「innocent baby」-5




それから更に一週間が過ぎた。
志摩は一週間前のことがあってから一度も店には来ていない。
顔には出さないようにしてるみたいだけど、落ち込んでるんだろうな、
自分が俺の従弟と思われていること。
それも志摩自身が言ってしまったことだから、
どうすることもできずに、もどかしいと思う。


「志摩、今日外で食べるか、夕ご飯。」
「…え?外?」

こんな回りくどいことでしか志摩を元気づけようとできない。
ハッキリ言ってしまえたらいいのに。
志摩は従弟なんかじゃない、ちゃんとした恋人です、って。
俺の一番好きな、大事な人だって、そう言えたなら。


「久々にファミレスとか…、エビフライ食べるだろ?」
「…あ、うん!食べるー!やったぁ!」

子供騙しじゃあるまいし、食べ物で釣るみたいで嫌だけど。
元々内気だった志摩はこんな状態だと本当に外に出なくなってしまう。
それだと俺を好きになって変わった意味がないし、
志摩を見て変われる気がした、俺まで変われなくなりそうだ。
絶対に志摩が嫌と言うことはないとわかって誘って、
俺ってやり方が汚いよな…と思いつつも、
店の外で待っている志摩を見たくて仕方なかった。
店の雑誌のところで隠れた俺を探して背伸びしている姿や、
俺を見つけると嬉しそうに笑う顔や、抱き付いてくるあの感触が、たった一週間なのに懐かしい。
それを、志摩の存在を感じたくてもう我慢できなかったんだ。
俺を好きだという志摩を。


「じゃあ夕方5時頃店に来いよ。」
「うんわかった!」

こんな笑顔も一週間振りだった。
やっぱり志摩は笑った顔が一番いい。
いつもその顔を見ていたいと思った。














こんなにバイトが終わるのが楽しみなのはいつぐらい振りだろう。
志摩と会う前はそんなことどうでもよかった。
突然の誘いに乗って遊びに行ったり面倒で行かなかったり。
それも適当に付き合っていた友人とか一晩だけの関係の女とか。
随分とつまらない生活を送っていたと思う。
そのことも志摩と出会わなければ気付かずに一生過ごしたかもしれない。
店内の時計は2分ぐらい早い。
レジの時計が一番正確だから、あと1分ぐらいだ。
まるで小学生が遠足に行くようで、 中学生が初恋に胸をときめかせているようで、
我ながら可笑しくなってしまう。
これを表情に出してたらとんでもなく怪しい人になっているだろう。


「…ったく、どこ行ったんだよ。」

5時になったのを確認してバイトを上がろうとすると、
さっきまでバックヤードにいたはずの佐々木の姿がない。
ブツブツと文句を呟きながら、レジを無人にするわけにもいかなくて、
仕方なく店内にいた店長に頼んで店の裏から急いで出た。


「だからー邪魔なの、隼人くん仕事中なんだよ?」
「…だって隼人が来いって言ったんだもん…。」
「君ただの従弟でしょ?おうちの人は?いつも遊びに来てるの?」
「遊んでるんじゃないもん…。」

そこにはいつもの布バックを持った志摩と、
いなくなったと思っていた佐々木の姿があった。
話がまったく噛み合っていない。
佐々木はなんか姉さんぶってるし、志摩はもごもご言ってるし。
その顔は今にも泣きそうだ…。
俺はこんな時までシラを切ってしまうのか??
世の常識を気にして志摩を従弟と嘘を吐いて、誤魔化して。
果たしてそれが正しいのか…?
人間としてどうなんだ、志摩の恋人としてどうなんだ。


「子供が邪魔してんじゃないの、ホラ、帰りなさいよ。」
「………ハイ…。」
「待てよ。」

志摩が俯いて、本当に泣き出そうとする前に、
そんな世の常識なんてどうでもよくなった。


「え…?隼人くん…?」
「邪魔なのは佐々木、お前だ、さっさと仕事戻れよ。」

なんだかどこかが一本ぷっつりと切れたようで、
今までなんとか保っていられた理性も何もかもどこかへ飛んでしまった。
佐々木に対してこんな酷い言い方をしたことはなかった。
それで嫌な奴と思われてももういい。
志摩がそんな悲しい顔をするよりはずっといい。


「ただの従弟じゃねぇよ、志摩は俺の大事な奴だ。」
「な、何言ってるの?」
「わかんないか?恋人だよ、俺は志摩のものだから、勝手なこと言うなって言ってんだよ。」
「ちょっと何言ってるの?嘘でしょお?」

なんだか苛々してきた。
それは佐々木に対してなのか、今までの俺の躊躇いに対してなのか。


「志摩、こっち来い。」
「う…、ハイ…。」

泣きそうになっていた志摩を宥めるようにその身体を抱き締めた。
俺より微かに高い体温を肌で感じて、俺のほうが泣きたくなってしまうほど、
志摩が傍にいると実感できて嬉しかった。


「嘘じゃない、なぁ志摩。」
「え…うん、……んぅっ…。」

一週間分の濃厚なキスをした。
わざと舌を絡めて、唾液も絡めて、音をたてて。
全部佐々木に見えるように、聞こえるように。
志摩は真っ赤になりながらも、俺のキスから逃れることはできなくて、
その口からは熱い吐息と唾液と喘ぎが洩れる。


「やだ、信じらんない、その子男の子でしょお?」
「そうだよ、見りゃわかるだろ。」
「隼人……っ!」

キスから開放すると、身体をきつく抱き締めたまま、
薄い服を捲り上げて胸の辺りを露にして手で触れた。
志摩が嫌がるのも無視して、胸の先端を指先で弄りながら、
そこに唇を付けようと顔を埋めた。


「み、みんなに言っちゃうから…、隼人くんホモだって!」
「言えば?勝手にどうぞ。あ、それから俺のこと名前で呼んでいいのはこいつだけだから。」
「隼人っ、ダメ…や…っ!」

佐々木は震えながら俺たちを見て真っ赤になっている。
指を差してそれがおかしいと指摘しているかのようだ。
おかしくてもいい、俺は志摩が好きなんだ。
志摩にさえ嫌われなければ他はどうだっていいんだ。


「あぁ、最後まで見るのか?こいつが喘ぐところ。」
「…………っ!!!」

さすがに言い過ぎたか…?
佐々木はもう何も言わずに行ってしまった。
もうここもクビだろうな…それもどうでもいいけど。
最初はただ志摩の本当のことを言うだけでよかったのに、
なんだか止まらなくなってしまった。
俺としてはここでしてもいいぐらいなんだけど…。


「志摩、突然ごめ…、どうした?」
「あの、離さないで…。」

志摩が俺の腕にしがみ付いて震えている。
そんな情熱的なことここで言ったら本当に襲うからな。


「あの、腰が抜けてるの…。」

大声で笑いそうになった。
似合わないし慣れてないから実際はちょっとだけ声を上げて笑った。
笑わなくても、とでも言いたげに志摩は俺を恨めしそうに見ている。
潤んだ大きな黒い瞳が俺だけを見ている。


「み〜…。」
「お前シマも連れて来たのか?」
「うん、一人ぼっち可哀想だから…。」

布バッグの隙間から猫のシマが顔を出して俺たちを見ている。
買い物に来るのでも心配してこっそり連れてきてたぐらいだ。
確かにまだ小さいシマのを家で待たせるのは可哀想だ。
こんな、誰かを気遣うようなことも初めてだ。


「志摩、今日ファミレスやめるか。帰ろうか。」
「えっ、なんでー?シマにゃんいるから?」

ファミレスに動物は入店できない。
隠して行けばいいかもしれないけど、泣き声でバレるかもしれないし。
猫のシマのお陰でいい理由ができた。
まっすぐ家に帰りたくなったことの。
いや、もうこんなのはやめたほうがいいな、いい加減自分に嫌気が差してきたし。


「帰って続きしようか。」

まだ熱いままの志摩の身体を抱き締めて、
白い首筋を唇で吸い上げて、この思いを表すかのように僅かに紅い跡を付けた。







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