「魔法がとけたら…」-5




「あー、亮平いた!」

そこから出た俺を、シロが出迎えた。


「目、覚めたらいないから。心配したんだぞ。」

シロはぎゅうっと胸に俺を抱いて、頬を擦り寄せて来た。
多分本当に探してたんだろうな、その頬は冷たかった。
ごめん、シロ。
本当にごめん、シロ…。


「亮平がオレを恨んで嫌いになっていなくなったかと思った…。」

途端にその声は弱々しくなり、俺の耳に小さくキスをすると、同時に冷たい雫が零れ落ちて来た。


「ごめん、ごめん、亮平。オレなんかと会わなきゃ、こんな目に遭わなかったのに…ごめんなさい。」

何言ってんだよ。
何謝ってんだよ。
何泣いてんだよ。
泣くなよ。泣かないでくれよ。
恨んだり、嫌いになったりなんかしねぇよ。
ずっと傍にいて欲しいのは、俺の方なんだよ。
俺からもシロにぴったりくっついて、冷えた頬を温めてやった。


「もし、もしも戻らなかったら、嫌だけど、オレ、責任持って亮平を飼うから。許して、亮平。」
「みゃあ…‥。」

ハハ、前の俺と同じこと言ってら。
瞳を濡らしながら俺に謝るシロに俺は何か言いたくて声を出してみた。
やっぱり人間の言葉は出すことは出来なかったけど、俺の表情で、シロは理解してくれたみたいだ。
少しだけ笑って見せて、立ち上がった。


「帰ろ、亮平。」

ゆっくりと歩き出したシロの後ろを、俺はついて行く。
なんだかその背中が寂しそうで、俺まで泣きたくなってしまった。


「あれー?史朗じゃん。」

道路の反対側で、陽気な声がシロの名前を呼んだ。
まったく、なんで洋平の奴とこんなところで会うんだよ。


「あー、洋平!」

シロもシロだ。
なんでそう愛想よく振る舞って…‥って!
おいっ、車が…‥!!

『シロあぶな…‥っ!』

やっべ、俺、死……‥!!
こんなところで、こんな姿で死ぬなんて…!
まだ俺、シロに伝えてねぇ…!!







「亮平っ!!」

死…‥‥んでねぇ??
いってぇ、腰、打った…。
これじゃ使いもんになんねぇっての。

「シロ、気を付けろよ…。」

俺は腰を手で押さえながら、身体を起こした。
あれ?


「お、俺?」
「亮平っ、戻ってる!」
「ホントだ…。」
「よかったー、よかったよー、亮平ー。」

シロが嬉しそうに俺に抱き付いて来て、俺はまたアスファルトの上に倒れ込んだ。
俺の腕の中で、シロはまた泣いてしまった。


「あー、泣くな、泣くなって。」

俺はシロを強く抱き締めて、柔らかい髪をくしゃくしゃにしながら撫でる。
久し振りのシロの感触に、俺の頬は緩んでしまう。
あれ?でもなんでだ?
猫神の奴、戻さねぇとかぬかしといて…。


「仕方なかろう。」
「猫神様!」
「おまっ…なんで…っ。」
「シロが泣いているのは私も見たくないからな。」
「まぁ、そうだろうけど…。」

驚いて振り向くと、さっき別れたばかりの猫神が、光を放ちながら、俺たちを見下ろしていた。
そりゃあこいつが変な魔法なんかかけやがったから、そのせいでシロは泣いたわけだし。


「そこまでお前が好きなんだろう。」

猫神はフッと優しそうに苦笑した。
初めて見たかもな、こんな穏やかな顔。


「お前がシロを好きだということもわかったからな。といてやったのだ。」

あぁ、でも俺にはなんかやっぱ冷てぇな。
仕方ねぇか、こいつは人間に捨てられて不信なんだろうしな。
いつかこいつにも俺みたいな人間が現れるといいけどな。
そしたら恋の楽しさとか嬉しさとか、時には苦しさとか切なさも、また味わえるんだろうけど。
俺はぼんやりとそんなことを考えながら、シロをもう一度ぎゅっと抱き締めた。


「お前ら何やってんだよ!あぶねーよっ!」

洋平が勢いよく俺たちのところまで駆け寄って来て、道路脇へと追いやる。
車のクラクションが大きく鳴って、危うく轢かれるところだった。


「いってぇ、てめー力強ぇんだよっ!」
「つーか兄貴いつからいんだよ、ほらあぶねーって史朗、あんたも!」
「なんだこの人間は。私に向かって無礼な!」

俺とシロと、一緒にいた猫神までをも、洋平は素早く避難させた。
俺は歩道に上がると、シロの手を握りしめた。


「シロ、俺、言おうと思ってたことあんだけど。」
「なんだ?」

涙の消えたシロの真直ぐで綺麗で大きい瞳を見つめた。
俺はもう、迷わない。


「ずっと、好きだからな。いつも、好きだからな。」
「うん、オレも。」

魔法がとけたら言おうと思っていた言葉を、素直に口にした。
照れながら笑うシロの頬に、往来ということも忘れて、軽くキスをした。
何度でも、何時でも、言うから。
もういいって言っても言うから。


「兄貴…、なんだそのだらしねぇ顔はよ…。」

洋平が呆れながら呟いて、猫神はもう諦めたように苦笑しっ放しだった。







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