「Lies and Magic」-5




シマが来てから一週間が過ぎた。
シマのいるあの部屋が、息苦しい。
それは自分一人で暮らすのに慣れてしまっていたせいだと思う。
そこに誰かがいるのが、あの部屋には似合わない。
やっぱり俺は、寂しかったんだろうか…。


「シマ、どっかご飯行くぞ。」
「え…?」

あんまり息苦しくて、いたくなくなった。
ご飯を理由に、外へ出掛けることにした。
どうせ隣の藤代さんたちにはシマがいることはバレている。
従弟と嘘は吐いてしまったけど。
ずっと外に出ていないシマはきっと喜んで行くと言うだろう。
それをわかってて誘う俺は、汚い。


「たまには外でもいいだろ、嫌か?」
「う…、ううんっ、嬉しいっ、隼人ありがとー、大好きー。」

ホラ、やっぱり。
シマはいつものように本当の猫みたいに俺にしがみ付いてきて、胸に顔を擦りつける。
あのキス未遂から、少しの間意識してしまったシマの触れてくる行為も、もう時間が経てば大したことでもない。
そう思いながらも俺の心臓は反して僅かに速さを上げていた。
だってこれぐらいのことでドキドキしてどうするんだ。
いつまでシマがいるのかわからないのに、うっかり手を出した、なんて洒落にならない。
きっと当分はいるだろうから、そんなのも冷静に考えれば治まることだと思った。

俺は多分、この時余裕をかましてしまっていたんだと思う。
その後すぐにシマがいなくなるなんて考えてもいなかったからだ。










「俺ね、エビ食べたいなー、あと、アイスも食べたい!」

野良だったから、エビなんて食ったことないんだろうな。
アイスってのもそうで、なんだか可笑しくてまた吹き出しそうになる。
そんなシマの要望に応えて、近所のファミレスに行くことにした。
俺は別に取り立てて食いたいもんなんてなかったし。


「んっと、エビピラフと、エビフライと、フルーツパフェとー…。」

身体は小さいクセして、ボリュームのあるものばっかりシマは見ている。
メニュー表と睨めっこして、こんなことに真剣になれる奴も珍しい。
また連れて来てやるのに…。
ずっといる前提でそんなことを考える俺はどうかしている。


「あれ?隼人それだけ?お腹減ってないの?」

サラダとコーヒーしか頼んでないのをちゃっかり見ていたシマは心配そうに俺を見つめる。


「別に。そんな食いたいもんもないし。」
「あ…、俺のために連れてきてくれた?」

シマの顔が綻んで、ハッとした。
これじゃあまるで本当にシマのためみたいだ。
俺はそんな優しい人間じゃない。
好きになった、なんて誤解されたらそれこそ困る。


「違うよ、変な想像すんな。」
「なぁーんだぁ…残念。」

変な想像してるのは俺かもしれない。
シマは大きく溜め息を吐いて、テーブルに伏した。
そんなに俺が好きなのか…?
好きになって欲しいのか…?
こんな俺の、どこがいいって言うんだよ…。
10分後、テーブルには俺たちが頼んだもの全てが運ばれてきて、食欲を誘うような匂いが充満した。


「いっただきまーす!うん、おいしい!」

元気にそう言ってシマは満面の笑みでそれらを物凄い勢いで食べていく。
感情をちゃんと表現できて、美味しいものを美味しいと素直に言える。
そんな表情ができるシマが羨ましくなって、つい自分の話をし始めていた。


「俺、一緒にご飯食う人なんかいなかったんだよな…。」

父親はもともと誰だかわからず、母親はいつも忙しく働いていた。
一人でいるあの部屋で、何を食べても美味しいとも不味いとも思わなくなった。
そんな母親にも相手ができて、一緒になる条件が自分は連れて来ないことだった。
つまりは、捨てられて、以来金だけ振り込まれているあの部屋に一人で住んでいる。
鍋もフライパンも使うことはないから、隠した。
もう誰も帰ってくることなんかないのに、捨てることもできずに。
いつの間にかそんな奥深い話までしてしまっていた。


「隼人寂しくないの…?」

シマが悲しそうな顔で食べる手を止める。
瞳が潤んで、どうしてそこまで他人のために思えるのか、理解はできないけど、その気持ちが初めてありがたいとまで思ってしまった。


「俺、ずっと傍にいたいな…。」

ボソリとシマが俯いて、呟いた。
いつもはそんな言葉、照れもしないで堂々と言うシマが、初めて控えめにそんな告白めいたことを言う。


「それとこれとは別だ、俺は好きには……。」

好きには、ならない。
それは本当に思っていることなのか、それともその気持ちを抑えるために自分に言い聞かせた言葉なのか。
それすらもうわからなくなってしまった。


「あの、隼人、俺色々迷惑かけてごめんなさいっ。」

突然話題がシマによって変えられる。
沈んでいた空気を掻き消すかのようにシマは大きな声で、少しだけ笑う。


「何、今頃、変な奴だな。」
「うーん、なんとなく?」
「なんだよ、それ。」
「えへへー。」

穏やかな空気に変わって、シマはまたぱくぱくと残ったものを食べ始めた。

本当に変な奴だ。
でも、俺は、お前といるの、ちょっとだけ嫌じゃなくなってる。
もしかしたら、一緒にいても嫌じゃないかもしれない。
このままあの部屋にいても…。



そう自分の中で思い始めたその翌日、シマは俺の前から姿を消してしまった。










back/next