「Lies and Magic」-10




「ふー…、暑いー…。」

それから暫くして志摩の声がバスルームのほうから聞こえた。
湯気がクーラーの効いてるこっちにまで流れてきそうだ。


「…っ、なんて格好で来るんだお前は…っ。」
「…へ??」

いわゆるパンツ一丁という格好で、
志摩は髪をタオルで拭きながらリビングまで来て、見た瞬間に俺のほうが恥ずかしくなってしまった。
それに対してなんて間抜けな返事なんだ…。
もうちょっと警戒してくれよ…。
溜め息を吐いて、頭を抱えた。


「隼人も入ってきなよ、俺疲れたから早く寝よー?」
「あ…、あぁ…。」

志摩は勝手なこと言ってるのに、そんなの頭になかった。
今まで気付かなかった志摩の身体の細さと白さが目線を支配して、離れなくて、逸らしても焼き付いて離れない。


「シマにゃんも疲れたよねー…。」
「みゅう…。」

猫にキスしながら無邪気にそんなこと言って。
どうなっても知らないからな…。
俺はいつの間にこんな欲ばっかりになってしまったんだ…?
そんな反省をしつつも、考えがどこにも消えなくて、仕方なくバスルームへ向かった。





「志摩、起きろ、志摩っ。」
「…ん。」
「志摩っ。」
「うわっ、ハ、ハイ…っ!」

あろうことに志摩は、俺を待ってる間にそのままの格好でベッドで寝ていた。
クーラーも効いてるから風邪ひくとかじゃなく、それ以前に俺の理性がもたないからやめてくれ。


「えへ、隼人あったかいね。」
「…お前は…っ。」

半分寝惚けて抱き付いてきた志摩に、どうしようもなくなって、そのままベッドに深く押し倒した。


「えっ?えっ?何??」
「お前は、さっきから俺を挑発してんのか?」
「そんなんじゃな…、隼人…っ!」
「だってそうだろ…っ。」

志摩の手首を押さえて、一気に唇を貪った。
さっきの、初めてのキスよりもっともっと激しく深く。
志摩の唇や口内や唾液を思う存分味わうかのように、何度も何度も長いキスを繰り返す。


「は…やと…っ、んぅっ、はぁ…っ、こわい…っ。」

喘ぐ志摩の最後の言葉で我に返った。
俺は今、自分で自分が誰だかわからなくなるぐらい、夢中だった。
志摩の瞳が潤んでいて、激しい後悔に襲われた。
エッチしてくれ、って言ったのは志摩だったけど、 あれは魔法がどうとかって言う話の延長線上だったのだ。
本当にそこまでするとは思ってなかったんだと思う。
じゃなきゃそんなに震えるわけがない。
こんなことで志摩を傷付けたくない。
俺から見れば、まだ15、6の子供なんだ。
無理矢理やったらそれこそ犯罪ものだし。
そういうのはこれからゆっくり進んでいけばいいのか…?
俺の理性がどこまで保てるかはあまり自信はないけど。


「ごめん、どうかしてた、俺。」
「あ…、俺もちょっとびっくりしちゃって…、ごめんなさい。」
「ごめん、こうするだけ…。」
「うん…。」

ベッドに潜って、震える志摩の身体を抱き締める。
皮膚と皮膚が直に触れ合って、さっきの熱いというのではなく、温かい人肌が心地いい。
時々触れるぐらいのキスをしていると、志摩は安心したのか、俺の腕の中で眠ってしまって、俺もその後すぐに眠りに落ちた。
枕元では猫のシマも一緒になって眠っていた。










あの夢をまた見た。
誰もいない家で、美味しくもない弁当を味わいもせずに食べていた。
台所には鍋だのフライパンだのあるのに、使ったのを見たことがない。
それならそんなもの置かなければいいのに。
そんなことばっかり考えているうちに、それらを見たくなくて、自分で隠していた。
そして母親が遠ざかって、見えなくなって…。
消えて行くのに、なぜか自分の手が温かくて、ふと見ると誰かが手を握っている。


「…志摩…。」
「ハイ?」

寝言のように呟いて、その手の先を見るとそこには志摩がいる。
明るく笑って、俺の名前を呼んで。


「志摩…?」
「おはよー、隼人!」

夢と現実がごっちゃになっていた。
実際に志摩は手を握っていて、それはどちらから握ったものなのか。
もし自分からだったらとんでもなく恥ずかしいことだ。
でも志摩は絶対にそんな俺を笑ったりしないだろう。
寂しいのは、志摩も俺と同じ、いやそれ以上だったと思うから。
その手を確かめるように、強く握った。
もう、離さないし、離れないように。
もう一人にはしないし、一人にはしないで欲しい。


「隼人、ご飯はー?」
「何もないからどっか食いに…。」

瞼を擦りながら、仕方ないからまたファミレスにでも行くか、なんて考える。
志摩はきっとまたエビを頼む、と想像したら可笑しくなった。
あ…でも猫のシマはどうしようか、入れないよな…。
コンビニで何か買ってくるか、期限切れがあったらもらってくるか。
あぁそうだ、違うな、もっといい方法があったのか…。


「志摩、フライパン、買いに行くか、鍋も…。」

もうあの古いフライパンも鍋も捨ててしまおう。
どうせ古びて錆びれて使えないし。
それから猫のシマのえさとか、 足りない食器とか、結局昨日買って来なかった牛乳とか。
俺の新しい生活、志摩と猫のシマとの生活に必要なもの。

この俺がこんなことをする日が来るとは思わなかった。
それは志摩と出会って、志摩が嘘ついてまで来てくれたから。
なんだか昨日思ったことと立場が逆で、俺も本当に魔法をかけられたみたいだ。

これから俺はどんなふうに変わっていけるのか。
志摩と猫のシマと一緒なら、今までを取り返すぐらい幸せな日々が待っているに違いない。
そんなことを頭に描きながら起き上がると、志摩が抱き付いてきた。
床には猫のシマが眠っている。
志摩の背中に手を伸ばして、優しく抱き返す。


そしてそれがこの先ずっと続くことを強く願った。


「あと、エビも買うか。」
「うん、買うー!」








END.










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