「Lies and Magic」-3




「ねーねー、隼人ー。」
「何。」

ほとんど物も言わずに過ごすいつもの夕飯時、シマがもごもご食べながら、語尾を伸ばして話し掛けてくる。
猫だったんだって言うならこの姿になって色々喋りたいのはわかるけど、元々人と楽しく話すのが得意でない俺には、シマの気持ちはわからない。
酷い言い方をするとちょっと鬱陶しかったりもする。


「鍋とかフライパンがないんだけど。」
「ないよ、そんなもん何すんだ?」

胸の奥が微かにじわりと痛くなった。


「料理。だって毎日こんなのやだよー。」
「贅沢言うなよ。」

テーブルに並べられた、バイト先のコンビニから 持って帰って来た期限切れの弁当やら惣菜を文句言いながらも シマは食べ続けている。
別に悪いもんでもないし、 それで不健康になったことなんかないし、そこまで不味くもないし。
それ以上美味いもん食いたいとかいう欲も沸かない。
それにお前は猫なんだろ、料理なんかできんのかよ。


「どっかにないかなー…。」
「シマっ!」
「あ…、ご、ごめんなさい…。」
「あ、いや、俺もごめん、怒鳴ったりして。」

突然立ち上がって、リビングにある戸棚の扉に手を掛けたシマに思わず大きな声をあげてしまってすぐに後悔の波が押し寄せた。
完全に八つ当たりだ、こんなの…。
シマはしゅん、となって俯いたまままた箸を持つ。
そんなにあからさまに悲しい顔するなよ。また責められてるみたいだ…。
さっきとは違う痛みがまた胸に滲みてくる。
この気まずい空気はなんなんだ。
俺はやっぱり誰かと暮らすなんて無理なんだったってことか?
でもどうやって出て行ってもらうんだ?
行くところがないって、そりゃあそうだ、野良なんだから。
もし俺に好きになってもらえなくてその、シマの言うエッチもしてもらえなかったら、猫に戻るんだろうか。
そしたら飼うぐらいならしてもいい。


「ごちそうさま!」
「あ、あぁ…。」

もう元に戻ってる。
立ち直り早いというか切り替え早いというか気にしない性格なんだろうか。
変な…奴…。

















「隼人、おやすみ〜。」
「あぁ、おやすみ。」

俺はベッドに、シマは床に布団を敷いて寝る。
うちには余ってる布団があるから、一緒に寝る必要はない。
というかそんなわけにいかない、そんな趣味はないから。
初対面で大胆な発言をしたシマも、さすがにそこまでしてこない。
義務的に挨拶を交わして、タオルケットと薄い毛布だけ掛けて瞳を閉じた。

暫く見ていなかった幼い頃のことを夢に見る時がある。
ほとんど記憶は途切れ途切れで、曖昧なんだけど、あまりいい夢じゃないっていうのだけは確かだ。

誰もいない家で、美味しくもない弁当を味わいもせずに食べていた。
台所には鍋だのフライパンだのあるのに、使ったのを見たことがない。
それならそんなもの置かなければいいのに。
そんなことばっかり考えているうちに、それらを見たくなくて、自分で隠していた。
リビングにある戸棚の中とか…。

『仕方ないでしょ、ママお仕事なの』

毎日繰り返される母親の言葉だけははっきりと覚えていた。
仕方、ないか…。
もう仕方ないのか、わかってるよ。

『ごめんね隼人。いい子にしてるのよ』

俺を捨てたのも仕方ないっていうのか───?




「……ん…。」

蒸せるような暑さに、夜中に目が覚めてしまった。
どうやらクーラーが効いてない、と肌で悟った俺は、よく見るために立ち上がろうとしてその要因がそれでないことに気付いた。
巻きついたシマの腕に危うく引っ張られるようにしてベッドの上で 転ぶところだった。


「シマ、起きろ、おい、シマっ。」
「…んん〜?はやと〜?」
「何やってんだよ人の布団で。」
「ん〜…?」

瞼をゴシゴシ擦りながら、いつもの寝言みたいにシマが呟く。
それでも起きずに、腕はしっかり巻きついて離れなくて、シマのほっぺたを指先で軽く抓る。
柔らかいそこを何度も刺激していると、シマはやっと気付いた。
それはもう無防備にもほどがあるってぐらいの表情だった。


「なんでここにいるんだ?」
「ん…、ひゃっれ(だって)…。」

巧く言葉が聞き取れなくて、そこから指を離した。
抓られていた部分がほんのりピンク色に染まっている。


「そんな格好でヤられたらどうすんだ、もっと警戒しろよ。」
「…え、隼人してくれるの?」
「ものの例えだ、俺はしねぇよ。」
「なぁーんだ。」

我ながら慌てていたためになんてこと口にしてしまったんだと思う。
そんなことを言ってしまったら、腕の辺りに纏わりつく、自分よりも高い体温が気になってしまう。
僅かに高くて、柔らかいシマの腕が、 袖のない服という都合の悪い状態によって、余計ダイレクトに感触が伝わってきてしまう。
触れてもいないシマの脚の辺りからも熱くなってしまって、ものの例えでは済まなくなったらどうしようかと思った。


「だって、寂しいと死んじゃうんだよ?」
「それはうさぎだったろ、お前は猫だろうが。」
「…んでも人間も猫も同じだと思うよ。」
「………あっそう…。」

その見つめてくる真っ直ぐな視線から逃げたくなった。
いつもよりデカい瞳を潤ませて、腕をより強く巻きつけて。
あんまりそれが痛くて、思わず視線を逸らして適当に受け流す。
くっそ…なんだって言うんだ。
なんでこいつはそんな、この心臓抉るようなことばっかり…。
感情とか出してないつもりだったのになんでわかる?


「うんと、俺なんにもしないからここで寝ていい?」
「ぷ…、お前が言うなよ。」

俺より身体小さいクセに真剣にそんなこと言うから、可笑しくなって 思わず吹き出してしまった。


「あ、隼人笑ったー、初めてだー。嬉しい!」
「…何言ってるんだよ。」
「笑うともっとカッコいい〜。」
「あ…そう…。」

真正面からそんなこと言わないで欲しい。
そうか、俺、シマがここに来てから初めて笑ったのか。
そんなガチガチだったっけ…?
俺にとってはそんなのはどうでもいいことだから、全然気付かなかった。


「一緒に寝ていい?」
「わかったから、もう寝ろ。」
「うん、やった!」
「…はしゃぐなよ。」

なおも腕を掴まれながら、シマがこんな性格なことに初めて感謝した。
俺には多分言うことはできなかったから。
って、俺は寂しかったんだろうか…。

それにしても心臓がさっきからうるさい。
どうしてくれるんだ、こんななって。
緊張して眠れないなんて、何年振りだろうか。
隣に誰かいるのも、誰かとセックスしてそのついでってぐらいだった。
かと言って別にシマを好きになったわけでもない。
一緒に寝てもいいってぐらいだ、そんなバカなことが起きるわけがない。
もう今夜限りにしてもらおう、じゃないとまた痛くなる。


シマの寝息と体温を感じながら、暫くして俺は眠りに落ちていた。









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