「Lies and Magic」-1




「あれ…、水島?」
「あ…、藤代さん??」

いつものようにバイトを終えて、そこから歩いて自宅へと向かった。
自分の部屋の前で鍵を開けようとしていると、バイト仲間で二つ年上の藤代さんに偶然会った。


「何?お前ここに一人で住んでんのか?贅沢だなー。」
「え…っ、ま、まぁ…ハイ…。」

普段から気軽に藤代さんは話し掛けてくれる人で、多分深い意味なんかなかった。
でも俺の心臓は一度跳ねた後、早鐘を打っていた。
引っ越すとは聞いてたけど、まさか隣とは思わなかった。


「あ、俺ら今日から隣、これはシロ、知ってると思うけど。」
「あ…、シロです、こんにちは。」
「こんにちは…、あ、じゃあ俺急ぐんで。」

適当な受け答えをして、少し焦りながら自分の部屋に入った。
藤代さんとシロと名乗る連れの少年は、そんな俺の態度に不審そうにしていた。
同時に、普段から俺はそんな感じだから納得したように見ていた。
バレて…ないよな…。

玄関のドアの鍵をロックして、短い廊下を歩いて部屋の中へと進む。
外から帰って来た俺の身体を冷やしてくれるかのように、その先のリビングのドアの隙間からクーラーのひんやりとした空気が漏れている。


「…‥シマ。」

ドアを開けて、床で寝ている人物に声を掛ける。


「…ん〜…‥。」

小さい身体を丸めて、気持ちよさそうに寝言みたいなことを言って、時々寝返りを打ってはまたそれの繰り返しで。
三日間でわかったこいつの癖みたいなもの。


「シマっ。」
「…んわぁっ!ハ、ハイっ!」
「そんな格好で寝てたら風邪ひくぞ、何回言ったらわか…‥。」
「隼人っ!」

聞こえるように滅多に出さない大きな声で起こした。


「隼人、おかえり!おかえり、おかえり〜!」

ゴロゴロと猫みたいに俺の首に腕を巻き付けて甘えてくる。
クーラーで冷えきったその身体を俺に預けて、 これじゃあまるで旦那を待ってた奥さんだ。
冗談じゃない、こいつ、シマは可愛い顔はしているが、どう見ても男だ。
それに…‥、猫みたい、じゃなくて、猫だったらしいのだ。













藤代さんの連れの少年を何度か店で見たことがあった。
本人と直接話したことはないけど、 藤代さんにいつだったか、どういう関係なのか聞いたことがある。


「弟なわけねぇだろ、似てねぇだろうが。」

一番考えられる血縁を最初に出してみたけど違った。
確かに顔も仕草も似ていない。


「恋人同士。」
「え…っ、でもあの子、男の子じゃな…。」
「そうだけど、軽蔑するか?」
「いや、しませんそんなこと…。」

藤代さんは穏やかに笑って、ありがとう、と小さく呟いた。
軽蔑なんかするわけない。
人にはそういう好みや考えってものがあるから。
それにあの子、シロは普通に可愛い、と思うから。
違う、そんなのは言い訳かもしれない。
一生懸命になって店の中の商品を選んだり、いつだったか、息を切らせて店に来たこともあった。
藤代さんが大好きなんだということがよく伝わってきた。
そんな愛されている藤代さんを羨ましく妬ましく思ってしまっていた。
だから、軽蔑どころか、俺のほうが軽蔑されるべきだと思った。
別に好きとかいう感情ではないとは思うけれど。


ある日、街中でその、シロを見かけた。
また一生懸命になって道を歩いて、着いた場所は公園だった。


「シマ〜。」
「み〜…‥。」

縞々の猫を抱き上げて、まるで自分のほうが猫なんじゃないか、ってぐらい甘えた声を出している。
見た目まんまで付けられた猫の名前を何度も呼ぶのがちょっと可笑しくなってしまった。


「お前はいいな、羨ましいよ。」

シロが帰った後、残された猫に向かって話し掛けていた。
いつの間にこんなに寂しい気持ちを感じるようになったんだろう。
別に今まで一人でそんなこと微塵も思ったことなんかなかったのに。


「シマ…、シマ…。」
「みゅ〜…?」

シロが名付けた名前を呼んで、その猫をぎゅ…と抱き締めた。
温かい身体が心の中まで滲みてきそうだった。
その後何度か公園に行っては、家から持ってきた食べ物を その猫、シマに与えるようになっていた。
家の中に誰かいるのが好きではなかった俺だけど、猫ぐらいならいいか、と思ってシマを飼おうと決めた。
なのに連れて帰ろうと公園に行くと、シマの姿はなかった。
あんなに小さかったし、こんな不安定な天候で、雨にさらされたりして身体壊して、もうこの世からいなくなったもんだと思った。
とても悲しいけど、仕方のないことなんだろうか…。
そんな思いで何日か過ごした。



で、三日前。
その日も普通にバイトから真っ直ぐ帰った俺は、部屋の中から音が聞こえるのを廊下で耳にした。
やっぱりこのご時世、もっとセキュリティ強化しないとな、なんて呑気に考えてる余裕もなく、
近くにあった掃除機の吸い込む棒状の部分を抜いて、思い切ってドアを開けた。

…けど、誰もいない。


「……??」

どう見てもそこには人一人見当たらず、部屋の中をキョロキョロと見回した。
空耳か…?
でも確かに聞こえたんだ、誰かが窓から侵入しようとしてる音を。


「…うわっ!!」
「あ…。」

その窓のほうを見るとそこに少年が跨っていた。
あのシロ、と同じぐらいの年格好の。
待て、ここ3階だよな…。


「だ、誰だお前…。何して…。」

こんな子供みたいな奴が泥棒か?
俺の心臓はドクドクと激しく脈打っていた。
棒を上に持ち上げ、追い払おうと近付いた瞬間、そいつは部屋の中にどさり、と頭から落ちてきてしまった。


「あの…、シ、シマです…。」
「……は??」

擦り剥いた顔でえへへ、と笑いながらシマ、とあの猫と同じ名前を名乗った少年と、
まさか今一緒に住んでる、なんて藤代さんには言えなかった。
それはこれから始めるシマの話の内容が内容なだけに。










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