「魔法がとけても」-2




「───平、亮平…、亮平?」

誰だよ、ったく。
俺は今気持ちよく寝て…。
あれ…、俺の部屋…誰かいる…。
うつろうつろと、いい気分で眠っていたのに…。


「亮平ってば!!」
「ぅわぁっ!!」

イキナリ耳元でデカい声で呼ばれて、俺は飛び起きた。
あぁ…。夢じゃねぇ…。夢じゃねのかよ…?
さっきの少年が俺の顔をまじまじと覗き込んでいる。

「大丈夫か?」
「大丈夫も何も、わけわかんねぇよお前…。」
「だーかーら、猫神様に魔法で人間の姿にしてもらったんだって!長老に頼んでやっと会わせてもらえたんだー。」

俺は頭を抱えてしまった。
はは…。
神に村に長老ときたか。
頭痛ぇ…なんだそりゃ。
俺、さっき転んだ時にどっかぶつけておかしくなっちまったのか?



「だって、猫のまんまだと、亮平ん家入れないし。言葉も通じないだろ?んで、魔法が効いて来たところでガラの悪い人間に石投げられてー…。」
「なぁ…、ちょっとココ、つねってみてくんねぇ?」

シロはベラベラと話を続けるけど、俺には理解不能だ。
やっぱ夢か…?
もしかして、夢だと思いたかったのかもしれない。
俺は自分の頬を指差して、シロに頼んだ。


「こうか?」
「──いででででっっ!!」

シロの、猫独特の爪が、容赦なく俺の頬に食い込んだ。
ああぁ…。
やっぱ夢じゃなかったか。
夢じゃなかったよ、母ちゃん…。
俺にどうしろって言うんだよ…。


「亮平、いつも期限切れの弁当くれるだろ?で、たまぁ〜に、給料日の後だけ、店で一番安い猫缶くれるよな。」
「そりゃ、俺に喧嘩売ってんのかよ…。」

悪かったな、ビンボーでよ。
どうせしがないフリーターだよ、俺は。
そんなこと言われ慣れてるし、自分でもわかっている。


「もう、お礼は聞いたから、さっさと猫の姿に戻れよ。わかったから。」
「あぁ、それはダメ。言ったろ?恩返しに来た、って。亮平の望み、いっこだけ、叶えてやるよ。それまでは戻れないんだ。」

俺は目を逸らして、冷たく言い放ったのに、シロは平然と答える。
はは…、鶴の恩返しならぬ、猫の恩返しかよ。
まぁ、それならさっさと叶えてもらって、戻ってもらうか。


「じゃあ、俺を、一生働かなくていいぐらいの金持ちに…」
「それはダメ。」
「なんでだよ?」
「そういう、非現実的なのは、ダメなの。」

俺がその、望み、を言っている途中でシロはあっさり断って来た。
望み叶えてやるって言ったじゃねぇか、この嘘つき野郎。
ブツブツ文句を言いながら眉間に皺を寄せてシロを睨んだ。
しかも非現実的って、この場合お前の存在自体が非現実的だろ。
おかしいだろ、どう考えても。
そっちの方がよ。


「ま、ゆっくり考えろよ!」
「どうでもいいけど、服、着てくれよ。」

シロはポンポン、と俺の肩を軽く叩いた。
ふとその身体に目線をやると、剥きだしの肌が視界に飛び込む。
俺はベッドの下の収納引き出しから、洗濯してあるパーカーとジーンズを取り出して、シロに差し出した。


「へぇ〜…、オレ、服なんか着るの久々だなぁ。」
「久々って…お前、着たことあんのか?猫だろ?」

シロがわくわく嬉しそうに顔を綻ばせて受け取たもんだから、俺は別に深くも考えずにその疑問をぶつけてしまった。
だけどその時、シロの笑顔がほんの一瞬だけ、曇ったのがわかった。


「うん、美幸ちゃんが、よく、着せてくれたんだ。あ、前の飼い主。」
「ふぅん…。」

シロの表情はすぐに戻っていた。
今の表情は一体なんだったのだろうというぐらい、本当に一瞬だった。
それ以上突っ込むこともできなくて、適当な返事をしてしまった。


「これも、美幸ちゃんがくれたんだ。」

シロは自分の首にはめられた、首輪を見せた。
そうだ…、俺、ずっと不思議に思ってたんだよな。
首輪なんかしてるのに、いっつも路上でひとりぼっちで寂しく寝てて。
帰る場所が、ないみたいで。
だから野良だと思ったんだよな。
ボロボロに擦り切れて、色褪せた、ピンクの首輪。
鈴なんか錆びて、もうまともに音なんか鳴らなくて。


「じゃあその美幸ちゃんとやらに会いに行きゃいいだろうが。捨てられたりとかして恨んでんのかよ…。」

バッグの中から煙草を出そうとゴソゴソと探っていた俺は、また何気なくそんなことを言った。
それに対するシロの話なんて、聞いちゃいなかった。


「美幸ちゃんとはもう……。」
「──あ?なんか言ったか?」

悲しく笑ったその表情も、わからずに。


「なんでもない!それより、腹減った!なんか食わせろよ!!」
「お前恩返しに来たんじゃねぇのかよ…?」


明るく笑ったシロが、いつもエサを強請るみたいに言う。
これじゃあ恩返しなのか世話になりに来たのかわからない。
こうして、俺と(人間の姿の)シロとの生活が始まった。







back/next