「LOVE IS MONEY?!」-6





今更応援なんか…作戦なんか立てたって、そんな方向に行くもんか。
8年前に全然ダメだったんだ、それが今になっても、この先何年経っても変わることはないだろう。
俺が道行といわゆるその…恋人だとかそういう仲になれるはずがない。
変な期待をしても後で自分だけが惨めな思いをするだけだ。
それよりなら最初から夢なんか見ない方がいい。
あいつに出会って俺は、それを嫌と言うほど味わったのだ。
だから今になってどうこうしようなんて、思うわけがない。


「はぁ……。」

俺は事務所を後にすると、歩いて近くにあるマンションまで帰った。
都心にある高級マンションは家賃もそれなりに高ければ(そのお陰で事務所があんな古いところになった)、設備だってなかなかのものだ。
立体駐車場完備、住民専用のトレーニングルームだってある。
間取りは3LDK、広々とした20
畳のリビングはちょっとしたホームパーティでも出来そうだ。
もちろんそういう相手や仲間がいれば…の話だが。


「チ…ッ。」

俺はこの部屋に、誰一人として招いたことはない。
善田を始めとする会社の奴らもだ。
酔っ払って送らせたことは何度もあるが、中までは招き入れることはなかった。
俺がそんな風に人との間に壁を作ってしまったのは、金しか信用しなくなったせいで…元はと言えば全部あいつのせいだ。
何だか考えれば考えるほど胸の辺りがムカついてしまい、革張りのソファに寝転がりながら舌打ちをしてしまった。


「くそ……っ。」

一体何だって言うんだ…。
アホな部下達もあれはあれで腹立たしいが、一番悪いのは道行だ。
どうして今頃になって俺の前なんかに現れたんだ…。
あいつが俺の会社から借金なんかしなければ、こんなことにはならなかった。
善田達にバレて恥ずかしい思いをすることもなければ、今こうして真っ昼間っから自宅でぼうっとしていることもなかった。
ごく普通の毎日を…、金のことだけ考えて部下達を従える俺がいたはずなのに。
一体どうしてこんなことに……。





「てっちゃん…。」
「…ん……?」
「てっちゃんってば…。」
「ん……?え……?」

横たわる俺の頬を、誰かが優しく指先で抓る。
それは同じ男とは思えないほどごつさのほとんどない、俺が触れたくて仕方がなかった柔らかな手だ。
何度か物を渡す際に触れたことはあったが、こうして触れられるのは初めてだった。
俺は都合のいい夢でも見ているのだろうか…そうだ、これは夢だ、あいつがこんなところにいるわけが…。


「もーう、さっきからずっと呼んでたんだよー?」
「え……み、道行…っ?!」

ゆっくりと目を開けるとそこにはその手の持ち主…俺が好きだった奴がちょこんと座っていた。
俺はちゃんと家の鍵を掛けたはずなのに…どうして道行がこんなところに…?
それに俺は自宅を教えた覚えなんかないぞ?
まさかまた後をつけて来たなんて言わないだろうな…?


「あのさぁ…俺、やっぱり103万なんて返せないと思って…。」
「なんだ、そんなことか…。」
「そんなことって…。俺にとっては大金なんだよ?!てっちゃんみたいな社長さんにはわからないかもしれないけどさぁ!」
「は?何言ってんだてめぇ…。いちいち人ん家まで来て言うことかよ…。」

だから早く逃げろって言ったのに…。(ハッキリとは言っていないが)
あの時帰れって言ったのはそういう意味だったなんて、やっぱりこいつには伝わらなかったんだろうか。
伝わらないだろうな…人の気持ちもわからないような奴に、遠回しな言い方で何かが伝わるなんて思えない。


「でも借りたものは借りたものだし…。」
「だからそれは違法だって…。」(小声)
「やっぱりさぁ、内臓売るのも外国に売り飛ばされるのも東京湾に沈むのも嫌なんだ。」
「そりゃそうだろうな…俺だって嫌だからな。」

こいつは本物のアホか?!
そんなことを真剣に考える奴なんかいないぞ?
そんなことを言われた時点で普通は逃げるはずだろう?
それをのこのこやって来るなんて、鴨が葱どころか鍋の具…シメの雑炊用の米(もしくはうどん玉)まで全部背負ってやって来たようなものじゃないか。


「うん…それで考えたんだけどさー…。」
「べ、別にもうどうでも…。」(よくはねぇけどこの際いいんだっ、3万ぐらいくれてやる!!)
「てっちゃんの言うこと何でも聞くから…!そういうのじゃダメかな?」
「………は?!」

道行は突然土下座をして、俺の前で深々と頭を下げた。
こいつがこんな風に人に謝るところなんて、俺はほとんど見たことがない。
いつでも自由気ままなで勝手なのが道行という人間じゃなかったのか…?!


「お願いっ!何でもするから!」
「な…何でも……?!」
「うんっ!何でも!!てっちゃんの会社は?人足りてる?俺に出来ないかなぁ?!」
「あぁ…それなら…。」

何でもする。
おそらく道行は何も考えずに言ってしまった。
俺達みたいな輩に追い詰められて、切羽詰まった奴らがよく言う台詞だということもわかっている。
しかしこの時俺はその台詞の意味を、自分の中で都合いいように処理しようとしていた。


「てっちゃん…?」
「お前に出来ることが唯一あるな…。」
「えっ?ホント?何何?俺何でもするよ!」
「本当か…?」

俺は心の中でガッツポーズをして、道行に見えないようにぺロリと舌を出した。
これほどまでにこいつのバカで単細胞なところに感謝したことはない。
これは俺に巡って来た大チャンスだ。
期待なんかしていなかったけれど、向こうからそれが来てしまったのだから仕方がない。(ということにしておく!!)
ここはひとつ、そのチャンスを有効活用しようではないか。


「あの…てっちゃ……あっ!」
「俺のモンになれよ…。」
「え…?それってどういう…。」
「ふ…何寝惚けたこと言ってるんだよ…。」(き、決まった…か…?!)

俺は道行を床に押し倒し、上に乗って手首を掴んで動けないようにした。
道行は何が起こったのかわからないような表情をして、不思議そうに俺を見つめている。


「寝惚け…?寝てたのはてっちゃんだけど…。」
「そ、そういうボケはいいんだよっ!」(ちくしょうやっぱり決まってねぇし!!)
「ボケじゃなくてツッコミだよ今のはー!」
「そ…、そうじゃねぇっ!!」
「わ…っ!てっちゃ……んっ、んんん───…っ!!」
「俺のモンになれってのはな…こういうことだ……!」

初めて味わう道行の唇は、想像以上に柔らかかった。
それからなぜだか甘くて、注ぎ込む唾液が溢れるのがやけにいやらしくて…。
期待以上の気持ちの良いキスに、俺はクラクラと眩暈を覚えた。
これが8年越しのキス…そして8年越しの身体が目の前にある。


「て、てっちゃん…?!」
「もうわかるだろ…。」
「え…?何が…?」
「何がじゃねぇっ!!こういうことってのはな…!!」
「あれー?てっちゃん、どうしたの?ここ、すんごい勃ってるよ?!」(ムギュ〜!!←握る音)
「ぎゃああぁ───…!!」

早まるな!!俺の下半身───…!!
(いや!どうせヤるけど!!ヤるけど早過ぎるだろ!!)
しかも握られて余計勃起してどうする───…!!





「はぁ……はぁ……っ!!ゆ、夢……っ?!」

俺は道行のことを考えている間に、ソファでうたた寝をしてしまっていた。
それにしても何て夢なんだ…。
よりによってあんな…あんな絶対に叶わないような都合のいい夢…。
何でもするなんて言われて、キスまでして…何て幸せな夢なんだ。
それにしても道行の奴は夢の中までボケていたが…あいつらしいと言えばあいつらしいのか…?


「ん……?んん?!ぎゃー…!!」

ふと目線を自分の股間に落とすと、何とそこがもっこりと膨らんでしまっているではないか!!
まさか夢で勃起をするなんて…高校生以来だ。
それだけではない、その股間に何かひんやりとした感覚を感じておそるおそる手を突っ込んでみると…。


「う、嘘だろ…!!」

何と俺は、この短い時間に見た夢で完全なる勃起をした挙げ句、夢精までしてしまっていた。
俺はどこかの中学生か!!
自分に激しい突っ込みを入れながらも、情けなくて泣きたくて仕方がなかった。


「あー…もう……。」

これは忠告だ。
もうこれ以上あいつのことは考えるなという恋愛の神様(そんなものを信じてはいないが!)からの忠告に違いない。
これ以上考えれば考えるほど、俺は深みに嵌っていく。
あいつや部下達に振り回されて堪るものか。
俺は今まで以上に固く(股間じゃなくて)決意をして、急いで汚れたものの処理をした。








「おはようございますっ!社長っ!」
「ん…あぁ。」

翌日俺は、いつも通り事務所へ向かった。
さすがに部下達も俺にあんなことを言われたなら、下らない計画なんて立てるのはやめただろう。
今日も一日金だけのことを考えて奔走し、ただ俺の元へ持って来ればいい。
…と思っていた俺がバカだったのだろうか。


「昨日のことなんスけどね…。」
「昨日?何だ…?」
「だから社長の恋の話ですよー!昨日あれから皆で会議を開きましてね…。」
「はあぁ?!」
「見て下さいこれっ!俺、善田さんと徹夜でこれ作ったんスよー。昨日はここに泊まり込みっス!」
「な…ななな何だこれは…!!」


「社長・8年目の素直な恋〜今なら言うよ、アイ・ラブ・ユー」計画書(社外秘


■概要…社長の恋を実らせるための社運を賭けた一大プロジェクト
■方針…素直ではない社長に無理をせず、スムーズに実行してもらうため、社員全員が一丸となって計画に協力する
■この計画の最終目的…もちろん社長に幸せになっても・ら・う・こ・と(同時に社員同士の絆も深まって一石二鳥!)

(以下、200ページに渡り細かな計画がギッシリと書かれている)



「あっ、社長に言われた通り君に、は削除しましたから!」
「そ…そういう問題じゃねぇ…!」
「す…すみません、やっぱり気に入りませんでしたか?タイトル…。皆で意見は出し合ったんですけど結局これがいいって話に…。」
「アホっ!!タイトルとかそういうこと言ってんじゃねぇよ!!こんな下らねぇ計画で会議なんか開く奴があるかっ!!」

絶対皆おかしいぞ…?!
こいつら絶対皆アホだろ…?!
普通そんなことを本気で考えるか?!
だって(しつこいようだが)ホモなんだぞ…自分達の働く会社のトップがホモで、それを応援するなんてことをするか?!


「社長、何が気に入らないんですか。」
「ぜ、善田…お前までこんな計画に…。」
「当たり前です。俺はこの計画のリーダーですっ!!」
「ドアホ───っ!!お前が率先してどうするっ?!」
「ドアホとは失礼ですね…。これでも色々頑張ったんですよ…まずは全部見てから言って下さいよ。俺的にはすっごい自信あるんですから。」
「な、何開き直ってやがるっ!そういうことじゃねぇって…!!」

ダメだ…どうしよう…!
俺はやっぱり人選を間違ったらしい。
まさかここまで本気になるなんて、思ってもいなかった。
ここまでされて、もう逆らえないのか?!
もうその計画とやらを実行するしかないのか?!


「とりあえず計画その1です、社長っ!まずはあいつのところに偵察です!陰でこっそり、ですよ?詳しくはここに書いてありますから!」
「お、俺はそんなもん…。」
「何言ってるんですか!社長がやらなくて誰がやるんですか!ささっ、頑張って下さいね!よっ、社長っ!男前っ!!」
「ちょ…おいっ!何すんだ開けろっ!おいっ、俺は社長だぞっ!開けろって───…!!」

あろうことに社長の俺は事務所を追い出され、締め出しを食らってしまった。
ドアの向こうではリーダーの善田を始めとする部下達が、計画について話をしているのが聞こえた。
俺は手元に分厚い書類が握らされ、呆然と立ち尽くすだけだった。






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