「魔法がとけたら…」-3




あれから。
あれから一週間も経つのに…まだ俺は猫のままだ。
まったく、なんでこんなことに…。
シロは毎日コンビニ行って期限切れの弁当もらうから、柴崎に会ってるわ、
弟の洋平は今まで滅多に連絡して来なかったクセにシロ目当てなんだかちょくちょく家まで来るわ…。
なんかもう、嫉妬でおかしくなりそうだ、俺。
みっともねぇけど。
そのシロ本人は全然気付いてねぇし。
すべてが上手くいかない。
全然伝わらない、し。


「亮平、ただいま。」

息を切らせて、シロが帰って来た。
その白い頬が、ピンク色にほんのり染まって、嬉しそうに俺に抱き付いて来る。
これじゃ前と逆だ。
しかもなんか毎日、コンビニだけにしては遅いんだよな。
まさか…。 他に誰か…。
いや、一途なシロに限ってそんなことは…ないとは思うし、信じてもいるけれど、今の俺には問いただすことも出来ない。


「へへっ、亮平、あったかいなぁ。」

シロは俺の身体に頬をすり寄せた。
冬の空気で冷たくなったシロの頬は、一日中家の中にいる俺の熱で次第に体温を上げる。
皮肉なもんだよな。
こんな姿になってから、シロが自分からくっついて来るなんて。
もしかして、俺はこのままでも、いいのか…?


「疲れた…眠…。」

すぅっと寝息をたてて、シロは眠ってしまった。
間近で見る寝顔は、やっぱり可愛くて、眺めているうちに俺まで眠ってしまっていた。









「‥…い、おいってば。」
「ん…りょうへ…くすぐった…‥んっ。」

ピクン、とシロの身体が動いて、俺も目を覚ます。


「おーい、起きろよー。」
「やだ…もうちょっと…。」

シロは甘い声で寝言のように呟く。
いつも俺の隣でするみたいに。


「…ん?あれ…?亮平‥…じゃない?」

シロの大きな瞳が開いて、上を見る。


「何寝呆けてんだ?」
「…あっ、洋平…。」

そこには洋平がしゃがみ込んで俺達を見下ろしていた。
シロは寝癖のついた髪を撫でながら、起き上がる。


「これ、ほら、忘れもん。」
「あ、ありがとう。」

ん…? 忘れもん、てなんだ?
シロのやつ、洋平と会ってたってことか?
なんだよ、それ。
俺が大変な時に、そりゃねぇだろ。


「あのさー、勘違いだったらあれだけど。」
「な、何?」
「お前と兄貴って、もしかしてそういう関係か?」

嘘だろ、なんでバレんだよ。
バカだと思ってたのに、なんでそんなことわかるんだよ。
俺はハラハラしながら黙って聞いていた。


「うん、そう。」
「でも、お前…も、男、だよな…?」
「うん、そうだよ。」
「へー、兄貴のどこがいいんだ?女好きでいい加減でいいとこなんかねぇだろ?」

焦る俺をよそに、シロはあっさり認めてしまった。
その後も迷いもせずに答える。
しかし洋平の野郎…、好き放題言いやがって。
お前にだけは言われたくねぇっつーんだよ。


「全部。」
「は?」
「全部好きなんだ、亮平のこと。」

照れもせずに言うシロの隣で、俺は嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔を床に伏せた。
初めて猫の姿でよかったと思った。
もし人間の姿なら、きっと顔が真っ赤だったに違いない。


「じゃあなんだ、その…、やっぱやることやってんのか?」

余計なお世話だ!
なんでんなことてめーに教えなきゃなんねーんだ!


「ううん、してない…。してないんだ、最近…。」
「なんだ倦怠期か?」
「…オレっ、ホントはすごく亮平に触って欲しい…っ、なのに、オレのせいで…っ。」
「わっ!なんだよ、な、泣くなよ、びっくりするだろ。」
「どうしよう、オレのせいで戻れなかったら…。」

シロの瞳から、はらはらと大粒の涙が流れた。
その涙は、止まることを知らないみたいに、頬を濡らしていく。


「あー、なんか知んねーけど…、泣くなよ、な?」

洋平が困り果てて、シロを慰めるように、肩に触れた。
触るなよ。 俺のもんに。


「その、なんだ、俺が代わりに…は無理か?」

なんだと!!
こいつ調子に乗りやがって。
この鋭い爪で引っ掻いてやる。
俺は睨みをきかせて、洋平に飛び掛かる準備をした。


「無理。亮平じゃないとダメなんだ。亮平がいい。」

えっ…。
泣きながら強く自分の気持ちを言うシロが、たまらなく愛しくなった。


「亮平が大好きなんだ。」

俺もお前が好きだ。
今は言えないけど、元に戻ったら…。


「そんなマジになるなよ、ちょっとからかっちゃったんだ。
ごめんな。いやいや、ラブラブで羨ましいな。」

ハハハ、と洋平は笑って、シロの頭を撫でた。
俺もそんな風に撫でたい。


「ううん、慰めてくれてありがとう。」

シロも笑ってるけど、多分さっきの涙は嘘じゃない。
俺は多分愛されてる。
だから俺もそれを伝えなきゃいけない。
元に戻って。
俺は猫神に会いに行く決心をした。







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