「Lies and Magic」-2




「あの…、シ、シマです…。」


なんだ、何が起きたんだ?
シマって言ったよな、シマってあのシマか…??
俺が知ってる限りではそのシマは猫のはずで…。
頭の中で何度もシマシマ言いながら、その少年をチラチラと見た。
どうやら俺の目がおかしくなってたのではないらしい。


「えっと、俺、隼人に会いたくて!」

俺の下の名前を嬉しそうに言いながら、くるくるとした黒い瞳を何度も動かしている。
確かに猫っぽいと言えば猫っぽい。
けど『っぽい』ってだけで、どう見ても姿は人間なんだ。
俺は夢でも見てるんだろうか…。


「俺に?なんで?」
「うんと、隣のシロ、あいつも元猫だったの知ってる?」
「…えっ!」
「猫神様に、人間の姿にしてもらったんだよ、知らなかった?」

猫神様…?猫の神様か…?
そのテの話は俺あんまり信じないんだけど。
シロってのは、確かに変わった名前だし、まぁ言われてみれば猫にありそうな名前かもしれない。
見た目も猫っぽいと言えば猫っぽいけど、それも『っぽい』ってだけで。


「それでー、人間とエッチして猫に戻れなくなったんだって!」
「な…、エ…エッチって…。」

それってやぱっり藤代さんと…だろうか…。
なんて下世話ってやつだろうか。
恋人同士なら普通に一緒に住んでたらするものだと思うし。
うーんでも、あのシロが…あんま想像できないけど。
俺は、それこそ下世話なことを考えていた。


「俺も人間になりたいんだ。」
「人間になりたいって…?」
「だから、エッチしたいの。」
「…は?それって…??」

俺は自分の指で自分を指差して、シマに目で問いかけた。
シマはにっこり笑って、頷いた。
───マジかよ……。


「隼人カッコいいんだもん。」

なんで俺なんだ、と聞くと、そんな答えしか返ってこない。
カッコいいって、お前も俺も男だろうが。
わざわざどうして同性選ぶかな。
しかも、エッチ、の意味とかわかってんのか…?
女とするんじゃないんだ、そこわかってんのかよ。


「隼人してくんないの?」
「当たり前だろ、できるかよ。」
「えーなんでー?」
「なんでってな…。」

そんな、いくら可愛い顔してるからって、男相手に勃つかよ。
まだ会って間もないってのに。好きでもない相手とできるか。
好きでもあんまり俺はそういうことに執着しないんだ。
わりとどうでもいいっていうか…。
あんまりしたいとか思わない。


「できないってわかったら、もう出て行けよ。」

ちょっと冷たいかもしれないけど、面倒なことに巻き込まれるのはあまり好きじゃない。
話した感じ、俺とは合わなそうな感じもする。


「わかんない。」
「だから…、好きでもないのにそれはできねぇって!」

真っ直ぐ見つめられて、ほんの少しだけ苛立ちを覚えて、もっと冷たく言い放ってしまった。
まさか泣いたりはしないと思うけど…。


「じゃあ好きになったらしてくれる?それまでここにいていい?」
「……あ〜…。」

ダメだ、話が通じない。
こういうタイプ苦手なんだよ。
感情全部出す人間、いや、猫なのか…?
俺はそういう楽しいとか悲しいとか、出すのが苦手で、出そうとも思わないから。


「それに俺、行くとこないんだもん…。」
「あ〜もう、わかったよ。」

そんな瞳で見つめられたら、俺が悪いことしてるみたいで、責められてるみたいじゃないか。
ちょっと卑怯だな、素直ってのは。


「やった!隼人大好き!」
「…暑いからくっつくなよ…。」
「えへへ〜、隼人〜。」
「…はぁ……。」

深い溜め息が洩れた。
くっつくな、って言ってもシマはやたらくっついてきて、俺の首に両手を巻きつけて、ごろごろ言うし。
嫌じゃないし、気持ち悪いとも思わないけど、シマ本人ほど嬉しいなんても思わない。

俺は早まってしまったんだろうか。
誰かと一緒に暮らすなんて。






そんなことが三日前に起きて、現在に至る。
シマは寝るのが好きというか得意みたいで、俺が帰ってくるといつも床に寝ている。
いくら俺だってそれを放って置くほど冷たい人間じゃない。
それで起こすとさっきみたいにまた俺にじゃれてくる。
家の中に誰かがいること自体俺にとっては慣れてなくて、少しだけ憂鬱だ。
シマが元気過ぎるだけに、それは重さを増して圧し掛かってくるみたいだ。

それでも嫌いにとか、憎いとかなれないのは、しがみ付いてくる時のシマの瞳が寂しそうだったから。
なんだか俺と同じのような気がしたから。
合わなそう、なんて言っておいて、変かもしれないけど。


「隼人、おかえり!おかえり、おかえり〜!」

今日もやっぱりシマはそう言って、その瞳で見つめてくる。
俺の生活が、俺自身が崩れていくような予感がした。









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