「LOVE IS MONEY?!」-5





──いいか、お前は金ヅルなんだよ。
いい気んなって友達ヅラなんかしてんじゃねぇ。
友達ヅラすんなって言ってんだろうが!
二度とその名前で呼ぶなよ?
てめぇは金だけ返しゃいいんだ、わかったなっ!!──


さすがにあれは言い過ぎただろうか…。
いつもヘラヘラ笑っている道行の顔が、急に別人のようになってしまった。
何だか傷付いたような風にも見えたし、脅えているようにも見えた。
それとも俺がこんな仕事をしているとわかって、軽蔑でもしたんだろうか。
もう昔の「てっちゃん」じゃなかったことにショックを覚えたとでも言うんだろうか…。


「………。」

いや、これが今の俺の本当の姿だ。
別にあいつに隠す必要もあいつに対して肩身の狭い思いもする必要もない。
俺はこれでいいと思っているし、この先もこのままでいるだろう。
何もあいつに後ろめたさなんか感じることもなければ、心配する必要もない。
ただあいつがあんな顔をしたから、ちょっとびっくりしてしまっているだけだ。


「ふー……。」

あれほど苦くて不味く感じた煙草も、この狭い部屋にいるといつもと同じ味だった。
まるでそれは俺が生きて行くのはやっぱりここなんだと言っているかのようだ。
そうだ…それでいいんだ。
あいつはただの金ヅル、友達なんかじゃない。
恋愛対象に見ていたのは過去の過ちというやつだ。
もうそんな感情を抱くことはないんだ…。


「でも社長…、本当によかったんですかねぇ…。」
「あ?何がだよ…?」

俺が自分の席に座って煙草をふかしていると、ふと善田が口を開いた。
道行の持って来た中華料理を囲んでいた他の部下達も箸を止める。


「やっぱり俺としてはちょっと可哀想な気が…。」
「バカヤロウ、んなこと言ってたらこんな商売出来っかよ。客は皆金だと思え。」
「でも社長にとっては客っていうだけじゃないんですよね?」
「ど、どういう意味だそれ…?別にあれだ、あ…あいつとはただの高校の同級生だっただけで…。」

あいつが客だったのは偶然で、もう8年も会っていなかった。
他のどんな商売でも、「客が何年振りかに会った同級生だった」なんてことは別段珍しいことではないだろう。
何も疚しいことなんかないはずなのに、俺は善田に言われてどもってしまった。


「でも好きなんじゃないんですか?」
「……は?!」
「善田さん、何言ってるんスか…。」
「あいつが社長の初恋の相手だったんスねぇ…。いやぁ、こういうことってあるんですね…びっくりしましたよ。」
「ちょ……ちょっと待て何だそれは…!!」
「えぇっ!!本当ですか社長っ!!」

善田の言葉に、俺だけでなく他の部下達まで目を引ん剥いて驚いている。
俺は何かミスをしたか…?!
さっきあいつが来た時、何かヘマでもやらかしたか?!
ただ同級生だったと言うことがわかっただけだろう?
俺があいつに対して恋心を抱いていたなんてことはひとっっことも言っていないぞ?!
綺麗な女が来たならまだしも、普通に考えて男の同級生に対してそんな疑いを持つか?!


「え…ち、違うんですか?!」
「あ、当たり前だっ!お、俺がなんであんな奴に…!」
「でも高校の時の同級生が社長の初恋相手だって…。顔とかの特徴も似てましたし…。」
「だっ、だだだ誰がいつそんな…!!」

いくら勘の良い善田でも、こんなことに気付くはずがない。
俺は善田にそんな話をした覚えはないんだ。
もちろんこれからも話すつもりもない。
あいつとのことは俺だけの中にしまっておくつもりなんだから…。


「誰がいつって…社長、酔っ払った時いつも言ってますけど…。」
「んなもん覚えてるかっ!!そ…そもそもあいつは男じゃねぇかよっ!!同級生なんていくらでもいるだろうが!あんまり見当外れなこと言うんじゃね…。」
「はぁ…。でもそいつは友達のいない俺に声を掛けて来てくれた唯一の奴で、男だってわかってたけど好きになっちまったモンは仕方ねぇ、って言いながら社長いつも泣いてますけど…。それで顔が女みたいで可愛いだとか色々自慢もされましたし…。ついこの間ももう8年も会ってない、どこ行ったんだちくしょうって言いながら俺の胸に顔を埋めて大泣きされまして…。」
「う…うるせぇうるせぇっ!!おっ、おおお俺がそんなことするわけ…!」

しまった…。
酔っ払った時に俺はそんなことを言ってしまっていたのか…!
そこまで詳しい話までしたら、どう考えてもあいつ以外誰もいないだろうが…。
おまけに泣きながらなんて、恥ずかしいことこの上ないじゃないか。
それを今他の部下達にまでバラされて、俺は一体どうすればいいんだ…!
絶対に皆俺のことをバカにして、社長なんて立場で見てくれなくなるに決まっている。


「社長…!!俺…、俺…すみませんでしたっ!」
「な、何泣いてんだよ…!」
「社長は金のことばっかりの人間だって誤解してました…!そ、そんな辛い思いをしていたなんて…!」
「お、俺は別に辛くなんかねぇよっ!それに俺が金だけの人間なのは誤解でも何でも…。」
「いいえ社長っ!!俺にはわかります…!社長のその悲しい目の奥にはさっきの客に対する熱い恋心が潜んでいるんです…!!許されない恋に苦しんで8年間も耐えて来た社長…あぁ何てせつないんですか…っ!!」
「お、お前…ドラマか何かの見過ぎじゃねぇのか…!いっそこの仕事やめて脚本家にでもなったらどうだっ?!」

俺がおそるおそる部下達の方を見ると、皆同じように眉をひそめてせつなげな表情を浮かべていた。
その中の白田という奴が俺の手を握り、泣きながらそんなことを訴えられた日には、俺はどうしていいのかわからなくなってしまった。


「社長、俺も同感です…!」
「お、お前らバカじゃねぇのかっ?!何皆揃って泣いてんだよ…っ!」
「だって感動的じゃないですか…っ!8年振りの再会なんて…!8年振りに再び始まる恋ってやつですね…?あぁ…感動しますねぇ…!!」
「バ……ババババカなことばっかり言ってんじゃねぇよ…っ!」

何が感動的だよ…。
何が8年振りに始まる恋だよ…。
俺はもう忘れたくて仕方がないんだ。
それにわざわざ火を点けるようなことをしないで欲しい。
これならまだバカにされた方が良かったかもしれない。
情に脆い部下を持ったせいで、妙な期待をしてしまう自分が生まれ始めているよりは…。


「いいえ社長、バカなことじゃありませんよ。」
「ぜ、善田まで何言って…。」
「頑張りましょう社長!俺も精一杯応援しますんで!この恋を叶えましょう社長っ!!」
「ア……アホかてめぇはっ!!んなことより金が…!」
「金なんかいいじゃないですか!俺は社長に幸せになってもらいたいんですっ!」
「いいわけねぇだろっ!何が恋だっ、何が幸せだっ、アホらしいっ!!」

金なんかいいなんて、よりによって金貸しが何て台詞を言っているんだ…!
俺達は金のために今まで頑張って来たんだろうが。
金がすべてだと思ってやって来た俺のやり方について来たのはお前ら皆じゃないか。
それを今更昔のことを蒸し返されて、恋なんてものを頑張る気になれるわけがない。


「社長…。素直にならないと嫌われますよ…。」
「う…うるせぇよっ!!よ、余計なお世話だっ!!」
「あれですよね、確かそれが原因で高校の時も上手くいかなかったって…。社長は好きな子にはいじめたり冷たくするタイプなんですよね?」
「ん…んなことまでバラすんじゃねぇっ!いや、覚えてねぇけどな!もういいっつってんだろ!!もうどうでもいいんだよっ!!」

俺は酔っ払ってそんな細かいことまで喋ってしまっていたのか…。
善田はこの商売を始める前から知り合いで、飲にみ行く機会も部下の中でも一番多い。
信頼しているからといって安心しきって、何も考えずに酔っ払っていたのが仇になってしまった。


「社長…俺も素直になった方がいいと思います…。」
「う、うるせぇっつってんだろ…!」
「そうだ、社長のために皆で何か作戦を考えよう!名前はどうしようか…社長・8年目の素直な恋〜今なら言うよ、君にアイ・ラブ・ユー、なんてどうです?」
「バ、バカじゃねぇのかてめぇらはよ!!つぅか君にアイ・ラブ・ユーってのは何だっ、君とユーが被ってるだろうが!」
「あ…!そ、そうですね…!さすが社長…!いやぁ、やっぱり高卒は違いますねぇ…。」
「アホっ!!感心してる場合かっ!そんなことしてる暇があったら仕事しろっ!!金集めて来いっ!!」

白田が立ち上がりホワイトボードに何やら書き出した時には、俺はもう恥ずかしくて死んでしまいたい気分だった。
社長のこの俺が部下達に恋愛を応援してもらうなんて…。
それも男相手に妙な名前まである作戦を立ててもらうなんて…そんなことが出来るか!!


「お言葉ですが社長、俺、今日のノルマは達成しました。」
「そ…そうか早いな…。そりゃご苦労だった…。」
「ささ、作戦を考えましょう!さっきのあれから言って…。」
「だ、だからんなことしなくていいっつってんだろ!!」

こんなことを自分で言うのも嫌なのだが、普段の仕事の時よりも生き生きして見えるのは気のせいだろうか。
まるで女子高生か何かみたいに恋の話に目を輝かせ、笑顔が溢れているように見える。
中華料理を囲みながら作戦がどうとか下らないことを言って、楽しそうにしている部下達の表情は皆そんな感じだ。
そんな顔は金の話をしている時には見せなかっただろう…?


「俺、さっきの感じからしてあいつも社長を好きだと思うんスよねぇ…。」
「俺も!そう思いました…!何かがっかりした顔してたし…。」
「社長、やっぱり社長はそういう方向で行きたいですか?最初は冷たくあしらう、みたいな…。」

違う…これは俺の勘違いだ。
ただ社長の俺に、普段そんな話をしない俺に、珍しくそんな話が持ち上がったから皆でからかっているだけだ。
きっとホモという生き物(この際それは認めてやる)が珍しくて、面白がっているだけなんだ。
俺はもう道行に関わるつもりはないし、あいつが逃げることを願っている。
ここでそれを崩すわけにはいかない…!!


「どういう方向にも行かねぇよ…。」
「社長?」
「今日は帰る…。仕事する気もねぇ…。」
「しゃ、社長…。」
「善田、後は頼んだぞ。じゃあな。」
「社長…っ、待って下さ……!」

俺は部下達が引き止めるのも聞かずに、コートを羽織って煙草を消して事務所から出た。
バタンと大きな音をたてて閉まる扉の奥では、部下達がどよめく声が聞こえたけれど、それも気にしないで階段を下りた。


「………。」

外に出て道行がまたいるかと思ったけれど、さすがにもう姿はなかった。
あれほどきついことを言ってしまったんだ、俺はもう完全に嫌われたに決まっている。
善田に言われなくてもそんなことはわかっている。
だからもうこのことには触れて欲しくなかった。
あいつに対する思いが大きくならないうちに、早く忘れてしまいたかったのだ。






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