「魔法がとけても」-1
その日の俺は、気分が最悪だった。
「ごめん、亮平のこと、嫌いになったわけじゃないんだけど…。」
2年付き合った彼女にフラれた。
おまけに雨には降られるわ、バイト先のコンビニの店長はムカつくわ…。
週5〜6回の深夜勤務を終えて、いつも俺を和ませて癒してくれるのは、近所の野良猫だった。
今日も期限切れの弁当を持って、そいつを探した。
「シロー、シロー?」
白いその姿をそのまんま、勝手にシロ、などと名付けて可愛がっていた。
うちのアパートはペット禁止だから、連れて帰ることが出来ないのが辛いところだけど。
「シロってばよ…っうわっ!…ってぇな!誰だよこんなトコに物置い…。」
何かにつまづいて俺は見事にコンクリートにダイブした。
そのつまづいた何かを見て、俺は目を瞠った。
「シロっ!シロっ!!」
シロが傷だらけで、ぐったりと衰弱していた。
誰かにイタズラされたのか?
それとも事故にでも遭ったのか?
真っ白な身体に、痛々しく傷の赤色が滲んでいる。
「死ぬなよ…俺が救けてやるからな。」
俺は呟きながら、濡れた歩道を走った。
「おいコラ!急患だ!開けやがれ!!開けろっつってんだよ!おいっ、出てこい!!」
近くの動物病院の扉を、ありったけの力で叩きまくる。
手がシロで塞がっていて窮屈になって、今度は脚で蹴り上げる。
それでも、何度叫んでも、誰も出てくる気配はない。
「くっそ…、こいつ死んだら化けて出てもらうからな!」
最後に扉を思い切り蹴り上げ、俺はまた走り出して自宅へと向かった。
「死ぬなよ…シロ…。死ぬなよ…。」
ブツブツと独り言を呟きながら、慣れない手つきで手当てを施した。
猫の手当てなんてしたことがないから、勝手がよくわからなかった。
だけどこれで小さな猫1匹が助かるなら、そう思って自宅にあった包帯を巻きつける。
「死ぬ…な…よ…。」
やべ…、睡魔が…、おい、寝るなよ、俺…。
深夜勤務という人とは昼夜逆のために、朝になると異常に眠気が差す。
シロのことを第一に考えなければいけないのに、包帯を握る手の力が抜けて行く。
とうとうそこで、俺の記憶はプッツリと途絶えてしまった。
「───ん…。」
あぁ、あったけぇ…。
やっぱ寒い時は人肌に限るよな。
明美、戻って来てくれたんだな…。
やっぱり俺がいないとダメなんだろ?
俺も、お前がいないとダメだ。
そんな幸せな気分に浸りながら、俺は背中にぴったりとくっついた明美を抱き締めようと後ろを振り向いた。
「───!!う、う、うわあぁぁっっ!!」
なんとそこには明美ではなく、裸の少年が寝ているじゃないか。
俺は急いでベッドを出た。
ちょっと待て。
いくらなんでもフラれて寂しかったからって、何やってんだよ。
俺、いつからそういう趣味…、いわゆるホモになったんだよ。
そんなに欲求不満だったのかよ。
いや、よーく思い出せ、思い出すんだ、亮平。
バイト終わって、シロ探して…。
そうだっ、シロはっ?!
俺、看病してる途中で寝ちまったんだよな、確か。
「シロ?どこだ…?」
俺は部屋の中を見回して、姿が見当たらないシロの名前を呼んだ。
あのまま出て行ってしまったんだろうか。
あんなに怪我していたのに。
「ん〜〜、呼んだかぁ?」
背後から、若い男の声がした。
ベッドに寝ていたその少年が、体を起こして欠伸をしながら伸びをしている。
「な、な、だ、誰だお前…っ?!」
「亮平が付けたんだろ、シロ、って。オレ、亮平に恩返しに来たんだ!」
俺は震えながら指を差してそいつに聞いた。
目をくるくると輝かせて、その“シロ”らしき少年は答えた。
よく見る余裕なんてなかったけれど、さっきまでの傷はすっかり治っているようだった。
「猫のまんまじゃ行けないから、猫神様に人間の姿にしてもらったんだ!」
おいおい…。マジかよ。
有り得ねぇよそんな話。
シロが、喋ってる?人間にしてもらった?
嘘だろ…?夢か…?夢だよな、うん…。
あまりにも受け入れ難い現実から逃避したかったのだろう、再び俺の意識は途絶えた。
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