「魔法をかけたい」-4




「開かないね…。出掛けてるのかな。」
「うん、そうかも。」

シロのところへ行こうと、ぼくたちはそこのドアを開けようとした。
だけど鍵がかかっているみたいで、仕方なくそこで待つことにした。


「ね、紅、寒いからもっとくっついてよう?」
「うん…。」

さっきのちょっとした喧嘩の後だからか、紅はちょっとだけ前に戻った気がする。
前みたいに、優しい紅。
ぼくの大好きな、紅だ。
前のこと言っちゃいけないっていうのはわかってるけど、やっぱりぼくは、優しい紅が好きだな…。
今の紅は、ぼくに比べて、大人過ぎて、なんだか遠いんだ。


「紅、眠くなってきちゃったね…。」
「うん、眠い。」

そう言う紅はあんまり眠そうじゃないけど、ぼくに合わせてくれてるんだなぁ。
やっぱり今の紅も優しいのかもしれない。
そんな紅の、心臓の音が耳に響いて心地いい。
いつもより、ドキドキ早い…?
そしてぼくの心臓も、いつもよりドキドキ早い…。
でも眠くて、今はどうしようもないよ…。


「桃…、ごめん…。」

そんな紅の小さな呟きが、眠りに落ちていくぼくの耳元で、聞こえたような気がした。










「おい、何やってんだ?」
「…ん、紅…、まだ眠いよ…。」
「あー、桃だ!もう一人、誰だろ?」
「…ん、ん?シロ…?」

気がつくと、眠るぼくたちを、人間が二人、覗き込んでいた。
ぼくたちが探していたシロと、その恋人っていう人間。
二人は仲良さそうに手を繋いで、大きな袋を持っている。
買い物とか、行ってきたのかなぁ?
いいなぁ、仲良くて、羨ましいなぁ…。


「こんにちはっ、あの、桃とあと、紅ですっ!」
「え〜?!紅なのか?この寝てるの。」
「うん、そうなの、ちょっと色々あってあの…!」
「まぁいいや、寒いだろ、中入れよとりあえず、シロ、お前も風邪ひいたら大変だろ。」
「すいません、紅、起きて、シロ帰って来たよ。」
「うーん…。」

やっと帰って来てくれたシロとその人間は、ぼくたちを中に入れてくれた。
見た目は恐そうなのに、この人間がいい人っていうのは、シロを観察に来た時知ってるし、銀華様も言っていた。


「魔法に失敗…。」
「うん、そうなの、ぼくのせいで…。」
「別に桃のせいじゃない。」
「なんだよ、だったら猫神んとこ行きゃよかっただろ?聞けばわかるんじゃないのか?」
「それがその…、どこかに行ってしまったようで…。」
「あぁ、そういや引っ越ししたんだったな、あいつら。」

引っ越しかぁ…。
それはいないはずだよね…。
さっき知らない人が出てきても当たり前だよ。


「あの、すみません、教えてもらえますか?」
「教えるのはいいけど、もう暗いぜ?寒いし。大丈夫か?」
「あっ、できれば…、明日…、その、今夜泊めてもらえるとありがたいんですけど…。」
「別にいいけどよ。なぁシロ。」
「うん!桃と紅、会うの久し振り〜。今日何食べよ〜?」

よかった…。
ちょっと恐かったんだよね。
もう外は暗いし、迷子になったら大変だもん。
シロのこの人間について来てもらうのも悪いし。
一晩だけでも外から避難できれば、とても助かると思ってたから。


「あ、ありがとうございますっ!ほら、紅もお礼言わなきゃ!」
「…悪いな。」

これだもんなぁ。
紅ったら、誰に対しても無愛想になっちゃったよ…。

その夜、シロのところでぼくたちは、ご飯をご馳走してもらった。
ぼくたちが食べたことのない人間界のものまであった。
とても美味しくて、ぼくも紅も、お腹いっぱいになるぐらい食べた。
シロはケーキ屋さんっていうところでご奉仕しているみたいで、そこから持って来てくれたケーキも食べた。
ケーキなんか、食べたの初めてだったよ。
美味しいって噂では聞いてたけど、本当に美味しかった。
その後お風呂まで借りて、布団まで用意してもらった。
ご飯を食べるところだったけど、あんまりお邪魔するのも悪いもん。
部屋の中でもいい、って言ってくれたけど、そこまではあつかましくて、それは遠慮した。


「じゃあ、おやすみなさい。」
「うん、おやすみ〜。」
「あぁ、また明日な。」
「おやすみ…。」

ぼくとシロと人間が挨拶を交わすと、紅は仕方なく小さな挨拶をした。
明かりを消して、部屋との境目の扉を閉めた。
布団は一つだったけど、いつも向こうではそうだったし、ぼくは何も気にせずそこに潜り込んだ。
紅はなんだか、溜め息を吐いてたけど。

それからどれぐらい経った頃だろう。
気持ちよく眠っていると、何か物音が聞こえて、ぼくは目を覚ました。

「あ…、やだ…っ。」
「なんだシロ…、や、なのか…?」

え…、な、何これ…?!
気になって仕方なくって、その扉をこっそり開けてみた。
シロと人間が寝ているはずのベッドから、ギシギシという音が聞こえる。
大変!!シロがいじめられてる?!
だって、やだ、って言ってるよ?
何してるの?!
ぼく…、ぼくっ、助けに行かなきゃ…!!


「シ…、むぅ…っ。」

ぼくがシロのところに飛び出して行こうとした時だった。
シロの名前を叫ぼうとした口が塞がれた。
隣で寝ていると思っていた、紅の大きな手によって。


「何するの紅……っ、むにゅ…っ。」

怒ってその手を振り払うと、その次にぼくの口を塞いだのは、紅の唇だった。
ちゅーなんていつもしてたのに…どうして…?変だよぼく…。
だってこの時ぼくは、心臓が、止まってしまうかと思ったから。








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