫でる。
こんなに好きなのにな…。
俺って奴は、本当に最低な男だと思う。
だけど今その方向に考えるときりがない。
こんな奴でいいのか、そうやって堂々巡りになるだけだ。


「俺、隼人だけだよ…?」
「うん、わかってる。」
「だって…だってね、は、は…、初恋だもん…。」
「そうか。」

真っ赤になった頬に唇を近づける。
流れる涙を、舌先で拭うようにして舐めた。
さっきの俺の言葉と同じく、志摩の涙も止まることを知らないみたいで、
どうにかしてそれを止めたくて、いつもより優しいキスをした。


「志摩、エッチ…、しようか。」
「えっ!ああああのー…。」
「したくない?したい?」
「えっと…、隼人どうしたの?な、なんか変だよ…?」
「だとしたらお前のせいだな。」
「え…?俺のせいなの…?なんで??」

触れるだけのキスを何度もしながら、そんなことを言うもんだから、志摩は恥ずかしいより驚いてしまっていた。
俺だってどうしてこんな台詞が出て来たのかなんてわからない。
ただ、今は志摩に優しくしたい、そう思ったからだ。
そう考えると、俺が変になっているのも志摩のせいなんだ。


「で?どっちだよ?」
「うー…、し…、したくなくないです…。」

絶対に間違っている日本語で、志摩が了承したのを聞くと、
小さな身体を抱き締めたまま持ち上げて、ベッドのある部屋へ向かった。





その夜、妙な夢を見た。
絶対に有り得ないような設定の夢だ。


「えっえっ…、うっうっ…。」

志摩が泣いている。
今よりももっと小さい時の志摩だ。
この頃の志摩のことなんて知らないはずなのに…。


「しま、泣くな。」
「はやとー。」

俺は慰めようと、志摩の名前を呼ぶ。
更におかしいこのは、その俺もまだ小さいのだ。
志摩とは6歳離れているから、こんなことは本当に有り得ないのだ。


「しまおうちないの…。はやとー…、ここにいていい?」
「うん、いいよ。」
「じゃあしまずっとここにいるー。」
「うん。」

そして涙を拭いて笑顔になった志摩の手を握る。
夢の中まで温かくて柔らかい感触だ。
その後俺のことを好きだと繰り返す志摩を、ぎゅっと抱き締めた。
ここにずっといてくれるように。







「隼人…?隼人…?」
「…ん……。」

気が付くと、それよりはだいぶ大きくなった志摩が俺の顔を覗き込んでいた。
夢の中のあの感触は、本当に手を握っていたせいだった。
明るい日射しの中で、志摩の真っ赤になった目が視界に入る。
それは昨晩の行為のせいだったけど。


「どうしたの?大丈夫?」
「何が…?」
「うなされてたから…。」
「いや、なんでもない、大丈夫だ。」
「そうなの?ホント?」
「うん。」

話の途中で、志摩に気付かれないように手を離した。
そんな志摩は、俺の答えに渋々納得したように、布団を捲って起きようとする。
その細い腕を、思わず掴んで制止した。
びっくりしたような戸惑ったような顔で、こちらを見る目がやっぱり赤いのを確かめると、なんとなく罪悪感に陥った。


「あ…、あの…、ご飯作らなきゃ…。」
「いいよ、無理するなよ。」
「えっ、あ、あのー…、大丈夫だよ…?だってね…、えっと…。」
「??志摩…?」

もごもごしながら、今度は志摩の顔全体、いや、全身が真っ赤になっている。
白い首筋や胸元には俺が付けた紅い斑点がくっきりと残っていて、それを目にすると俺まで真っ赤になりそうだった。
志摩が俺の耳元に唇を近付けて、手で隠しながらごく小さい声で囁く。


「よ、よくはわかんないんだけど…、隼人、昨日その…、や、優しかったから…。」
「………っ。」

恥ずかしい、なんて言葉では言い表せない。
そんなに俺は、態度やら行動やらに出ていたのだろうか。
二人で朝から真っ赤になってるなんて、これはもう、バカップルとしか言いようがないかもしれない。


「よ、よくはわかんないんだけど…!!本当にわかんないんだけど!!」

きっとまた俺に、セックスの最中そんなこと考えてたのか、なんて意地悪でも言われると思ったんだろう。
志摩は視線を背けながら必死になって俺に訴える。
そういうところ、可愛いとしか思えないんだけど。
志摩にわからないようなぐらいだったけど、可笑しさに笑みが零れた。


「あの、今日も一緒に帰っていいですか…?」

視線を逸らしたまま、俺の胸元に頬を寄せてきた。
恥ずかしいくせに、こんな風に甘えるんだもんな。
そうされるのは、俺としては本当は嬉しいんだ。
その嬉しさを言葉にする代わりに、志摩の背中に手を回した。


「いいよ。」
「えへへー、よかったー、買い物したら寄るねー。」

今度は志摩が俺に手を回して来た。
どちらからと言うまでもなく、その後はおはようのちゅー、をした。
こんな幸せがずっと続くといい、胸の中で願っていた。
だけどこの日から、その俺の願いを揺さ振ることが起きるなんて、この時の俺は予想もしていなかった。
この幸せに、溺れ過ぎてしまっていたのかもしれない。









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