「innocent baby」-8




「志摩…、志摩、大丈夫か?志摩っ。」
「…うあっ、ハ、ハイっ!」

その後、ぱったりと意識を失ってしまった志摩の頬を手でぺちぺち叩いた。
セックスで失神なんてするとは思わなかった。
そんなに負担になるものなんだ…感心してる場合じゃないけど。


「ごめん…あの…。」
「ごめんなさい、寝てた…!」
「は?」
「えっと、寝てました…。」

がっくりと肩を落とした。
志摩が気を失っていたのはほんの一瞬で、どうやら疲れて眠ってしまっていたらしい。
こんな時まで間抜けでやらかしてくれる奴だ…。
それと同時に、罪悪感みたいなものがふっと少しだけ軽くなった。


「ごめんね、隼人、ごめんなさい。」

もうちょっとで泣きそうになっていた俺を、志摩が宥める。
なんて情けない姿なんだ俺は。
こんなことで落ち込んで、あろうことに泣きそうになるなんて。
伏せた顔を上げると、心配そうに見つめる志摩の顔がある。
本当は俺が心配する側なのに。
まだ行為の余韻を残していて、ピンク色に頬が染まっている。
身体は汗やら何やらで濡れたままだ。
瞳は真っ赤になっていて、涙の跡まで残っている。


「隼人ー…ごめんね。」

ふわりとあの入浴剤の匂いが鼻を掠めた。
果物のような、花のような甘い匂いだ。
上気した肌から、この部屋の空気中に香っている。


「あれ、なんの匂いだ?風呂の。」
「うんとね、イチゴのやつ。フルーツのやつ。」
「いい匂いするな。」
「うん、俺ね、フルーツも好きー。」

そういえば志摩はよくイチゴやら桃やら買ってきていた。
そんな気にするほどのことでもなかったけど。
それをご飯と一緒に、もしくは後とかに、さり気なく出していた。
フルーツなんて食べたりしたことがない。
だってあの売ってる状態は、山になってて、一人で食べ切れる量じゃなかったから。
でも今は志摩がいるからそういうのが食べられて、
志摩もきっと今まで自由に食べたいものを食べれなかったんだと思う。
もっと早くそういうの気付けばよかったかもしれない。
志摩の好きなもの、好きなこと。
でもそれはこれから知っていけばいいのか…。
急ぐ必要はない、今回のことみたいに、段階を踏んで、もっと志摩を知って好きになればいい。


「ちょっと待ってろ、気持ち悪いだろ。」
「え…、あ、ハイ…。」

濡れたままの身体と身体が触れて、このままではなんというかあまりよくない。
傍にあったタオルを腰に巻いて、志摩を残してベッドを出た。

キッチンで人肌ぐらいのお湯を出して、別のタオルを濡らして硬く絞った。
もう随分前にお湯を抜いたのに、 まだバスルームからはあの甘い匂いが漂っている。
志摩の好きなフルーツの匂い。

湯船に浸かっている時にもう一つ気付いたことがあった。
それはいつもお湯の温度が同じということだ。
そりゃあ温度設定してれば同じになるだろうけど…。
俺の好きな温度で、志摩はそんなことまでちゃんとしてくれていた。
俺は志摩に振り回されてもいいと思ったわけがわかった。
志摩はいつも一生懸命で、俺のことを考えてくれている。
今まで誰ともそうならなかったのは、俺がその気にならないのもあったけど、
その前に、みんな俺に対して本気じゃなかったからだ。
それがわかったから俺は心を開かなかった。
でも志摩は違った、全身で俺に恋してくれたから。
だから俺は動かされて、それでもいいと思ったんだ。
本当に凄い奴だと思うし、本当に好きだと思う。
なんだか俺には勿体無いぐらいだよな…。


「ほら、手上げろ。」
「うん…。」

身体の隅々まで丁寧にタオルで拭いてやった。
普段は触ったりしない脇腹とか内腿のところまで。
志摩も最初は恥ずかしがってなかなか布団から出なかったけど、
あんなことまでしたのに今更、と言うと納得して出てきた。


「みゅ〜…っ!」
「あっ、シマにゃん、ごめんね、ご飯忘れてた!」
「…あ、そうだった。」

近くで猫のシマが尻尾を少しだけ立てて鳴いていた。
いつもより目が鋭くて、といっても全然恐くなんかないけど。
自分たちのことに夢中で、猫のシマのご飯なんかすっかり忘れてしまっていた。


「お前は?腹減ってるだろ?」
「うん、すごく……うわっ!なんだよ俺のお腹ー!バカー鳴るなー!」

猫のシマの鳴き声よりも大きな音が志摩の腹の辺りから聞こえた。
慌てて腹部を押さえる志摩が可笑しい。
そんなことしたって鳴るものは鳴るのに。
笑いを堪えながら、もう一度ベッドから出て、キッチンへ向かった。


「み〜…。」

いつも志摩が買いだめしてくれている猫缶を専用の皿の開けて、
猫のシマに出してやると、満足げに貪っている。
冷蔵庫からさっきのスポーツドリンクを取り出して、
キッチンを漁って、適当に食べるものをベッドまで運んだ。


「起きれるか?」
「うん、大丈夫…。」
「ほら、口開けろ。」
「あの…、あの…。」

スクイーズボトルを志摩の口に差し出す。
粉末状のスポーツドリンクも志摩が常に切らさないようにしてくれている。
今までは冷蔵庫っていったら、水と、あとは飲み物があってもはペットボトルか缶だけだった。
それが今では牛乳やら沸かして作ったお茶やら、
果汁100パーセントジュースやら、それはもう種類豊富に入っていて、喉が渇いたら迷ってしまうほどだ。


「何?」
「隼人が飲ませてくれたりとか…、うんと…。」
「バカ…。」
「だってエッチの後ってそういう…っ、んぅ…っ。」

なんてこと言うんだと思いながらも、バカなんて言いながらも、
俺はそれを口に含んで志摩の口に運んだ。
冷たい液体が俺の口内から志摩の口内へ、そして喉元を鳴らして通り過ぎた。
自分からそんなこと言ったクセに、真っ赤になって、変な奴だ。
もっとしてやりたくなる。


「パンもー…。」
「甘ったれだな、お前は。」

ベッドの上の置かれたパンを見つけた志摩が強請る。
甘ったれでもいいよ。 そうされるの嫌じゃないから、色々してやりたい。
お前が今までしてもらえなかった分、 俺が取り戻してやるから。
それに俺は多分そんな志摩よりもっと甘ったれだから。


「隼人優しいね、いつもよりもっと優しい。」

あんまり志摩が可愛い顔するから、 何も返せなくなってしまった。
優しいのはお前にだからだ、好きな奴には優しくしたいから。
お前以外になんかしてやるもんか。
だからずっと傍にいろよ。傍にいてくれよ。


「はい、隼人もー。」
「お、俺はいいからっ。」

そう言いつつも俺は内心喜んで志摩の手から口に入れた。
志摩の小さい手に付いたパンの欠片まで丁寧に食べて、その指まで味わい尽くした。
そんなことをしていたから、再び俺は興奮してしまった。
まぁ仕方ないよな、男なんてそんなもんだろ。
その後もう一度志摩としてしまったのは当然のことだった。










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