「LOVE IS MONEY?!」-7





「社長・8年目の素直な恋〜今なら言うよ、アイ・ラブ・ユー」計画その1…まずは相手のことを偵察、現在についてを詳しく調べる。
■期間は一週間、毎日欠かさず同じ時間帯に相手宅へ行き、行動を分刻みでチェックする。
これにより現在の職業、よく行く場所、交友関係などがわかるはずである。
※常に手帳とペンは持ち歩き、事細かにメモを取ること。
■見つかりそうになった時の対処法。
パターン1、とにかく隠れる。自分が壁になった気持ちで!便利な壁紙を持ち歩くと良い。
パターン2、変装をして誤魔化す。変装セットも持ち歩くと良い。
パターン3、通行人の振りをする。目立つ格好はしないことが大事。
一週間が近いようであれば、偶然を装ってバラしてしまうのも有りとする。
しかしその場合決して不自然な行動を取ったり、慌てていることを表情に出してはいけない。
あくまで「偶然」を装うことだけを考え、台詞としては爽やかに「やぁ、奇遇だね★☆」などを笑顔を浮かべながら言うと相手も信用すると思われる。
さぁ、今こそ8年目の恋を叶えよう、頑張れてっちゃん、GOGOてっちゃん!!(計画1のキャッチフレーズ)


「ったく…何だこれは…。」

俺は部下達に手渡された計画書の、最初の1ページ目を見ただけで眩暈を覚えてしまった。
こんなアホらしい計画のために皆で会議に徹夜だなんて…やっぱり俺は人選を間違えたとしか思えない。
どさくさに紛れて社長を「てっちゃん」呼ばわりなんかしやがって…。
だいたい、どうして俺があんな奴の偵察なんかしなければいけないんだ。
それも隠れてコソコソと…まるでストーカーか変質者じゃないか。
何が対処法のパターンだ、どれにしたって俺が変な奴に思われるだけだ。
どうして俺がそんな惨めなことをしなければならないんだ…。


「何だよこれ…。」

計画書と一緒に持たされた紙袋を開けて、俺は深い溜め息を吐いた。
そこには隠れるための壁紙…よく忍者なんかが敵から逃れて隠れる時に使うもの(しかも玩具の)が入っていた。
こんな物で隠れるわけなんかないのに、どうやって同化しろと言うんだ。
それから変装セットというのが白い仮面にマント…これじゃあ変装じゃなくて仮装パーティーだ。
目立つ格好はするなと言っておきながら、この方が目立つじゃないか。


「くだらねぇ…。」

本当にくだらない。
俺にとっては楽しくも何もないことだ。
そう思っているのに、俺の足はあのボロいアパートへ向かってしまっている。


「違う…。」

これはただ、今戻っても事務所に入れないからだ。
ただ時間を潰すためなら、他にも場所はいくらでもあるのにか?


「いや、違う…。」

そうだ、戻ってから部下達にどうだったの何だのと細かく聞かれた時のことを考えてだ。
俺が道行のところへ偵察に行っていないとなれば、部下達はさっきみたいに騒ぎ出すに決まっている。
これ以上根掘り葉掘り聞かれて責められて、嫌な思いをしたくないだけだ。


「くっそ……。」

心の中でどんなに言い訳をしようとも、実際に俺はもう道行の住むアパートへ着いてしまっていた。
もしかしたら俺は、昨日のことを物凄く気にしているのだろうか。
部下達が言っていたように、あいつのことを可哀想だと思って心配になってしまっているのだろうか。
あれからあいつがどんな気持ちになったのか、気になっているのだろうか…?


「………。」

俺は仕方なく部下達の計画通り、道行の部屋を隠れて偵察していた。
薄っぺらいドアの奥からは何も聞こえなくて、寝ているのかもしれないと思った。
あいつのことだから、またネタだか何だかを考えて居眠りでもしているのかもしれない。
それから2時間ほどしても何も起こらなかったのを確かめて、俺はアパートを後にすることにした。
これ以上そこにいても、何もないだろう。
それは俺達そのものにも何もないのと同じだと思うと、帰り道を歩く足がなぜだか重かった。


「あっ、社長!お帰りなさいませっ!」
「社長っ!お帰りなさいませっ!」
「あぁ…。」

事務所に戻る頃にはさすがにドアは鍵が開いていて、俺は何事もなかったかのように中へ入った。
部下達もいつも通り大きな声で迎えてくれた。
しかしその表情がいつもと違うのは、決して俺の気のせいなんかではない。


「で?社長、どうでした?」
「社長っ、俺も聞きたいですっ!」
「はいっ!社長っ、俺も聞きたいっス!」

やっぱり…。
予想通り善田を始めとして皆が俺に寄って来ては、目をキラキラさせている。
これが本当に悪徳金融会社の社員なのかと、社長である俺が疑ってしまいたくなる。


「あのなぁ…。」
「奴には見つかりませんでしたよね?」
「見つかってねぇよ…。」
「それは良かったです。それで、今日の収穫は何かありましたか?」

善田の指示で白田がパソコンの前に座り、何やらキーボードを打ち始めている。
どうせ今日の報告書か何かを作成でもしているのだろう。
そこまで俺のために頑張って色々考えてくれるのは嬉しいが…ハッキリ言ってありがた迷惑というやつだ。
これが(仮に!もし!あくまで仮定だ!!)脈があったとしても、こんな情けないことをさせられるのは俺の性格上御免だ。


「何もねぇよ…つぅかもうあんなのは…。」
「収穫なし、と。では明日も同じ時間帯で、いいですね社長?」
「あのな善田、俺はもう…。」
「社長、まだ一日目ですから!こういう地道な作業というものがですね…。」
「ひ、人の話を聞け…!!」
「はぁ…。」
「もう俺はあんなことやりたくねぇっつってんだよっ!なんで俺があんな隠れてコソコソ覗きなんか…!」
「社長…。」

何が地道な作業だ…。
俺はその、地道にあいつを思い続けて、それでもダメだったんだぞ?
それを今になってまたやれと言うのか?
しかもこの歳になって社長ともあろう立場の人間があんな情けないことを…!


「あれじゃ変質者だろうが!あんなこと出来るかっつってんだよっ!」
「社長……お気持ちはわかりますが…。」
「わかってるならもうやめ…。」
「たった一日何もなかったからって拗ねないで下さいよ…。」
「す、拗ねてなんかねぇよっ!!てめぇどこに目ぇ付けてんだっ!!」
「はぁ…顔ですけど…。」
「そ、そういうことを言ってるんじゃ……も、もういいっ!!」
「はぁ…。あの、社長…他に目がある奴なんているんですかね…。」

ちくしょう…どいつもこいつも、ああ言えばこう言う…!
ここはお笑い道場でもライブ会場でも何でもないんだぞ…?
善田という人間は、こんな奴だったか?
今まで俺は信頼をしてこいつに色んなことを任せて来たのは間違いだったということか?
いや、そうやって信頼して信用して、酔っ払って道行のことを喋ってしまった俺がいけないのかもしれない。
多分俺は、この現場ではどう足掻いても自分の思い通りにはならない。(社長なのに…!)
それならばこいつらが納得するまで、もしくは飽きるまで付き合うしかない。
つまりは俺があいつにフラれるか、このまま何も起きない状態が続くかだ。
どちらにしろ俺には楽しい状況とは絶対に思えないが、そうするしかないということだ。


「もう目のことはどうでもいいっ!」
「はぁ…そうですか…。では明日も同じ時間帯に…いいですね?」
「あー、はいはいわかった!行けばいいんだろっ、行けばよ!!」
「はい、頑張って下さいね、社長!」

それで元の生活が戻って来るのなら、そうするしかないじゃないか。
金のことだけを考えて、好きな物を買って、好きなことをして、豪華なマンションで暮らす…俺はそんな生活がまた出来ればそれでいい。
そのために少しの間だけ我慢をすればいい話だ。








そして俺は部下達の計画通り、毎日道行のアパートへと通った。
その間渡されたあの妙な壁紙や変装道具は、一度も使うことがなかった。


「おかしいな…。」

そう、道行は一度も俺の前に姿を現さなかったのだ。(その前にあんな変装道具は何があっても使わないだろうが)
俺が部下達に言われた時間は一日24時間のうちのたった数時間だ。
しかし実は俺はそれ以外にも、部下達には内緒でアパートを訪ねていた。
偵察をして三日目、大家らしき中年の女が訪ねて来たことが気になってしまったからだ。
どうやら道行は家賃を滞納しているらしく、その取り立てだった。
自分がそういう商売をしているせいか、あいつが今どんな生活をしているのか気になってしまった。


「逃げた…のか…?」

部下達に言われた時間帯以外に俺が来ていたのは、どれもバラバラな時間帯なのに、あいつと会うことは一度もなかった。
いくらあいつが芸人になりたいからと言っても、一週間も家に籠もっているとは考えにくい。
まだ売れていないからこそ、他に仕事だってしなければならないはずだ。
それはつまり…もうここにはいないという可能性が高い。


「なんだよ…。」

それならそうと、言ってくれればよかったのに…。
ひとことだけでいい、どこへ行くとかこれからどうするかとか…。
今の俺なら、金で何とか出来たかもしれないのに。
あいつを追い掛けて行くことだって、あいつを助けてやることだって、何だって出来たはずだ。
8年前みたいに何も出来なくて一人で泣くなんてこともなく、それどころか何か良い方向?にだって行っていたかもしれないのに…。


「何言ってんだ…俺は…。」

今になって後悔の波が押し寄せて来たことには、自分でも驚いてしまった。
あいつに逃げて欲しいと、目の前からいなくなって欲しいと望んでいたのはこの俺だったのに、やっぱり心のどこかで妙な期待をしてしまっていたかもしれないと思うと、自嘲さえ漏れる。
まさかこんなバカなことを考えてしまうとは、この俺も落ちぶれたものだ。


「今日こそ出て行ってもらいますからねっ!!」
「待って下さいっ!俺もうここしか家がなくって…あっ、もうちょっとしたらお金が入るかもしれなくて!」

俺が階段を降りてまた事務所へ戻ろうとした時、大きな怒鳴り声が耳に飛び込んで来た。
そういえば先程狭い階段ですれ違ったのは、あの大家らしき中年の女だった。


「かも、って何ですかっ!もう何ヶ月待ったと思ってるんですっ!」
「えっと…何ヶ月ですか?俺そういうのメモってないんですよねぇーあはは☆ネタなら色々メモってるんですけど…。」
「んまぁー!!ふてぶてしい!これだから今時の若い子って言うのは…!!」
「俺そんなに若くないですよー、大家さんって褒め上手ですねぇー。」
「褒めてなんかないですよっ!とにかく今すぐ出て行ってもらいますからねっ!」
「あっ、待って下さい!荷物…ネタ帳が…、お笑いのビデオも…!あっ、ラーメン屋の割引券も…!」

あのバカ……!!
お前のそういうボケはああいう人間には通用しないんだぞ…?!
俺みたいな奴しか付き合ってやれないということを、どうしてわからないんだ…!!
いつまで経ってもあの時と変わらないなんて、どうしてそこまでバカなんだ…!!
これ以上俺を振り回すなと言っているのに、どうして……。


「あれー?てっちゃん…?てっちゃん、どうしたの?」

暫く迷っていたけれど、結局俺は大家がいなくなるのを待って、また階段を昇ってしまった。
そこには部屋を追い出されたあいつと、家財道具一式が裸で置かれていた。


「何やってんだ…バカヤロウ…。」

それは道行に対して言った台詞なのか、自分に対して言った台詞なのか、よくわからなかった。
ただ荷物と一緒になって床にペタンと座っているあいつが、捨てられた犬みたいに見えて放って置くことが出来なかった。
自分がいくらあんな商売をしているからと言っても、そこまで冷血漢にはなれなかった。
それもやっぱり俺の言い訳なんだろうか…。


「あはは、家なくなっちゃったー。」
「何があははだ…笑ってる場合じゃねぇだろうが…。」
「んー、でも仕方ないよねぇ、2年も滞納してたみたいだし…。」
「2年って…よくそこまで待ってもらえたな…。つぅかみたいって何だよ…覚えとけよそれぐらい…。」

こいつが今までどんな生活を送って来たのか、この時少しだけ見えたような気がした。
きっと俺なんかとは比べものにならないぐらい貧乏で、俺に集るぐらい食べる物にも不自由をして来たのだろう。
そこまでして芸人になりたい気持ちなんか俺には一生わかることは出来ないし、わかろうとも思わない。
思わないけれど、俺にはそんな道行が眩しく見えた。


「仕方ないかぁ…公園にでも…。」
「来いよ…。」
「え……?てっちゃん…?」
「いいからついて来い…。」

俺はその、あいつの眩しさにやられてしまったのかもしれない。
もう会いたくないと思っていた奴に対して助けてやろうと思うなんて…金のためだけに生きて来た俺が誰かを救ってやろうなんて、似合わないにも程がある。
だけど俺は一度道行の手を掴んでしまうと、離すことが出来なくなってしまった。






back/