「魔法がとけたら…」-4




シロと出会って、わけわかんねぇ、有り得ねぇことばっかりで、大概慣れたかな、なんて思っていた。
だけどやっぱりなぁ…理解はしがたいよな。

ここか…?
俺はシロが寝たのを見計らって、家を抜け出して、近くの公園まで来た。


『猫神様なら神界扉から行けばいいじゃないか』

近所の野良猫に聞いたところ、どうやら全国各地にその入り口はあるらしく、 大抵公園の中の小さな社付近にあるらしい。
そんなんがあることもだけど、あの猫神がそんな有名なやつだってのも驚きだ。
シロも、人間になりたくて頼みに行った時、こんな寂しい場所から猫神に会いに行ったんだろうか。
たった一人、いや一匹で、俺のためだけに。
ありがとう、それを言うためだけに。
俺は猫一匹通れるぐらいのその入り口を見付けると、足を踏み入れた。


うわっ!!
風が吹き付けて、轟音に飲み込まれ、身体が宙に浮いて、危うく意識が飛びそうになる。


「なんだここ…。」

岩肌が露出した丘や、乾いた砂地。
月だけが照らしているだけで、明るいものがない。
なんか、神の世界ってもっとこう、綺麗な、いや、これはこれで神秘的で綺麗は綺麗だけど。
なんだか寂しい感じがする…。


「なんだお前か。」

キョロキョロと見慣れない風景を見渡していた俺の後ろから、いつかの声が聞こえた。


「何か用か。」

猫神は妖しい青銀色の光を放ちながら、俺を見下ろしていた。


「用ってなぁ、てめーが俺をこんな姿にしたんだろ!戻せって言いに来た以外に何があるっつーんだよ!」
「言いたいことはそれだけか。」
「ふざけんな、言いてぇことなら山程…‥あ、あれ?俺喋って?」
「当たり前だ。甘く見るな。私は神だ。」

その偉そうな態度はなんとかなんねぇもんかな。
人を見下ろして。 プライド高ぇ女だな。
でももう仕方ないよな。
頭下げるのなんて嫌だけど。


「頼む!元に戻してくれよ!」
「言った筈だ。態度で示せ、とな。それまでは出来ない。」

俺は地面に顔がつくぐらい、頭を下げて頼んだのに。
この女…。
人がこんなに頼んでるってのになんて冷血なんだよ。


「どうせ人間なんて私共にはすぐに飽きるじゃないか。」

え────。


「散々身体を弄んで、捨てるじゃないか。」

猫神の表情が、一瞬にして曇った。
さっきまでの神々しさがなくなり、まるでただの捨てられた猫みたいな…‥あれ?


「あんたさ、もしかして、前に捨てられたのか?人間に恋して?」
「そうだ。だから私は反対したのだ、シロがお前のために人間になりたい、などと言い出した時は。なのに…‥。」

なんだか今のこいつは神様なんかじゃなくて、ただの恋する人間にしか見えない。
寂しい瞳で、どこか遠くを見ているみたいで…。


「それでもいいと言った。捨てられてもいい、と。まったく馬鹿な猫だ。」

知らなかった。
反対されても、俺とあんな風にならなくてもいいから人間にしろ、だなんて。
そんなこと、知らなかったよ、シロ…。


「そしたら猫神様みたいに神様の修行しようかな、などと呑気に言っていたな。それは無理だと思ったから、
お前の傍に居ろ、と言ったのだ。シロも望んでいたからな…、しかし…。」
「確かに、シロはバカかもしんねぇけど。」

長々と説明を続ける猫神の言葉を遮り、鋭く睨み付けて俺は強く自分の思いをぶつけた。


「俺はそんな一途なあいつが好きだ。お前が昔ひどい目に遭ったのはわかるけど、俺はそいつとは違う。」
「何…を…。」
「俺は絶対あいつを捨てたりしねぇよ。」
「ど、どうだか…。」

猫神の瞳の色が変わり、揺れている。
こんなに動揺してるってことは…そんなに酷い目に遭ったってことか…?


「お前みたいな奴にはもう頼まねぇよ。俺は、自力で魔法をとく。」
「だからそれは…。」
「そんで言ってやる、好きだって、ずっと傍にいろって、何度でもな。」

猫神は黙り込んでしまった。
黙ったまま、俺を見ている。


「じゃあな。」

そのまま、帰り去る俺を見つめたまま、動かないみたいだった。
俺は猫神の視線を後ろに感じながら、その場を後にした。

何度でも好きだって言ってやる。
この魔法がとけたら。











§§§


「銀華さまぁ、どなたか来られたんですかぁ?」
「??銀華さま?」

足元に小さな従猫達がまとわりついてきた。
心配そうに見上げている。


「桃、紅…、なんでもないよ。」

恋をすると馬鹿になるものだ。
シロも、そしてあの人間もだ。
私はもう恋などするつもりはないから、そんなのは理解出来ない。
わからないな。 わかるわけが…‥。


「あのぅ…、なんでもないのにどうして泣いているんですか?」










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