「innocent baby」-6




「ただいまー。」

誰もいない家に向かって志摩は挨拶する。
俺と一緒に帰って来るといつもそうだった。
猫のシマがいてもいなくても。
ここが俺と志摩と猫のシマの居場所だと実感することができる。
俺はそういうのは恥ずかしくてできないから、志摩が全部言ってくれていた。
今度からはちょっとずつでいいから言うようにしたいと思う。


「…ただいま…。」

志摩に聞こえないようなぐらいの小さい声で呟いた。
もう走って中に入ってキッチンで何かし始めて、
まるで志摩のほうがこの部屋の持ち主みたいだ。
いや、もうここは俺だけのものじゃないからそういう志摩を見るのが嬉しい。


「隼人、お風呂沸かしたよ、入ってきなよー。」

さっきの俺の言葉なんてもう忘れてるんだろうか。
俺が帰るといつも風呂とご飯は準備してあって、
それこそできた嫁みたいで、時々くすぐったい気持ちになる。
慣れてなくても、嬉しいからだ。
それをどう喜んでいいのかわからなくて、もどかしくもなったり。
こんな恋は初めてだ、こんな誰かに心を動かされたりするのは。
それが前は嫌だったのに、志摩は違った。
こんなに人を好きになるとは思っていなかった。


「隼人?」
「…うん、そうする。」

こんな、頬にキスなんて、バカみたいなことしてるのも信じられない。
真っ赤になった志摩が可愛いと思うのも。
最初は迷惑だ、とか思ってたのに。
その顔の色のまま固まった志摩を残して、バスルームへと向かった。

熱いシャワーを浴びて、身体や髪を一通り洗って、湯船に浸かる。
志摩がいつも掃除して、お湯の準備をしてくれた浴槽はピカピカ光っている。
入浴剤なんて一生縁がないと思ってたけど、
それも志摩が選んで買ってきて、そういうのが好きらしい。
今日はなんだか甘い匂いがする…俺はそういうの鈍いからよくわかんないけど。
今頃志摩は、キッチンでご飯の準備でもしてるんだろうか。
本当は外食するつもりだったから、冷蔵庫の中とか見て真剣になって。
あのお気に入りのエプロンも、その下のTシャツも、全部取り去りたい。
今ずぐにでも、身体を繋げたい。
さっきは俺の勢いで志摩も嫌だとかは言わなかったけど、実際どうやって言えばいいんだ…。
さっきからそのことばっかり考えてる。
下半身が疼いて、それだけで今ここで一回ぐらいイきそうな感じだ。
よっぽど欲求不満だったのかよ俺は…。
何も知らない志摩がちょっとだけ憎らしい。

今からこんなに熱くなっているのを冷ますように、冷たい水で顔を洗って風呂から上がった。
冷めるわけはないんだけど、気休めとでも言うのか。




「あ、隼人、夕ご飯ね、パンもあるけどどうしよう?」
「どっちでもいい。」

どうせご飯なんか食う暇を作る気なんかない。
そんなこと考える余裕もない。


「…んっ、隼人…っ。」

呑気にそんなことを聞いてくる志摩の腕を強く引っ張って、
自分の腕の中に収めると、熱いキスをした。
頬じゃなくて、その柔らかくて甘い唇に。
入浴剤の匂いと混じって、志摩から美味そうな匂いがするみたいだ。


「さっき言ったこと忘れたか?」
「…忘れてな…っ、んっ、ん…ぅ。あの…っ。」

必死になってキスに応えようとする志摩の手が、
自然に俺の背中に回って、段々と力が強くなる。


「お、俺もお風呂入ってきます!」

なんとか俺から逃げようとしている志摩を無理矢理犯すわけにもいかなくて、 一度解放してやった。
風呂に入るぐらいなら待ってもいい。
志摩は逃げるようにして走ってバスルームへと向かった。
後から汚れるもいいし、そしたら一緒に入ってもいい。
多分、バスルームにいる志摩よりも、俺のほうがドキドキしている。
せめて待ってる間だけでも冷まそうと、
冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して一気に流し込む。
冷たい感触が喉元を通り過ぎて、火照った身体に気持ちいい。








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