「ONLY」-2




「相変わらずすげぇ弁当だなー。」
「…うわっ!藤代さんっ!」

昼休み、ぼうっとしながら弁当を突いていた。
志摩が来る前までは、このコンビニの賞味期限切れの弁当、それがない時は仕方なく自分で買ったりしていた。
時々外の店で買って来ることもあったけれど、こんな風に自宅からわざわざ持って来ることなんかなかった。
覗き込まれた弁当を、藤代さんの声によって、思わず蓋で隠した。


「志摩たん愛妻弁当〜♪いやぁ羨ましいな。」
「からかわないで下さいよ…。」

ほぼ毎日、特に寝坊をしない限り、志摩はこれを持たせる。
不味いどころか志摩の料理の腕はなかなかで、あの外見からは想像ができない感じだ。
そんな食べ物の味に関して何か感じるようになれたのも、志摩が来てからだ。
それまでは、食べることに関してもまったく関心がなかったから。


「お前幸せもんだよな、毎日こんな弁当作ってくれる嫁さんがいてよ。」
「嫁さんって…。」
「いや、まぁ俺もシロがいるから幸せだけどな?」
「それは…、よかったです…。」

一体からかいに来たのか惚気に来たのか…。
俺としては自慢しているつもりは全然ないのだけれど、
藤代さんは何かと俺と志摩のことをからかって、その後自分とシロのことを自慢してくるのだ。
自慢されるのはいいのだけれど、自分のほうを言われるのは恥ずかしい。
嫁さんだの…、幸せものだの…。
幸せもん…、か…。
そうかもしれない、俺は、おそらく、いや確実に幸せ者だ。
感情まで失くしかけていたのを、志摩によって救われたのだから。
それなら志摩はどうなんだ…?
こんな考えばかりが浮かんでしまう。


「おいなんだ水島?ボケっとして。幸せボケか?」
「…はい……。」
「えっ、マジで言ったのか今の…。」
「…はい……。」

本当におかしくなったと思われたのか、藤代さんはそれ以上突っ込んで来なかった。
いつもなら、俺の白々しい態度に対して物凄い勢いで突っ込んで来るのに。
俺がダメだとわかると、今度は志摩をからかったり。
そんな他人との関係も、俺のとっては初めてで、迷惑そうな態度を取りつつも、心の奥底では嬉しかったりする。
それももちろん、表面に出すことはないのだけれど。
途中だった弁当を全部片してしまおうと、もう一度蓋を開けて、箸を持った。






午後になると、時間が流れるのがやけに遅く感じる。
昼の忙しい時間を過ぎて、学生が帰宅する時間までは、暇な時間帯になるからだ。
品出しや発注なんかをして、その暇をもてあそぶことが多い。
志摩は今頃、家で昼寝なんかしてるのだろうか。
きっと昼ご飯を食べて、腹いっぱいになって猫のシマと横になっている頃だろう。
そしてその後は昼のワイドショーなんか見て、まるで主婦だ、と言いたくなる。
気が付けば、志摩のことを考えてしまっている。
しかも志摩が店に来るのを楽しみに待っていたりして、俺は、恋に胸弾ませる中学生かよ…。
俺って…、思ったよりも重症なのかもしれないな…。

そんな風にして、相変わらず一人でもやもや考えながら、数時間が過ぎた。
短い昼が終わろうと、太陽が傾きかけた頃だった。
ふと外を見ると、大きな店の窓の向こうに、見慣れた姿を見つけた。
きょろきょろと頭と目を動かして、こちらを覗いている。


「…志摩。」

聞こえるはずなどないのに、窓の向こうの志摩の名前を呼ぶと、本人は嬉しそうにぶんぶんと手を振っている。
周りから見たら、いわゆるバカップルと言われても仕方ないのかもしれない。
夕日に志摩の目がきらきらと反射して、やけに眩しく感じた。


「隼人ー!おかえり、おかえりー。」
「…うん。」

志摩も、ここが外だとわかっているから、いつものようにしがみ付いて来たりはしない。
それでも今にも飛び付いて来るかと思うぐらい、俺に向かって笑顔を振り撒いている。
まだ家に着いたわけでもないのに、おかえり、なんて言って。
本当にバカなんじゃないかと思うこともある。
だけど、その、おかえり、が、今では必要不可欠なんだ。
重たそうなスーパーの袋を、志摩から取り上げ、自宅までの道のりを歩き始めた。


「あのねー、今日、エビフライ安かったのー。」
「そうか。」
「早く帰ろー?シマにゃんもお腹減ったって!」
「こらっ、志摩、走るとあぶないだろ。」

身軽になった志摩が、家を目指して走り出した。
安かったというエビフライは、多分俺が持っているスーパーの袋の中だ。
猫のシマはやっぱりいつものように志摩の布バッグの中にいるらしい。
志摩が走り出すと、中から鳴き声が聞こえた。


「…わぁっ!!」

だから危ないって言ったのに…。
道のど真ん中で、志摩が歩いている人間と思い切りぶつかった。
どうするんだよ、恐いおっさんとかだったら…。
ぶつかる音に、思わず顔に当てられた手を、すぐに外して志摩のところへ駆け寄った。


「…志摩?」
「…あ!」
「お前志摩だろ…?」
「…一穂くん……。」








俺は今の今まで、あまり気にしていなかったのかもしれない。
いや、知っていることだったけれど、深く考えないでいたんだろう。
志摩の過去のこと…。
過去の知り合いと、道でばったり会ってしまう可能性を…。
有り得ない話でもないのに。
どちらかと言うと、今までないほうが不思議なぐらいなのに。


「お前、男と駆け落ちしたんだろ?」
「えぇっ!!駆け落ち…?!ち、違うよー。」
「施設の人がそう言ってたけどな。なんだ違うのか…。」
「一穂くんは、みんなと仲良くやってるの?」

一穂、と名乗る少年は、どうやら志摩がいた施設にいるらしい。
あの制服は、志摩が通っていた高校のものだ。
今2年生だと言うから、普通に計算して、志摩より1つ上になる。
その少年の隣には、頼りなさそうだけど明らかに年上の男がいた。
立ち話もなんだから、とその男が気を利かせ、近くのファミレスへやって来た。


「あ、あのー、一穂くん、その人は…?」
「あっ、僕は浅岡の学校で物理を教えている三崎って言います。君はうちの生徒だったんだよね?」
「あ…、俺、学校ほとんど行かないでやめたから…。」
「志摩、もう学校には行かないのかよ?」

ずきり、と胸に何かが刺さった。
鋭くて、でも周りが鈍いようなわけのわからない痛み。
じわりとその刺さった箇所から痛みが徐々に広がって、胸が苦しくなる。
頼んだアイスティーが運ばれて来ると、その痛みを誤魔化すかのように体内に流し込んだ。


「い、行かないよ…、俺嫌いだもん、学校なんて。」
「あっそ…。ならいいけど。」
「一穂くんは?学校好きなの?学校の先生と仲いいんだねー。」
「学校なんか好きなわけねぇよ。仲いいっていうか…。」
「あ、浅岡…っ。」

志摩が何気なく言ったその一言に、一穂という少年は口の端を妖しく上げて見せた。
見た感じが美少年っていうのは、こういう笑いをするとやたらと色っぽく見える。
その隣では三崎と名乗る教師が、真っ赤になって慌てていた。


「この人が俺のこと愛してるから。」
「…浅岡……っ!」
「えぇーっ!先生、お嫁さんなの?すごーい。」

まぁ、そんなことだろうとは思ったけれど…。
生徒と教師が一緒に歩いているなんて普通あんまりないことだ。
しかもこの先生のぎこちなさ丸出しなところとか…。
だけど志摩の奴も、いくらなんでも大の大人に向かってお嫁さん、はないだろう。
さっきよりも色濃く、先生が真っ赤になっている。




あれほど急いで帰ろうと言ったのも、志摩は忘れてしまったのだろうか。
それから小1時間ほど話して、彼らとは別れた。
その間の俺と言うと、話に入っていいのか悪いのか、
どうしていいのかわからずに、ただひたすらアイスティーを飲んでいるだけだった。
おかわりまでして、腹の中でちゃぷちゃぷ音がしそうだ。
まさに入る場所がなくて置いていかれている気分、っていうのはそのことだと思った。


「隼人ー?どうしたの?」
「…え……?」
「具合悪いの…?」
「いや、大丈夫、なんでもない。」

また歩き始めると、志摩が心配そうに俺を見上げる。
吸い込まれそうなほど、大きくて澄んだ目で。
ダメだ…、こんなことをいちいち気にしてどうする…。
だけど、この思いを、俺は一体どうしたらいいんだ。
こうすればいい、という明確な答えを、誰かが示してくれたらいいのに。


「早く帰ろー?もう真っ暗だよ?」
「…そうだな。」

その、真っ暗なのをいいことに、志摩の小さな手を掴んだ。
普段なら、嫌だと言って、誘われても手を繋ぐことなんか絶対しないのに。
だけどこの時は、そうすることで、なぜか安心する気がした。








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