「ONLY」-11




「…暑い……。」

まだ夜が完全に姿を消していない中、猛烈な暑さで目を覚ました。
熱がある俺のために、とエアコンがガンガンに効いている。
カーテンが閉められた薄暗い部屋の布団の中で、汗だくになっていた。


「…ん……やと…、はやと…。」

この暑さの原因はすぐにわかった。
熱があるから、風邪だと思うから、同じ布団はダメだと言っても聞かなかった志摩は、
気持ちよさそうに寝息をたてては時々幸せそうに寝言を言う。
寝ている時はいつもそうだ。
寝ていなくても、俺と一緒にいる時はこんな顔をしている。
バカみたいに素直で、こっちが恥ずかしくなるぐらい。
それでも俺がそういう感情を表現できない分、志摩が大袈裟に表現してくれていると思うと、同じぐらい、いやそれ以上に幸せになった。

汗をかいたら着替えろよ、と藤代さんは言い残して、替えのパジャマまで用意して行ってくれた。
あの人のこういう優しいところは、見習いたいと思う。
見た目からすると意外に思えるけれど、さり気なくやって退けるところが、
同じ男としてカッコいいと思ったし、シロもそこが好きなんだと納得してしまった。


「気持ち悪いな…。」

バスルームで着ていた服を脱ぎながら、ブツブツと呟く。
熱が完全に下がったわけではないけれど、だいぶ楽になったことを考えると、かなりの汗をかいてしまっていた。
こういう時は、風呂に入っていいものだろうか…。
あまり風邪をひいたこともないし、看病されたこともないから、そんなこともわからない。
だけどなんだかスッキリしない、そう思った俺は、シャワーだけでも浴びようと、全部脱ぎ捨てて浴室へ入った。
藤代さんも、なんでも勝手に使っていいと言っていたから、その言葉に甘えることにした。
時間にして10分もなかったと思う。
シャワーを浴び終わって、身体も拭けと置いて行ってくれたタオルで、全身の水気を拭き取ってバスルームを出た。


「隼人ー…。」
「…志摩……、起きてたのか…?」

布団の上で、志摩が今にも泣きそうな顔で待っていた。
まさかこの時間に起きるわけがないと思っていた俺は、驚きのあまり持っていた服を落としてしまった。


「隼人いないからびっくりしたよー…。」
「いないって…、たった10分だぞ?」
「だって…、またどっか行っちゃったかと思ったんだもん…。」
「また、って、俺がいつ…。」

それを言うならお前がだろ。
俺がいつどこかへ行ったって言うんだよ。
本当に面白い奴だな、と笑いそうになった時、はっと息を飲んだ。


「やだよ、俺、我儘だと思うけど…、置いて行かれるのやだ…、傍にいてくれなきゃやだ…。」
「うん…。」

そうだった…、志摩は生まれてすぐに置いて行かれた。
もう誰にも置いて行かれたくない、一人になりたくない。
言葉に出さなくても、十分伝わるぐらい、志摩は強く抱き付いて来る。
そんなこと心配しなくていいのにな…。
俺だって同じように寂しかったんだ。
これ以上寂しい思いはしたくないし、させない。


「隼人ー…。」
「ちゃんといるから大丈夫だ。」
「えへへ、嬉しいです、俺、嬉しいー。」
「うん…。」

いつもなら、甘ったれだのひっつくなだの言っているところだろう。
そうして志摩はしゅんとなって落ち込んで、でも離れなくて。
だけどこの時の俺はやっぱり熱が下がっていなかったのかもしれない。
こんなに素直に、はっきりと自分の気持ちを言えるなんて。
それともこれも、志摩がかけた何かの魔法か…?


「隼人、隼人ーえへへー。」
「………。」
「…隼人ー…?」
「…志摩、ちょっと…。」

これはかなりまずいと思った。
抱き付いて、俺からも抱き締めたはいいものの、何事も度が過ぎるというのはよくない。
ぴったりくっついて離れない志摩から、パジャマ越しに皮膚の温度を感じてしまった。
その皮膚に直にいつも触れてていたのかと思うと、再び高熱に襲われそうだった。


「??どうしたの?」
「いいから…、ちょっと離れ…。」
「えーそんなぁー、今傍にいるって…。」
「俺がもたないんだ…、だから頼む…。」

惜しむようにして志摩の身体を離した。
藤代さんはあんなことを言っていたけれど、さすがにここではできない。
人の家で、人の留守にセックスしたことが誰かに知れたら…。
藤代さんに知れたら一生言われるに決まっている。
それにさっきの解熱の時に消耗し過ぎて、そこまで体力が残っていない。


「あの…、えっとあの…。」
「お前も男なんだからわかるだろ…。」
「…う、う……ん…?」
「だからもうこれ以上はくっつかないでくれ…。」

恥ずかしいことだけれど、俺の下半身は変化する寸前だった。
好きな人にこんなに触れられて、勃たないでいられる奴がいたら尊敬するぐらいだ。
しかもこのところ1週間はしていないとなれば、反応だって起こりやすくな
るに決まっている。


「あの…、だ、大丈夫です…か…?」
「なんとかする…。」
「な、なんとかなるの…?」
「し、仕方ないだろなんとかしなきゃ…。」

志摩は真っ赤になって俯いてしまった。
指と指を絡めて、うじうじして。
最初に俺のところに来た時、エッチしてくれ、なんて言ったのが信じられないぐらい、その表情は新鮮で、可愛いとも思ってしまった。
あれから実際に何度もしたけれど、それはまったく変わらない。
今の場合、どうしていいかわからないのは言われた方も同じか。


「あの、俺…、…てもいい……、してもいいよ…?隼人ー…。」
「志摩?」
「え、えええ、エッチ……とか…っ。」
「ぷ…、とかってなんだよ?」
「いやあの…!ごめんなさ…っ!えっとだからうーん…。」
「うん、いいんだ、ありがとう志摩。」

あんまり真っ赤になって、よく言うゆでだこみたいで、可笑しくなってしまった。
志摩が勇気を出してくれたのには驚いたけれど。
その気持ちだけ頂くことにして、もう一眠りしようかと布団に潜ろうとした。


「あの…、そうじゃなくて…、だから…。」
「何?どうした?」

志摩がパジャマの袖をきゅっと引っ張る。
もごもごと何度もどもっては、その指先に込められた力が強くなっていく。
だけどまさか、あんなことを言うとは思ってもいなかったけれど。
今日は予想に反したことばかり起きる、その最大の出来事だった。


「お、俺が……、し、しちゃダメ…?」










「なんだかすごくドキドキする…。」
「あんまり見るなよ、恥ずかしい…。」

下着の中から志摩は俺自身を取り出し、まずは掌で優しく包んだ。
他人にそこを触れられるのはあまり好きじゃなかった。
快感のためなら、そう思ってしてもらったことはあるけれど、基本的にセックス自体、快感のためでしかなかった。
誰かを好きで、その人が欲しいと思って抱くことなんかまったくなかったと言ってもいい。


「あ、あの…、下手だったら…ごめんなさい…。」
「そんなこと…、気にするなよ…。」
「は、はい…。」
「…………っ。」

志摩の小さな口が、その先端をゆっくりと含んだ。
普段食べ物を食べる、普段キスをする、その柔らかい唇が、自身の薄い皮膚に触れる。
正直それだけで、達してしまいそうになった。


「……っく、ぅ……ん…っ。」

何度かそれを繰り返されると、俺のそこはもう完全に勃ってしまった。
情けないだとか恥ずかしいだとか、そんな感情よりも、そこまでしてくれた志摩に対する愛しさの方が、何よりも勝っていた。


「ふ…ぅっ…んっ。」
「志摩…っ。」
「……え………?」
「すごい顔…、めちゃめちゃやらしい…。」

俺の先走り液と志摩の唾液の絡んだそれを、不器用に触れる。
拙い動きで、舌先で舐め回すその時の顔があんまりいやらしくて、 ついまたそんな意地悪を言ってしまう。


「や…っ、見な…で…っ、隼人…っ、あの俺…っ。」
「うん…、気持ちいいよ…、気持ちいい…志摩…っ。」

熱に浮かされたみたいに涙目になった志摩が、それでも行為を続ける。
肘で支えた全身が快感で震えてしまう。
乱れる髪を梳かすようにして、志摩の頭を優しく掌で撫で回した。


「……んっく……。」
「…志摩……、離せ志摩……っ。」
「…え……?」
「…………っ!」

早くも限界だと思った瞬間、志摩の頭を掴んで無理矢理そこから離した。
不思議そうに見つめる志摩の顔に、間に合わなかった白濁液の一部がかかってしまって、なんだかひどく罪悪感に襲われてしまう。


「ごめん…。」
「いいの…、あの、俺、嬉しいです…、隼人が気持ちよくなってくれて…。」

頬についたとろりとした液体を拭った。
自分が放ったものだと思うとまた恥ずかしい。
触れた志摩の頬は熱くて、さっきまでの俺の熱みたいだった。


「ごめん……、志摩…?」
「え…?あの、大丈夫です…。」

暫くぽやんとしていた志摩の様子がおかしい。
このままいったらゆでだこじゃ済まされないぐらい真っ赤になっている。
その異変に気付いた俺は、またしても意地悪なことを言ってしまった。


「じゃあなんでそこ押さえてるんだ?」
「こ、こここれは…!な、なんでもないで…。」
「なんでもないなら見せて。」
「や…っ、あの…、やだ見な…っ!」

嫌がる志摩のパジャマのズボンの中に手を入れると、思った通り、 そこは緩やかだけれど、勃ち上がってしまっていた。
まだ薄暗い部屋なのに、志摩の顔は最高潮に真っ赤になっているのがわかる。


「俺にしてて興奮しちゃったのか?」
「ち、違うも…っ、これは違…っ。」
「じゃあなんでこうなってるんだ?」
「や…、隼人っ、怒んないで…っ。」
「怒ってないよ。」
「でも俺…っ、ごめんなさ…っ、えっちでごめんなさい…っ!」

よく志摩はその台詞を吐く。
だけど俺に言わせると、それは謝ることじゃないといつも思う。
好きな人がそんなこと言ってくれて嬉しくない奴なんかいないと思うんだ。
しかもそれに自分が絡んでいるとわかれば、尚更嬉しいことだろう。


「あの…、隼人…?」
「触って欲しい…?」
「……は、は…い……。」
「でも今俺、体力ないんだけど。だから…。」

いつもはすぐに行為に及ぶ俺が、いつまで経っても触れないから、志摩はきょとんとした表情で不思議そうに見つめてくる。
まるでおあずけ食らっている時の猫のシマみたいだ。


「だから志摩、自分でやってみろよ…。」









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