「魔法をかけたい」-7




お願いします…、銀華さま、助けて下さい…っ!
お願いします…、ぼくを、紅とぼくを、銀華さまのもとへ…!


「……っ!!桃っ?!お前何をしている。」
「…あ。…ぎ、ぎ、銀華さまぁ〜!!うわんお会いしたかったですぅー!!」
「よいから其処を退かぬか。」
「あっ、すみませんぼく…!」

目を閉じてその数秒後、ぼくは銀華さまのところにいた。
正確には、銀華さまの膝の上に…。
これが以前だったら、魔法使い見習いもクビになるところだった。
ううん、今でも銀華さまにそんな失礼なことはできないんだけど。


「久し振りだな、桃。」
「はいっ!銀華さまー!お会いできて嬉しいですぅ〜。」

ぼくは銀華さまの胸に思い切り飛び込んだ。
温かい、銀華さまの体温を感じながら、頭をごろごろ擦り付ける。
ぼくが魔法の修業でうまくいかなくて落ち込んで泣いていた時、怒った後よく銀華さまはこうして撫でてくれた。
やっぱり銀華さまは優しいなぁ…。


「ところで桃、此方には何か用が…。それとその人間は…。」
「あっ、聞いて下さい銀華さま…!紅が死んじゃうんですっ!」
「何?それは本当か。」
「はいっ、ぼくどうしたらいいのか…。とりあえず紅と一緒に瞬間移動したんですっ。」

もう銀華さまに怒られるのは仕方ないこと。
怒られても、紅が死んじゃうよりは全然いいもん。
銀華さまにはとても悪いけど、今のぼくにとって一番大事なのは紅なんだ…。


「紅は何処に行ったのだ。」
「え…あの、一緒に…。」
「見当たらぬが。」
「ぎ、銀華さまっ、紅はこれです!ここに横たわっているのが紅です!」

あの銀華さまにもわからなかったんだ…。
銀華さまはとても鋭い視点を持っているのに。
それほどまで紅は変わってしまったんだ。
ぼくなんかすぐに気付いてもらえるぐらい、ほとんど変化がなかったのに。
ぼく、なんだかやっぱり置いてきぼりだなぁ…。


「しかし…見事な変わり様だな、此れは。何かあったのか。」
「はい…、あの、実はですね…、銀華さま、ごめんなさい、あの…。」

銀華さまは、こういう時、物凄く威圧感がある。
それはたとえ神様じゃなくなっても、変わらないところだ。
それに、ぼくにとっては、銀華さまはいつまでも神様で、師匠なんだ。
ぼくを拾ってくれて、魔法を教えてくれて。
一緒にご飯を食べてくれて。
紅と、出会わせてくれた…。
ぼくは、おそるおそる、口を開いた。


「馬鹿者っ!!あれ程人の心に関する魔法はするなと言っただろう!」
「はいっ、ごめんなさいっ!!銀華さまっ、すみませんでしたっ!!」

ああぁ…やっぱり…。
覚悟はしてたけど、怒られちゃった…。
当たり前だよね、銀華さまは、それだけはするな、っていつも言っていたんだ。
一番しちゃいけないことしたんだもん…。
ぼくが一生懸命謝っていると、ふと銀華さまの表情が緩んだ。


「…と言いたい処だが、私にはできぬ。」
「銀華さま…?」
「私も1年程前、洋平の記憶をいじろうとした…。おまけに神失格にもなったからな。」
「そ、そんな…、銀華さまは…失格になったわけではありません!」

疲れたように笑う銀華さまの表情が悲しい。
それは、そのことを悔やんでいるんじゃないんだ。
ぼくと紅を置いて行くのがとても辛かったって、後から聞いた。
銀華さまは優しいから、ぼくと紅のことを心配してくれていた。
自分がいれば、そう思って今こんなに悲しい顔をしているんだ。
ぼくが、させてしまったんだ…。


「すまぬ…、私が無責任なことをして…。」
「ち、違いますっ、ぼくが悪いんですっ、銀華さまは悪くないですっ!」
「しかし私がお前たちが大人に成る迄…。」
「ち、違うんですっ、ぼく…ぼくわかったんです…!」

聞いて下さい銀華さま。
ぼくは、やっと、恋というものが素晴らしいものだと知りました。
ぼくは、紅が好きで、一緒にいたいんです。
そのためなら、たとえ魔法使い見習いをクビになってもいいんです。
紅さえいてくれたら…。
そんなのは、自分勝手な思いだっていうのは、わかってるんです。
でも…、ぼくは紅がいなければ、無理なんです。
笑うことも、泣くことも、生きることも。
ぼくは、精一杯、自分の言葉で銀華さまにその思いを伝えようと頑張った。
ぼくはまだ子猫で、いい言葉なんか浮かばないけれど。
銀華さまは、話を全部聞くと、また抱き締めてくれた。


「桃、お前は頑張った。」
「銀華さま…!」
「一人で恋というものに悩んで、辛かったのではないか。」
「そんなことないです…ぼくより紅が…、紅のほうがきっと…っ。」
「お前は昔から、紅のことが大好きだったな。」
「はいっ、ぼくは紅が好きですっ、大好きですっ、一緒にいたいです、好きです、紅大好き…、好きだよ紅ぃ…。」

銀華さまの手が髪を撫でると安心して涙が零れた。
確かにずっとモヤモヤして辛かったから。
でも、ぼくよりも紅のほうが辛かったんだと思うと、涙が出ちゃうんだ。
紅はぼくのこと、ずっと好きでいてくれたのに、ぼくが一瞬でも、疑っちゃったから。
ぼくが見てみたいと言って紅が魔法でなんとかなるかなって言った時、どんなに悲しかっただろう。
きっと想像なんかできないぐらい…。


「其れを本人に言ってやるのだ、桃。」
「で、でも…。」
「いい加減に狸寝入りは止めぬか、紅。」
「え…っ、狸寝入り…?」
「ごめん、桃…。」
「べ、紅っ、紅が生き返った───?!」










「俺、昨日眠れなくて…、その…。」
「ね、寝てただけっ?!ひどいよ紅!!」
「あんなものは嘘だと直ぐに判るがな。」
「ごめんなさい、銀華さま…。ごめん、桃…。」

し、信じられない…。
狸寝入りだったなんて…。
っていうかぼく、気付かなかったなんてバカだよ───…。
それにさっきの話、全部聞かれちゃった…。
好きだって、大好きだっていっぱい言っちゃったよ───…。
自分で言ったことが、今になって物凄く恥ずかしくなってきた。
ぼくは、真っ赤になった顔を、上げることができなかった。


「悪いのだが、其の、紅を元に戻すことは私には出来ぬ。」
「そうですよね…、銀華さまはもう魔法が使えないんですよね…、方法だけでもわかればと…。」
「違う、魔法ではないからだ。」
「え…?魔法ではないってどういう意味ですか?!」

銀華さまは、呆れたような、動揺するぼくたちを優しく見守るような笑みを零した。
ぼくと紅のこの魔法…ばちが当たったと思っていたこの姿…。
魔法じゃないって一体どういうことなんだろう??


「お前達は、自分達が猫の種が違うということを知っているか。」
「品種…、はい、ぼくと紅は兄弟や双子というわけではないですから。」
「紅は大きく成る種でな、桃のは大人でも然程大きくは成らぬ。解るか。」
「えっと…それって、ぼくと紅は魔法じゃなくて…。」
「成長しただけだ、その人間の様な姿だと追いつかぬからな。急に大きく成ったのだ。」
「え、え、ええぇ────…っ!!!」

ぼくたちのこの悩んだ時間って一体…。
紅もそれは気付かなかったみたいで、溜め息を吐いてその場に突っ伏した。
す、凄く疲れたかも…。
気が抜けて、ぼくももう動けないよ…。


「よいか、もう其の様な魔法は使ってはならぬ。」
「はい、わかりました…。」
「はい、ごめんなさい、銀華さま…。」

結局ぼくたちがしたことは、魔法でもなんでもなかった。
見習いのぼくたちが魔法なんて、まだまだだったんだ。
それでもいけないことだったから、きっとぼくたちを戒めるために起きた、偶然みたいなものだったんだ。
そう、それこそが魔法なのかもしれない。


「今日はゆっくりして行くとよい。」
「銀華さま…!」
「銀華さま…。」

銀華さまが、今度はぼくと紅、一気に抱き締めてくれた。
もう紅は前みたいに銀華さまの腕には収まらなくなっていたけれど。
抱き締められている紅の表情は前と変わらない、魔法を教えてもらっている時のままだ。
心から、銀華さまを神様で、師匠だと思っている見習いの顔。


「覚えておけ。私はもう神ではないが、お前達のことを何時も思っている。」
「はい…、銀華さま…。」
「銀華さま…。」

ぼくは今、とても幸せだ。
銀華さまにそう言ってもらえて、抱き締めてもらって。
そして紅が死んでしまわなくて。
それから、恋を知ることができて。
ぼくたちは、銀華さまのところへ一晩泊めてもらって、明日になったら、あの世界へ戻ることにした。
大好きな、紅と一緒に。









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