「Lies and Magic」-9
「ねーねー、隼人ー、お腹減ったぁ。」
志摩特有の語尾を伸ばす強請り方が、ほんの二日も離れてないのに、なんだか懐かしい。
女子高生なんかがだらしなく言うのは腹が立つけど、志摩だと可愛く思ってしまうのは、俺の惚気だろうか。
俺の胸の顔を埋めたり、しがみ付いてきたり、袖を引っ張ったり。
今まできっと甘えることができなかったんだろうな。
「でも今何もないしな…、あ、冷凍ピラフあったか…。」
「えっ、あのエビはー?!」
ブツブツ呟きながら冷凍庫を開ける。
自分の家の冷蔵庫も冷凍庫も中に何が入ってるのかわからない。
それだけ執着がなかったということだ。
「あんな暑いところに置いてて、食えるわけないだろ、生のエビが。」
「えーっ!捨てたのっ??せっかくお金はたいて買ったのに。」
「仕方ないだろ…。」
「むー…。」
志摩があの日何時に出て行ったのかは知らないが、俺があの生のエビを見つけた時は生温くなっていた。
それにあの時はまたこうして誰かと、志摩と食事するとは思ってなかったし。
志摩は膨れっ面でテーブルに肘をついている。
「なんでエビなんだ?」
発見されたピラフを皿に開けながら、
ついでのように志摩に聞いてみる。
ザラザラとご飯粒が皿に流れていく中で、志摩の言葉に、俺はとんでもなく感動することになる。
「あのね、コンビニで変なストラップくれた。」
それは、隼人覚えてる?と志摩が言うまで、俺にとってはそんなこと思い出すことさえなかったことだ。
コンビニのおにぎりか弁当だったか忘れたけど、三つまとめて買うともらえる、確かに変なストラップがあった。
その見本を志摩が連れて来た小さな子供たちがじーっと見るもんだから、どうせこんなの欲しがる奴なんか他にいなそうだったし、
俺は一つずつその子供たちにあげたんだった。
その時多分志摩は中学生かもう高校生だったと思うけど、一人にだけあげないのはなんだか気まずいと思って何の気なしに渡した。
それが多分、何種類かあるうちのエビフライかなんかだった。
いや、エビの手巻き寿司だったかな…とにかくどうでもいいようなことだった。
それを志摩は変な、と言いながら大事に持ってたのだ。
前を見ろ、と言った俺があげたものってことだけで。
「俺、携帯なんか持ってないから、使ってないんだ、まだ綺麗だよ。」
ホラ、と見せてくれたそれはあれからかなりの時間が経ったのに、新品そのもので、その色の鮮やかさにクラクラしてしまった。
危うく涙まで出るところだった。
俺の予想は外れて、それはエビ天むすだったけど。
中のエビ天は、取り外し可能な、妙なところに凝ったものだ。
コンビニの商品のオリジナルのもので、店名の飾りまでぶら下がっている。
かなり変なそれを間近で再び見て、思わず吹き出してしまった。
「隼人笑ったー、カッコいい!」
「カッコいいってお前な…、ホラ食え。」
本人に向かってそんなこと言うなよ…。
照れ隠しに、出来上がったピラフを志摩の目の前に出してやる。
「いっただきまーす!」
それからずっと、志摩が食べるのをテーブルの向かいで見ていた。
時々猫のシマも皿に顔を突っ込みそうになっていた。
後で牛乳でも買って来ないとな…。
そんなことを考えながら。
「隼人、お風呂入ってきていい?」
「あぁ、どうぞ。」
志摩は風呂敷、正確には風呂敷代わりにした布、シーツかなんかだろうか、それを広げてガサガサと何か探し始める。
これが唐草模様だったら、俺は何年か振りに床で笑い転げたかもしれない。
背負ってこれるぐらいだから、志摩の荷物は少なかった。
「あの、タオル借りていい?」
「タオルは、そこの引き出し、服はそこに入ってる。」
「あ、ありがとう…。」
「借りるんじゃなくて、自由に使っていいから。」
これはちょっと恥ずかしいだろうか。
でも俺は、志摩とシマを飼ってるつもりも預かってるつもりもない。
今だけ泊まらせてるわけでもない。
一緒に暮らすっていうのに、借りるっていうのはおかしいと思ったから。
「うん!えへへ、隼人も一緒に入る?」
「バカ言ってないで入ってこい…。」
志摩が後ろから抱き付いてきて、俺の心臓はどくんと跳ねた。
なんだってそんなこと無意識に言うんだ。
バカなこと考えてるのは俺かもしれないな…。
「はぁーい。」
志摩が触れた皮膚が、離れてもなお熱い。
風呂場でお湯が流れる音がして、俺はまるで初めて好きな人と過ごす夜のような気分だった。
「なぁ、どうすればいいと思う…?」
「み〜…?」
知らない間に、テーブルの上の猫のシマに話し掛けていた。
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