「innocent baby」-4




あれから一週間が過ぎた。
相変わらず俺は志摩とのことばかり考えて…いると思ったけど、
ここにきて新たなことで悩んでいた。
悩んで、というか困って、と言ったほうが正しいかもしれない。


「ね、隼人くん、今日ヒマぁ?」
「いや、今日はちょっと…。」

佐々木は俺と顔を合わせると毎回聞いてくる。
俺も俺で冷たくあしらえばいいものを、別にヒマじゃないことはない。
ただ志摩があの家で俺の帰りを待ってると思うと遊びには行けない。
それにそんな、恋人を裏切ることもしたくない。
だからといって志摩のことを言うわけにもいかなくて、
中途半端な受け答えを繰り返すばかりだ。


「隼人!今日一緒に帰ろー。」

その時店のチャイムが鳴って、志摩が布バッグをぶら下げて入って来た。
息を切らして、ここまで走って来たんだろうか。
鼻の頭に汗の雫が光っている。
そんな一生懸命な志摩の表情を危うく笑いそうになりながら、
愛しさを込めた視線を向けた。


「えー、誰?この子。」
「あーいや、こいつは俺の…。」

俺の、その続きがなかなか出て来ない。
喉の奥が乾いて、言葉を発するのも困難だ。
でもきっと志摩の奴がまた余計なこと言うんだろうな。
そしたら俺、絶対ホモだって言われて気持ち悪いとか言われて…。
ここのバイトのみんなにもバラされるんだろうな、
なんか佐々木ってそういうことしそうだし…。


「隼人の……従弟です、ね、隼人。」
「えっ、あ、あぁ…。」
「俺買い物行ってくるね!」
「あ…、うん…。」

驚いた。
志摩が俺の思ってたこととまったく逆のことを言った。
時々ここに来て買い物に行く、その志摩の行動は同じなのに、
放った言葉が違うし、その表情も違う。
明るく元気に笑って、手を振っているけど、
どうしてそんなに悲しい顔をするんだ。
それならお前がバラしてくれればよかっただろ。
いや、違うよな、俺がすればよかったんだ…。
志摩、ごめん。


「ホントに従弟〜?」
「うん、従弟…だよ…。」

俺の頭の中では何度も謝罪の言葉が響いていた。
志摩、ごめん。

















「いつまでふてくされてんだ?」
「………。」
「み〜…。」

帰る道では普通だったのに、家の中に入った途端、
志摩は何も言わずに部屋の隅っこで丸くなっていた。
膝を抱えて、背中を丸めて顔を伏せて。
猫のシマも寂しそうに志摩の傍に寄って来た。
そんな落ち込んでいる志摩に対して俺もなんでこんな言い方しかできないんだ。
さっきごめん、って思ったのに、どうしてそれが素直に口にできないんだ。


「仕方ないだろ、本当のこと言うわけには…。」
「……わかってる…。」

何が仕方ない、だ。 よくそんなことが言えるもんだ。
それで志摩が傷付いてるの知ってて余計傷付けるようなこと。
志摩、お前、わかってる、なんて本当はわかりたくないんだろ?
だったらお前がその壁を打破してくれよ。
俺は意気地なしで、お前が思ってるより全然男らしくないんだ。


「志摩…。」
「……う…。」

柔らかい髪に手を伸ばして撫でる。
頭皮の温度を滲みるように掌で感じて、
そこから俺の体温まで上がるみたいだ。


「…お前泣いてんのか?」
「…泣いてないもん…。」

さっきから顔を伏せた志摩の肩が僅かに揺れている。
いつもは素直なクセにこんな時に意地張らなくてもいいのに。
俺の…ためか…?


「嘘吐き。泣き虫。」
「…泣いてないもん…。」

振り向いた志摩の目はちょっとだけ赤くなっていて、
直前に拭いたんだろう、手の甲が濡れている。
俺って酷い奴だよな…こんな志摩の表情も、
可愛いなんて思ってしまっている。
もっとその顔が見たい、とか思ったり。
でもそれはこういう場面じゃなくて、もっと違う時に泣かせたい。


「志摩、ちゃんとこっち向けよ。」
「う〜…やだ…。」

もう一度俺に背を向けてしまった志摩の頭をポンポンと叩く。
下げた頭の後ろ、僅かに覗く白い襟足がチラチラと目に付いて、
またあの欲望に駆られる。
こんな時に何やってんだ俺は…。


「志摩。」
「ひゃあっ!な、な、何っ!!」

首筋に唇を付けて、そこに一瞬だけ舌で触れた。
志摩は飛び上がって変な叫び声をあげる。
真っ赤になって俺を恨むように睨んで。
そんなの全然恐くないし、逆に可愛いだけなのに。


「ぷ…、こっち向いた。」
「ななな、何っ、隼人っ、俺のことからかってる!」
「からかってないよ。」
「嘘だぁ!バカにしてるんだ!」

思わず吹き出してしまった。
あんまり志摩が必死なもんだから。
恥ずかしいの隠そうとして全然隠せてないから。


「からかってない。」
「隼人…、んっ、んん…っ!」

本当だよ、からかうわけないだろ。
こんな好きな奴のこと、バカにするなんてしない。
俺はそこまで最悪な人間じゃない。
志摩の不安がどこかへ飛んで行くように、
願いながら優しくもい激しいキスをした。

本当はここで最後までしたかった。
その不安を完全に取り払うように俺の体温で溶かしたかった。
身体を繋げて、一緒に溶けたかった。
だけどまだ離れないんだ、あの時の震える志摩が。
いつまでもつかはわからないけど、まだ俺はそれを壊すことができなかった。









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