「ONLY」-12




俺はやっぱり、意地悪なんだろうか。
志摩がバカみたいに素直なのを利用して、こんなことをさせるなんて。


「……あ…、隼人…っ。」

触れて欲しいと言ってくれたのに、体力がないと言い訳をした。
志摩が一人でするのを見たくて。
俺が言ったことならなんでも聞く、俺のためになんでもする、そうやって、自分のものだと、この目で確かめたくて。
意地悪というより、ただ単に我儘でひねくれているだけだとも思う。


「や…、隼人見な…で…っ。」

俺に背を向けて、志摩は自分の下半身の辺りで手を動かしていた。
後ろから見ても、その動きが拙いのはよくわかる。
それでいて濡れた音が小さく聞こえると、もっと見たいという欲望に駆られた。


「こっち向いて、俺に見せて。」
「やだ…ぁ、できな…、やっぱりできな…。」
「なんとかなるのか?」
「う…、隼人…ひどいぃー…。」

わかっているくせに、そんな目で恨めしそうに俺を見つめる。
その目の端には、快感のせいか恥ずかしさのせいか、涙が滲んでいた。
それともさっきの行為の名残りのせいか。
なんともならないことは同じ男として志摩もわかっている。
俺はそれまでも利用してしまっているんだ。
でもごめん、触れたくなくて言ってるんじゃないんだ。
ごめん志摩、ここまでしてまだ素直になれなくて。


「…あ、あ…ぁ、ん…っ。」

苦しそうなパジャマのズボンを膝の辺りまで下げてやる。
解放されたそこが、さっきに比べて質量を増し、角度も変わっている。
小さな手で弄る小さなそこが、完全に変化を遂げていた。


「あ…、隼人…っ、隼人…っ、あ…。」

志摩は酔ってしまったかのように目が虚ろだ。
頬どころか顔どころか全身が紅く染まっているみたいに見える。
きめ細かい肌に滲む汗が、夜明け寸前の部屋の中で輝いている。
触れたら弾けてしまいそうなほど、弾力のある肌も、汗で額に纏わりついた髪も、
全部のパーツが俺より小さいのも、 同じ男でも俺とはまったく違うところだ。
まったく違う、志摩、という人間を形成するもの。
この世で志摩しにしかないものだ。


「志摩…、可愛い。」
「隼人…、隼人…っ!」
「志摩は…、可愛いくて、えっち、だよな。」
「あ────…っ!!」

わざとらしく志摩の耳元に近付いて囁くと、 既に先走りが溢れていたその先端から、白濁液が勢いよく放たれた。
その白濁液が、志摩の手と太腿の辺りを汚して、思わず息を飲んだ。


「うぇ…、やだよー、えっえっ、隼人ー。」
「志摩…。」

自慰行為を人に見せるのはもちろん初めてだろう。
それどころか、したこと自体も少なそうだ。
自分の手で達するまでをこんなに間近で見られて、志摩は半分泣き出してしまった。
その泣いているところにまでドキドキするなんて、酷い男だとも思ったけれど。


「隼人ー…。」

本当に泣いてしまう前に、志摩は俺に抱き付いてきた。
大丈夫、そう言って欲しくて。
よくやった、だとか褒めて欲しくて。
俺としてもそういう意味で抱き締めてやりたかったけれど、それ以上に自分の勝手な欲望が勝ってしまっていた。


「志摩…っ。」

抱き付いてきた志摩を、そのまま布団の上に押し倒して、手首を強く押さえ付けた。
一瞬のうちに体勢が変わってしまったことに、志摩は目を丸くしている。


「あの…、隼人…?どうし…。」
「やっぱりダメ、我慢できない、志摩、我慢できない…。」
「ん…っ、んぅ…っ、隼人…、あ…ぁ…。」
「やっぱりしていい?」

どうしたの、と志摩が聞く前に自ら答えを告げながら、その唇を塞いだ。
唾液を注いで舌を絡めて、今までにないぐらい激しいキスで。
唇の端から溢れた唾液を零しながら、志摩は何も言えずに、ハイの返事の代わりに、熱っぽい目で小さく頷いた。


「ただいまー!シマ〜、ミズシマ〜!」
「あー眠ぃ眠ぃ。だりぃな。」

─────え……?!

「まだ寝てるのかな?」
「案外朝っぱらからヤってたりしてな。」
「りょ、亮平っ!」
「あー、冗談だって。おい水島熱下がった…。」

下に押さえ付けていた志摩を開放して、隣に寝かせた。
起きた時に足元に寄せていた布団を、瞬時にして被った。
この際一緒に寝ているというのは見られても仕方ない。
問題はその布団の中の志摩が、下半身を剥き出しってことで。


「なんだなんだラブラブだなお前ら。」
「あの…、藤代さん…、は、早かったですね…。」
「あれ?俺言わなかったっけ?洋平の奴朝早いからそんぐらいに戻るって。」
「聞い…たような気がします…。」

熱のせいだったのか、志摩への思いのせいだったのか、覚えていなかった。
藤代さんが嘘なんか言うわけがないし、俺としたことがこんな失敗をするなんて。
そこまで自分のことしか考えられなくなっているのも呆れたものだ。
だけど言い方を変えるとそれは自分に一生懸命になっていたということだから、
成長したのかもしれないなんて、都合のいいことを思ってしまった。


「さてと風呂でも入るかな、シロ、風呂入るぞー。」
「亮平っ、恥ずかしいってば…!」

部屋の奥でコートを脱いでいたシロの声がこちらまで聞こえた。
この会話だと二人はいつも風呂に一緒に入っているみたいだ。
なんというか…藤代さん達の方が普通にラブラブだと思うんだけど…。
志摩もいつもこの二人みたいに、ラブラブになりたいー、と言っていたし。


「水島?熱は…。」
「あ、もう大丈夫なんで…、俺達は戻りますから。」
「そうか?無理するなよ?」
「はい、ありがとうございます、すいませんでした。」

戻るならすぐに戻ればいいのに、藤代さん達がバスルームへ向かうのを待った。
その不自然な行動に藤代さんが疑問に思わなかったから、なんとか助かった。

「志摩…。」
「び、びっくりしたよー!」

あんなに盛り上がっていたのが嘘みたいだ。
焦って動揺しているうちに、気分まで打ち消され、もちろん興奮していた下半身も見事に萎えてしまった。
隣にいる志摩はどうだろうかと思えばさっきから目を丸くしたままだ。


「その…、大丈夫か…?」
「び、びっくりして大丈夫になっちゃったよ!!」
「ぶ…っ、そうか…。」
「ひどーいそんなに笑わなくてもー!!」

それは大丈夫なのか大丈夫じゃないのか、どっちだと言えばいいのか俺もわからない。
ただ志摩の表情が面白くて、思い切り吹き出してしまった。
そこまで正直に言われると、俺としても気持ちがいいぐらいだ。


「ごめん。あんまり志摩が可愛いから。」
「は、隼人…、なんか夜から変だよ…?いつもよりそういうこといっぱい言ってくれるんだもん…。」
「うん、変かもしれない。」
「でも俺嬉しいです…、隼人好き、大好き…。」

さすがにここでさっきの続きをするわけにはいかなかった。
しがみ付いてきた志摩を惜しみつつも振り解いて、ちゃんとパジャマのズボンを穿かせた。
隣までだったら、この格好で帰ってもいいだろう。
着ていた服を持って、志摩の腕を引っ張った。


「早く帰って続きしようか。」







続きをしよう、そう言って自分の家に戻る頃、空はすっかり明るくなっていた。
藤代さんのところの玄関を出て、清々しい冬の空気を吸い込んだ。
それはまるで俺の胸の中を表しているようで、自然に笑みまで零れそうだった。


「ただいまーただいまです!シマにゃーん!シマにゃん?ごめんねー。」
「み〜…。」
「ごめんねシマにゃん、一人ぼっちにしてー会いたかったよー。」
「み〜!」

家に入るなり、志摩が猫のシマを呼ぶと、鳴きながら玄関まで駆けて来た。
猫のシマには、夜の間だけ寂しい思いをさせてしまった。
それでもちゃんと、志摩を連れて帰ってきたことで、満足しているみたいだった。


「えへへ、シマにゃーん。」
「みゃう〜ん。」

そんな甘えた声を上げて、これじゃあどっちが猫なんだかわからない。
志摩は猫のシマにキスをして、猫のシマは志摩にぎゅっと抱き付いて。
なんだか本当に俺と志摩の子供みたいだ…なんて、恥ずかしいことまで考えてしまった。


「シマにゃんご飯にしよーね、お腹減ったよね。」
「みゅ〜。」
「何食べたい?シマにゃんの好きな……あ。」

その時、志摩のポケットで、聞き慣れた電子音が鳴った。
細かいことが好きな志摩は、人によって着信音を分けていたのだった。
俺の着信音、藤代さんやシロの着信音、その他の友達の着信音。
今のは多分、それ以外…登録していない番号か、友達以外のもの。


「はい、志摩です…、あ、こんにちは…。」

ぎこちない会話に、嫌な予感がした。
志摩のおかしな敬語も、俺に対するものとは違う。
本当に目上の人に使うための敬語だ。
俺の予想が外れていなければ、この後すぐに志摩は謝ってくるだろう。


「あの…、言ってみます…、はい、さようならです。」

携帯電話の通話ボタンを押して切ると、志摩が訴えるような目で俺を見上げた。
何って言っていいのか物凄く迷っているんだろう。
俺に怒られるのを、びくびくしているんだろう。


「あの、ごめんなさい俺…、あの矢崎っていうおじさんに電話番号教えたの、連絡する時使うって…。」
「うん、それで?」
「え…、隼人怒んないの…?」
「怒っても仕方ないだろ。」

志摩には悪気も何もない。
俺が疑ってしまうようなやましいことなんて。
志摩は志摩なりに俺のことを思ってそうしたなら、それはそれでいいんだ。


「やっぱりどうしても話を聞いて欲しいって。もうすぐ隼人のおばあさんのところに戻るからって。」
「そういえばお前、昨日電源切ってたろ。」
「え?うん、あの、充電切れちゃってシロのとこで充電してたから…。」
「なんだ、それで繋がらなかったのか…。」

俺のことを嫌いになって電源を切ったのかと思っていた。
俺が電話するなんて考えもしなかったんだろうな。
それは志摩が悪いんじゃなくて、今までそういうことをしなかった俺のせいだ。
志摩はただ充電がなくなったから電源を切ったまま充電しただけだ。
いや、今はそんな話じゃなかったか…。


「隼人?あのー、俺、後で電話しておくね、おじさんに。」
「うん、時間聞いておいてくれるか?」
「え…!!あ、会うの…?」
「いつまでも逃げてるわけにはいかないだろ。」

そう、俺はきっと、逃げていたんだ。
もう関係ない、過ぎたことはどうでもいいと言いながら。
本当はそのことを思い出したくなくて、真実を知りたくなくて。
だけどそれを超えなければ、俺はずっとこのままだと思った。
自分自身も、志摩に対しても、素直になれないまま、変われないまま。
過ぎたことだからこそ、ちゃんと受け入れて、それから新しく生まれ変わればいい。
昨晩熱に魘されながら、そんな決意をしていたのだった。


「志摩、お願いがあるんだけど。」
「は、はい!」

床に下ろした猫のシマを撫でている志摩の手を、きゅっと握った。
温かくて、小さくて、俺の大好きな手だ。
この手が俺を支えてくれるなら、俺はどんなことでも受け入れることができると思った。


「一緒にその話、聞いてもらっていいか。」

俺はもう迷うことはしない。
その思いが繋いだ掌から伝わったのか、志摩も同じように、俺の願いに迷うことはなく、黙ったまま深く頷いた。








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