「LOVE IS MONEY?!」-4





俺が欲しいのはお前の借りた金だ…、か…。
昔の俺だったら、俺が欲しいのはお前、そう言っていた(実際は思うだけで言えないだろうが)ことだろう。
いつの間に俺は、そこまで金人間になってしまっていたんだ。
それもあいつがすべて原因なんだから、手の施しようが無いと言えば無い。


「あっ、社長っ!お帰りなさいませっ!」
「お帰りなさいませ社長っ!」
「あぁ…。」

随分前に揉み消したはずの煙草で苦くなった口内から唾を吐き、雑居ビルの階段を昇る。
古くて重い鉄の扉を開けたら、そこが俺の場所だ。
あいつなんかが入って来れない、金のためだけに生きる俺の唯一の居場所なのだ。


「悪ぃな遅くなって。皆で休憩取ってくれ。どうせ昼だし誰も来ねぇだろ、閉めとくからよ。」
「はっ!ありがとうございます!では…。」

気が付けば俺は、道行のところへ行って一時間以上も時間を費やしてしまっていた。
今更あいつに時間を割く必要なんてないはずだ。
ただ偶然あいつが俺のところから金を借りて、俺はあいつを金の餌食にする。
それだけのことなのに、何をやっているんだか…。


「おい見てくれよ、今日の肉団子、我ながら力作だぜ。」
「さっすが善田さん…!俺のも見て下さい、玉子焼きっス。昨日よりいい出来で…。」
「俺は今日おにぎりがメインなんスよー。何種類か作ったんですけど…。」
「あのな…お前ら…。」

辺りに漂う食べ物の匂いと部下達の会話に、俺は身をプルプルと震えさせながら口を開いた。
何が肉団子だ、玉子焼きだ、おにぎりだ…そんな厳つい顔してアットホームな会話なんかするんじゃねぇ…!


「あっ、社長も食べますか?昨日近所のスーパーで挽肉が安かったんスよ。」
「い…いら……。」
「じゃあ玉子焼きどうです?俺、お袋の味に近付けたつもりなんですけど…。」
「いらねぇって言ってるだろうが!つぅかてめぇら恥ずかしくねぇのかよっ!!」
「はぁ…でも今の時代、男も家事が出来ないと駄目だって…ほら、失業した時主夫としてやっていけるじゃないですか!」
「はは…そりゃ社長の俺に喧嘩売ってんのか…。」

部下どもはやっぱり何かが抜けている。
悪徳だと言うのにどこかのほほんとしていて、まるで何かの部活動かサークル活動のような雰囲気だ。
中には家庭がある者もいるが、そういう問題ではない。
類は友を呼ぶなんて言葉があるが、まさにそんな奴等が集まってしまったような感じだ。
これで仕事が出来なければすぐにでも辞めさせているところだが、そこだけはしっかりやるから実力だけは認めざるを得ない。
それにこういう雰囲気だからこそ、社内での揉め事もなく今までやって来れたのかもしれない。
そこまで感謝はしていないが、この現状を脱したいというわけでもないのだ。
結局俺もこいつらに絆された、同類ということなんだろうか…。


「ところで社長、どうでした?」
「あ?何がだ。」
「あれ?回収に行ったんじゃなかったんですか?」
「あ……あぁ!回収な、回収…。まぁ行ったは行ったが…。」
「珍しいですねぇ…社長が未回収なんて…。初めてじゃないですか…?」
「ちっ、違ぇよ!い、いなかったんだ、そう、留守だったんだよっ!それで腹が減ってラーメン屋に行ってつい食うのに夢中になってだな…。」

善田に突っ込まれて、自分が外へ出た本来の目的をすっかり忘れてしまっていたことに気が付いた。
そこで嘘を吐く必要もなかったと思う。
未回収なんてよくあることで、逃げられたことだってよくあることだ。
しかし俺は今まで一度も収穫ゼロで帰って来たことがない。
そんな俺を見て皆尊敬の眼差しで見てくれる、快感みたいなものを味わえなくなるのが嫌だったのかもしれない。
社長は凄い、さすがだ、常にそう思われていたいと思っていたのかもしれない。
それとも道行のことを知られるのが恐かったのか…既に自分でも嘘を吐いた理由がよくわからない。


「やっぱり芸能人だから忙しいんですかね…。」
「バカ、んなわけねぇだろ。」
「え…?」
「あーいや…、だから言ってるだろうが、芸能人がこんなところから借りるわけねぇって。」

腑抜けた部下の中でも、善田は勘がいい方だ。
普段は気付きもしない細かいことでも、ちょっとした時に鋭い突っ込みを入れて来る。
こんな会話を続けていたのでは、いつかあいつのことがバレてしまう。
いや、あいつの存在自体は借金によってもうわかっているからいい。
問題は過去のことだ…同級生だったことまではいいとして、俺の気持ちがバレたりなんかしたら…。
そんなことになったら俺の社長としての面子は丸潰れ、この先部下達にどんな顔で接して、どんな風に命令をして行けと言うのだ。
あんなエラそうなことを言っているけどホモ(認めたくはないが事実)、なんてレッテルを貼られたら俺は生きて行くことも自信がなくなるだろう。
だからそのことだけは死守しなければならない。
あの気持ちは墓場まで持って行く覚悟で、過去は完全に封印するんだ…!


「あー!てっちゃんやっぱりここだったー!」
「……ブッ………!!ガホッ…ゴフッ…ゲホ…!!」
「しゃ、社長っ!大丈夫ですかっ!」

固い決意をして机に置かれた茶を飲んだ瞬間、今一番聞きたくない声が耳に入って来て、思わず全部吹き出してしまった。
机の上は茶の海と化し、咽ながらその声のする方を振り向く。


「やっぱりこれ全部食べ切れないから届けに来たんだー。」
「お…おま…っ、な…こ…がわ……だ…っ。(お前なんでここがわかったんだ)」
「これてっちゃんの分ね。あっ、友達もいるの?よかった、皆で食べてね!」
「な…ななっ、ななな何しに来た…っ!!」

部下の目の前で「てっちゃん」などと言う呼び方をされたことはどうでもいい。
受付の机の上に匂いをプンプンさせた中華料理をどっかりと置かれたこともどうでもいい。
ただどうしてここに、どうして今このタイミングで道行がいるのか、そのことが俺を酷く動揺させていた。


「えっと…これ届けにだけど…。」
「そうじゃねぇ!さっきの話聞いてなかったのかっつってんだよっ!」
「え?どの話のこと…?」
「て、てめぇ……!」

ふざけるのも大概にしろ。
何呑気に料理なんか届けに来てるんだよ。
ここがどこか、俺がどういう立場がわかっているのか。
お前は金を借りたことも忘れたって言うのか。
言ってやりたい文句は死ぬ程あるのに、なおも続く動揺のせいで上手く言葉が出て来ない。


「あーっ!社長っ、こいつですよ!芸能人って!ミッツーとか何とかって…。」
「えー?ミッチーだよぉ!あれれ?親切なお兄さんだ!お兄さんてっちゃんの友達なんだー?」

善田がよくやく道行の顔に気付いたようで、指を差して大声を上げた。
道行も道行で、善田に覚えがあったようだ。
そこまで記憶出来ていて、どうしてついさっきのことを忘れているんだ…?
そこまで俺はどうでもいい立場なのか?
道行にとっては俺よりも善田の方が記憶に残っているとでも言うのか…?!


「う…うるせぇっ!!いい加減にしろてめぇらっ!!」
「しゃ、社長…!」
「てっちゃん…?」
「善田、こいつは芸能人でも何でもねぇよ。それから道…てめぇ、こいつは親切なお兄さんでも友達でもねぇ、俺の部下だ。」
「そ…そうなんスか…。」
「へぇ〜そうなんだ!」

俺は指を差し合って向かい合う二人の間に割って入り、二人よりも大きな声で怒鳴った。
目が本気なのに気付いた善田は一瞬で姿勢を正したが、道行は相変わらずだった。


「いいか、俺はここの社長なんだよ。お前は俺の会社から金を借りた、そう言ったよな?」
「わぁ…!てっちゃん社長だったの?!凄いねぇ!」
「感心してねぇでさっさと返すもん返せ、さっきも言ったよな?きっちり103万って。すっとぼけてんじゃねぇぞコラ。」
「えー…でも103万っていうのは…。」
「返せないとでも言うのか?ああ?だったら内臓売るか外国に売り飛ばされるか東京湾に沈むか、どれかから選べ!」
「うーん…、どれも嫌かも…。てっちゃん、どれも嫌な場合はどうするの?ねぇてっちゃ…。」
「うるせぇっ!!こういうところから金借りるってのはそういうことなんだよっ!よーく覚えておけっ!!」
「わ……!」

苛立ちが頂点に達してしまったのか、俺は道行の襟首を掴んで耳元で怒鳴ってしまった。
さすがの道行もそれにはビクリと震えて、恐怖感を露にしていた

しかしそこで同情したら最後、俺は一生こいつに振り回されていくことになるだろう。
これでいいんだ、恐がられて憎まれてでも俺はこいつから離れなければならない。


「いいか、お前は金ヅルなんだよ。いい気んなって友達ヅラなんかしてんじゃねぇ。」
「てっちゃん…。」
「友達ヅラすんなって言ってんだろうが!二度とその名前で呼ぶなよ?てめぇは金だけ返しゃいいんだ、わかったなっ!!」
「う……うん……。」

冷たい言葉を言い放って、俺は道行を解放してやった。
その時の道行の顔は、初めて見るような表情を浮かべていた。
眉をひそめて今にも泣き出しそうな、いじめられている小動物みたいな…。
今まで何度も怒鳴って来たけれど、そんな顔をしたことはなかったし、こんな風に身体が小刻みに震えていたこともなかった。


「わかったらここにはもう来るな。こっちから回収に行ってやるからそれまで用意してろよ。いいか、逃げようなんて考えるなよ?んなことしたら何としてでも見つけて東京湾の海底行きだからな?」
「てっちゃ……はい……。」

道行はがっくりと肩を落として、俺達の前から去って行った。
「逃げるな」なんて言ったけれど、俺はそれでもいい、いや、出来ればそうして欲しいと思った。
逃げてくれたら、俺はもう道行と関わらずに済むんだから。
「回収に行ってやる」というのは、その猶予を与えるためにわざと言ったのだ。


「社長…さすがですね…。あいつタジタジでしたね…。」
「ま…まぁな…。」
「でもちょっと可哀想でしたけどね…。」
「バカヤロウ、そんな情けなんかいらねぇんだよっ。ほら、さっさと昼飯食っちまえ。」

俺が望んでいた尊敬の眼差しで見る善田なんかより、あいつを可哀想だと思っているのはこの俺だった。
だけど俺はこの立場を捨てるわけにはいかない。
捨てたところであいつとどうにかなるなんてことも考えにくい。
どうにかなる…そういうことを少しでも考えてしまった時点で、俺は自分の気持ちに気付いてしまった。
多分このまま行けば俺はまたあいつに振り回され続ける、あいつに恋をする…と。
だけど今なら間に合う、今のうちに離れておけば大丈夫だと思った。
俺が救われる道はそれしかないのだから。






back/next