「魔法がなくても」-5




私は、一体、何をしているのだろう。
私は、一体、これからどうすればいいのだろう。
痛む身体に眠ることなど出来ず、また、痛むこの心に眠ることなど出来なくて、洋平が寝静まっても、考えていた。
天井に朧げな月の、ぼんやりとした光と影が映って、その視界は再び滲んでしまった。
一体どうすれば……。


「それはわかったけどよ、なんでうちに来るかな。」
「し、仕方なかろう。お前達しか浮かばなかったのだから。」

夜が明けると同じ頃、シロ、いや、シロの相手の自宅へと、私は向かった。
あの人間が仕事を終えて帰宅していた。
シロはというとあの人間を何時も待っているらしい。
私には待っているなどということは苦でしかないのに、シロはそうではなさそうだ。
そのシロがどうして苦と思わないのか、私はこの時になってわかったのだった。


「しかもそんな細かく実況中継みたいなことすんなよ。こっちが恥ずかしいっつうの。」
「私はそんなつもりは…。」
「官能小説家とかAV監督とかなれんじゃねぇ?」
「お前は私を馬鹿にしているのか。」

しかしこの人間の無神経さには呆れる。
こちらが真剣に相談しているのに、その態度はないだろう。
まだ熱が下がったばかりというから、時々咳こんでいた。
それでも仕事に出掛けたのだ。
その点に関しては、本当に少しだけ、見直した。


「俺やシロに聞いてどうすんだよ。知らねぇよそんなん。」
「亮平…。」

シロはその隣で人間にぴったりとくっついていた。
私がこんな時に、よくもそんなことができるものだ。
シロ、お前まで、そうなのか。


「お前達は、私に感謝というものはないのか。」

そうだ、私がいなければ。
私が魔法をかけなければ、今こうして二人で居られることなどなかったというのに。
そのように笑っていられることなど出来なかったのに。
所詮皆そうなのだ。
私を利用するだけして、自分がよければ私を必要としなくなる。
捨てる、のだ。


「感謝はするけどよ。」
「ならば何故…。」

何故そのように冷たいのだ。
私のことなどどうでもいいような扱いで。
こんな人間と結ばれる為に私はシロに魔法をかけたのではない。
罰を与えたのではない。


「わかんねぇ?」
「わからないから聞いている。」

段々と私は苛立ちを募らせた。
髪は色を抜いて、だらしなく伸ばして、服装だってそうだ、人間の言葉で言うと、チャラチャラしている、というやつだ。
何故私がこのような人間にここまで馬鹿にされる。
偉そうに、私より若い人間が。


「自分で考えろよ、そんぐらい。」
「亮平…っ。」

シロは私を庇って止めようとしたのに、 この人間の無礼は続く。


「そんなこともわかんねぇんじゃ、一生独りだろうな。」
「お前に私の気持ちなどわからない!」

とどめを胸に刺されて、私は怒りを露にした。
滅多にしない興奮状態になり、その場に立った。


「あぁわかんねぇだろうな。だって俺もシロもお前じゃねぇし。」
「もうお前には頼らぬ!」
「当たり前だ。頼るなら洋平に頼れ、聞くなら洋平に聞け。」
「な……。」

ふいに人間はしめたとばかりに笑った。
私の心を見透かして、導いた様に。
あぁ、そうか…。


「よく、わかった…。」

シロがお前を好きな理由も。
シロが待っていても苦にならない理由も。
この人間は、自分というものをきちんと築いている。
自分を確立して、よく理解している。
それだからこそシロは好きになったのだ。
そしてシロのことを心から愛している。
こんなに愛してくれる人間が帰宅するのを待つのは、苦になるどころか、悦ばしいのだ。
確かに私は魔法をかけた。
しかしこの二人が結ばれたことは、私の力ではない。
私は自惚れていたのだ。
誰かに頼られている、誰かに感謝されている自分に。
そうして恩を着せて、それで生きていた。
それでその人間や猫を支配した気分になった。
だからあの時、洋平に強引に腕を掴まれて、支配された気がして、忘れられなかったのだ。
それは悔しいだとかではなくて、誰かに頼りたい、私の手を引いて欲しい、本当は独りは寂しいという、私の本心で、まぎれもない恋心だ。


「んじゃ、帰れよ、お前の場所はココじゃねぇだろ?」

私の、場所。
此処ではなくて、あの寂れた世界でもない。
それ以外の、ただ、一つだ。


「邪魔をした…。」

私は身体の力が見事に抜けたまま、その家を後にした。
洋平本人に、聞くために。
何故私を抱いたのか。
何故私を、置いておくのか。
そして私をどう思っているのか。
私は何年振りかに、朝の路を走った。
その後更に痛い思いをすることなど知らずに。










§§§



「まったく、世話の焼ける神様だよな……、シロ?おい、シロ?」
「え?あ、うん…。」

自分の気持ちも、したいこともわからないなんてな。
ホントに神様なのかよ。
横にいて口をぽかんと開けて俺を見ているシロの方を向いた。


「なんだ?俺のこと冷たい奴だって呆れてたのかよ。」
「違う…、見惚れてた…。」

またそういうこと言うんだからな。
俺はあいつが帰ったのをいいことに、思い切り抱き締めた。


「でも大丈夫かな、猫神様と洋平。」
「大丈夫だろ。俺の予想が正しければな。」

俺は笑って、不安な言葉を吐くシロの唇に、キスをした。
あいつも、こんな思いをできるように、と願いながら。










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