「ONLY」-16




「…ん……。」

あぁ…、あったかいなぁ…。
温かくて柔らかくて気持ちのいい何かに包まれているみたいだ。
その時の記憶なんてないけれど、胎内にいた時っていうのはこういう感じなんだろうか…。
ゆったりとした水の中にいるみたいな…。


「志摩…。」

俺が隼人のお母さんになる。
あとお父さんになるの、あと子供になって、弟になって…。
そう一生懸命言ってくれた時の志摩が頭から離れない。
大丈夫、十分お前はなれている。
俺の、俺のたった一人の家族に…。


「志摩……。」

重い身体をなんとか動かして、志摩の頭を優しく撫でる。
昨晩、いやほぼ今朝まで夢中になってしまっ
たセックスの痕跡が、
志摩の白い肌にたくさん残っていて、申し訳ないのに幸せな気分になってしまった。
同じように背中に志摩がつけた爪の跡が痛んで、その幸せ感が一層高まる。


「…んにゃ……はやと…?」

その志摩に付いた痕跡をゆっくりと指先でなぞっていた。
鈍い志摩でもその感触には気付いたようで、寝言みたいなことを呟いて目を覚ました。


「あ、あの…、昨日はその…。」
「おはよう志摩。」
「お、おはよーございますっ、昨日はお世話になりましたっ!」
「ぷ…、なんだよそれ…。」

勢いづいてまた志摩が妙なことを言う。
セックスしてお世話になりました、なんて生まれて初めて聞いた。
しかも自分で言って自分で真っ赤になって、可愛い以外の何でもないんだけど。
そういう仕草や表情がいちいち俺に火を点けるんだ。
さすがにあれだけしてまたここで手を出すのは悪いからしないけど。
その辺りを志摩本人は気付いているんだろうか。


「えへへ、おはよー、隼人、おはよーございますっ。」
「うん。」
「あっ、ご飯!ご飯作らなきゃ!隼人何がい……。…は、隼人……?」
「いいから。いいからこのまま…。」

慌ててベッドを出ようとする志摩を、後ろから覆うように抱き締めた。
さっきからずっと真っ赤になったままの耳に、唇で触れる。
耳朶を優しく噛むようにキスをして、同じぐらい柔らかい頬にもキスをした。
何度かその行為を繰り返すと、張り切っていた志摩も一気に大人しくなってしまった。


「あの…、隼人…?」
「志摩…、好きだ…、志摩…。」
「な、なんか昨日から変だよ…?」
「こういう俺は嫌いか…?」

自分でも変だと思う。
こんな歯の浮くような台詞も、後悔しそうなほど恥ずかしい行動を迷うことなくすることも。
素直な奴っていうのは恐いと思っていたけれど、自分もそうなるとは思っていなかった。
まだ何も身に着けていない志摩の身体を、自分の方へ引き寄せると、また熱でも上がってしまいそうだった。


「き、嫌いじゃないです…、あの、好きです…。」
「うん、俺も好き…、志摩、もっとこっち…。」
「隼人、好き…大好き…、隼人…?隼人っ?!」
「志摩………。」

志摩を抱きながら甘い台詞を囁いている真っ只中で、記憶が途絶えてしまった。
上がってしまいそうも何も、昨日からの熱がまた上がってしまっていたのだ。
自分でも途中からおかしいとは思ったけれど、こんな情けないことになるなんて。
志摩のことなんか言えないぐらい、鈍いにも程があると思った。









「はい、隼人、あーん。」
「いい、自分で食べるから。」
「えー!!あーんってやりたいー!」
「我儘言うなよ…。」

数時間して、目を覚ますとこうだ。
あの今朝の甘い時間は一体なんだったのかと言うぐらい、俺は志摩に対して素直ではなくなっていた。
俺よりも身体がきついはずなのに、志摩はちゃんと起きて世話までしてくれていた。
時々よろよろと歩くのを見て、ちょっとだけ胸が痛んだりした。
それなのに、せっかく作ってくれたおかゆを志摩が食べさせようとするのを阻止した。
今朝の100分の1でいいから、素直になるようにしたいとは思うのだけれど…。


「早く元気になってね、シマにゃんも心配してるよー?」
「み〜…。」
「うん…。」

猫のシマを胸元に抱いて、俺の目の前に差し出す。
志摩に抱かれたまま、猫のシマは小さくて丸い手を伸ばして、俺に触れようとする。
いつもは俺が志摩にくっつくと恨めしそうにして嫉妬しているくせに、
俺が具合が悪いのがわかっているのか、今日の猫のシマは俺に優しい。


「あ…どうしようバイト…。」
「電話しておいたよ!店長がゆっくり休みなさいって。」

あの店長が簡単に休んでいいなんていうわけがないと思った。
しかも二人揃ってなんて、いくら志摩がバイトに慣れていなくても出ろとか言いそうなのに…。


「隼人が熱で大変で死んじゃうかもしれなくて、どうしても休みたいんです!って言ったの。」
「死にはしないけど…。」
「お願いします!って頼んだらいいって言ってくれたよー?」
「お前…、妙なこと覚えたな…。」
「??何?妙なこと??」
「いや…、なんでもない…。」

そんな切羽詰まった声で電話したらそりゃあ休んでいいって言うだろうな。
しかもあの店長…、志摩のそんな声聞いたのか…。
志摩本人が気付いてないのが質が悪いというか何と言うか…。
確信犯ならそんな声聞かせるな、って責めることもできたけど。
こんなことにさえ嫉妬するなんて、俺って奴は本当に心の狭い人間だよな…。


「あのね、ゆっくり休んでね。」
「それでなんで布団に入ってくるんだよ…。」

猫のシマも一緒に、志摩がベッドに潜り込んで来る。
これ以上欲情させるのはやめて欲しいところだ。
俺が勝手にしてると言われればそれまでだけど。
何気なくする志摩の行動全部が、俺から見たら誘ってるのと同じなんだ。
そんなことない、志摩がそう言うから、そんな志摩に無理矢理するのは可哀想だから、まだ抑えているようなものだ。


「えへへ、志摩湯たんぽー。シマにゃんも湯たんぽー。」
「あ…そう…。」
「隼人、あったかい?」
「うん…、まぁ…。」

志摩に対する思いと、なんとか抑えている性欲で熱いぐらいだった。
喜んでいいのか恨んでいいのかわからない「志摩湯たんぽ」に包まりながら、
その日は夜になるまでほとんどを眠って過ごした。








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