「LOVE IS MONEY?!」-2





そう…あれは忘れもしない8年前…。
俺とミッチー…もとい道行は、同じ高校に通っていた。
2年生の4月、クラス替えで同じクラスになるまでは道行のことは知らなかったし、向こうも俺のことを知らなかったと思う。
当時俺はちょっとばかり恐めの顔と口の悪さのせいで、何も悪いことをしていなかったのに不良だのヤクザの息子だのと言われていた。
お陰で友達なんてものは一人も出来ず、それどころか話し掛けて来る奴すらいなかった。
人間関係なんてものは複雑になればなるほど面倒だと思っていた俺でも、さすがに一人も話す奴がいないとなれば少々寂しい人生だろう。
しかしそれを自ら口に出すことなんて出来るわけがなく、5月になっても孤立したままだった。
いつの間にか教室にも居づらくなった俺が昼休み過ごすのは、ほとんど誰も行くことのない屋上だった。
購買部でその日の昼食を買って、昼休みが終わるギリギリまでずっとそこで過ごしていた。
そんな俺を突然邪魔して来たのが、道行だった。


「あーいた、てっちゃん!こんなとこでお昼してたんだー?」
「───あ?」

今まで話したこともない奴にそんなふざけた名前で呼ばれて、正直言って腹が立った。
しかし当の道行はそんな俺の苛立ちに気付くことなく、ニコニコ笑いながら俺の隣に座り、自分も持って来た弁当を食べ始めたのだ。


「まだ結構寒いんだねぇ、ここ。」
「………。」
「風邪ひいたりとかしない?」
「…んなの関係ねーだろ……。」

ここが寒いとか俺が風邪をひこうが、こいつに何が関係があるって言うんだ…。
というか当たり前のように隣に座って弁当なんか食って、何をがしたいんだ…?
その前にこいつは、俺が恐くないんだろうか…。


「あっ、これ玉子焼き!うちのお母さんすっごい上手なんだよーはいっ!」
「つぅかお前馴れ馴れし……むぐっ!!な、何すんだっ!」
「美味しいでしょ?ね?」
「う…美味い……かもしんねぇけど………。」

ブツブツ文句を呟いていると、道行の母親特製の甘い玉子焼きを口に突っ込まれてしまった。
それが美味いとか美味くないとか、この際どうでもいい。(確かに美味かったけど)
一体俺に何の用があって、何が目的でここに来たんだ…?


「あっ、タコさんウィンナーも食べる?パンだけじゃ足りないでしょ?」
「っていうか…何なんだよ…。」
「…へ?」
「へ、じゃねぇよ。何しに来たっつってんだよっ。俺なんかに話し掛けて来るんじゃねぇよ!」
「あ、もしかして迷惑だった?」
「今頃遅ぇよ!!」

タコさんウィンナーを口に突っ込まれる寸前で、俺は大声をあげて道行に文句をぶつけた。
何だこいつは…物凄くすっとぼけた奴だな…。
普通最初に気付くだろ、声を掛ける前によ…。


「でもてっちゃんいっつも一人だしー…。」
「別にそんなの好きでいるんだよっ。お前には関係ねぇだろ。」
「えーでもさぁ、寂しくない?俺と仲良くしようよ!ね?てっちゃん!」
「さ、寂しくなんかねぇよっ!別に友達なんかいらねぇし!つぅかその呼び方やめろ!」
「えー?でも下の名前哲二でしょ?間違ってないよね?」
「そ、そういう問題じゃねぇんだよっ!どのツラ下げててっちゃんかつってんだよ!」

ダメだ…こいつと話していると調子が狂う…。
イライラするわ、話は逸れていくわ…今までつるんで来た奴の中にはこんな奴いなかったぞ…。
こんな奴と仲良くなんか出来るわけがないだろうが!


「そのツラじゃないの?」
「だからそういう…もういい!」
「あっ、どこ行くの?もう行っちゃうの?」
「ついて来るなよ?もう俺と関わるんじゃねぇ。」

俺は食べていたパンを袋にしまい、とにかくこの場から立ち去ろうと思った。
こんな面倒な奴と関わるぐらいなら、ずっと一人でいた方がマシだ。
別にいいじゃないか、学校を出れば中学時代の悪友だって……ちょ、ちょっとしかいないけど…。


「…俺に関わると火傷すんぞ?あぁ?」

フ…我ながら決まったな…。
だけどこういうことを言うから誤解されるんだろうな…。
俺は恐い奴だって、不良だって、ヤクザの息子なんだって…。


「へー!すごいね!どうやって火傷すんの?どこかから火が出るの?手から?見せて見せてー?」
「違ぇよ!!」
「え…でも今火傷するって…。」
「そういう意味じゃねぇよ!ものの喩えだっ!!」

こいつはアホか…?!
普通人が言ったことをそのまんま信じる奴がいるかよ?!
道行は俺の手を取って上に掲げてそこから火が出るかどうか確かめていた。


「とっ、とにかくもう話し掛けんな!わかったな?!」

俺は道行を振り切って、屋上を後にした。
きっと追い掛けて来るだろうと思っていたけれど、予想に反してそれはなかった。
扉を閉めるバタンという大きな音がして、それっきり途絶えてしまった。

…と思っていたのは俺だけだった。
その次の日も更に次の日も、毎日道行は俺のところへやって来た。
しかも今までは弁当だったのをパンに替え、購買部までついて来るようになった。
毎日来るなと言い続けていた俺でも、さすがにそれが一ヶ月も続くと追い返すことも疲れてしまった。


「わ…わかった…友達になればいいんだろ…?」
「友達じゃなくて、仲良くしようって言ったんだよー。」
「同じことだろうが…。」
「あはっ、よかったー。明日も一緒にお昼しようね?」
「う……っ。」
「あれ?どうしたの?」
「な、なんでもねぇっ。寄るなっ。」
「はぁーい。」

その時俺は、初めて真っ直ぐに道行の顔を見たような気がする。
俺と友達になれて何が嬉しいのか知らないけれど、道行は満面の笑みを浮かべていた。
それがもう眩しくてキラキラしていて…何だか知らないが物凄く可愛いと思ってしまった。
今思えばその瞬間、俺は道行に恋をしてしまったのだと思う。
(だって家に帰ってからあいつをオカズにヌいちまったからな…)
その眩しさと同性に対する疚しい思いの後ろめたさから、俺はすぐに目を逸らしてしまった。

その後3年生に上がりクラスが別々になってからも、俺達は一緒にいた。
毎日昼食を共にしていただけでなく、学校から帰るのも一緒だった。
そんなことだからもしかして道行も俺のことを…なんて甘い考えが浮かばなかったわけではない。
しかし相手は男だ、いくらなんでもそれはないだろう…そう自問自答しながら悶々とする日々が続いていた。


「てっちゃん、話があるんだけど…。」
「…え?あー…な、何だ?」

それが覆るかもしれないという絶好の機会が、卒業を間近に控えた春の日にやって来た。
その深刻かつ少し恥ずかしそうに俯いている仕草からして、告白の可能性が高いと思ったのだ。
ついにやったぞ!この片思いに終止符を打つ日が来たんだ!と、屋上へ行く間の俺は今までにないぐらいルンルン気分だったのだが…。


「あの…俺…、ずっと隠してたんだけど…。」
「だ、だから何…。」

ずっと俺に恋をしていたことを隠していたんだろう?わかってるさ…だって俺も同じだからな…。
てっちゃん…それホント…?
あぁ、本当だ…。
てっちゃん…俺嬉しい…っ!
俺もだよ…道行…、好きだ…!!
てっちゃん…!だ、抱いて……っ!(がばぁ!!)
な・あ・ん・て・な!!気が早いな、道行の奴…。
しっかしこりゃ願ったり叶ったりな展開になったぜ…フフフ…。


「てっちゃん…?聞いてる?俺ね…。」
「あ、あぁ、聞いてるって。」(もちろん妄想に夢中で聞いていなかった)
「あの俺…げ、げいに……。」
「え…っ!」

げい=ゲイか?!
俺ゲイになりたい、そう言いたいんだな?
よし、俺が付き合ってやる!
俺がその相手になってやるよ…!
さぁ俺の胸に飛び込んで来るんだ道行…!!
そして俺とめくるめく禁断の世界に堕ちて行こうじゃないか…!!


「だからあの…てっちゃんに突っ込まれているうちになんか気持ちよくなっちゃって…。」
「つ、突っ込むってそんな…ストレートだな…。」
「み、皆の前でもうけるかなぁって…。」
「えぇっ!!み、皆の前で受けるのか?!お前って案外大胆な…。」

…ん? ちょっと待て…。
俺はまだ道行に突っ込んでなんかいないよな…?(自分で確認するのも何だが)
そりゃあ確かに後ろ姿を見てはそのケツを狙ってはいたが…。
突っ込んだのはまだ夢の中(そして朝には夢精していた)だけしか…。


「お…俺っ、芸人になりたいと思うんだけどてっちゃんはどう思うっ?!」
「………は?!」
「やっぱり無理だと思う?」
「い、いやあの突っ込むって…。」
「てっちゃんよく激しい突っ込み入れて笑ってくれたし…。他の皆の前でもウケるかなぁって…。」
「あは…は……そ、そういう意味か……あはは…!」

ゲイじゃなくて芸の方か…!!
ケツじゃなくてそっちの突っ込むかよ…!!
うけは受じゃなくて面白かったとか笑えたとかそういう方かよ…!!
つぅかあれは面白くて笑ったんじゃねぇ、呆れてただけだっ!!
俺はまさに道行に対する突っ込みを胸の中で繰り返しながら、何とか乱れたこの心を落ち着けようと深呼吸を繰り返した。


「ねぇ、やっぱり無理だと思う?てっちゃん、俺無理かなぁ?」
「う……。」

あぁ、天使の笑顔…。
だけど中身は小悪魔ちゃんだったんだな、道行…。
俺はそんなお前が物凄く好きだ…!
物凄く好きだが…今更そんなこと言えなくなったじゃねぇか!!


「てっちゃん…。」
「いや……その…い、いいと思う…けど……。」
「ホント?いいと思う?うわぁ俺頑張るよ!!」
「あは…、そ、そうだな…。」

まぁいい…。
卒業まではまだ時間はある。
俺はどうせ就職するが、こんなにアホのクセになぜか頭のいい道行は大学進学が決まっている。
いくらボケボケした道行でも、俺と離れて寂しくないわけがない。
それに気付かせて卒業式には涙の告白…そしてベッドイン…!!
今度こそその尻に激しい突っ込みを決めてやるぜ☆ (やっぱり気が早いだろうか)


「じゃあ俺行くね!てっちゃん元気でね?」
「…は?い、行くってどこに…。」
「やだなぁ東京だよぉ!やっぱり芸能界目指すって言ったら東京でしょ!」
「いやあの…まさか今から行くんじゃねぇだろ…?」

俺は物凄く嫌な予感に襲われた。
てっきりこれが恋愛成就だと思い込んで浸っていたせいか、道行が大きな荷物を持っていたことなんて気付かなかったのだ。


「え?今から行くけど…。」
「で、でも大学決まって…。ほら、卒業もまだだし…。」
「あ、あれ行かないことにしたから!退学届はとっくに出してたんだー。」
「あ……そう…、そっか、そうなのか…。」
「てっちゃんも就職頑張ってね?まだ決まってないんでしょ?」
「はは…そうだな……うん…。」

そうか…もうお前は決めていたんだな…。
俺はお前の一番近くにいると思っていたけれど、隠していたなんてな…。
俺はもう放心状態で、何をどう言っていいのかわからなくなってしまっていた。
今すぐ引き止めなければいけないのに、上手く言葉が出て来なかった。


「じゃあね!仲良くしてくれてありがとう!」
「お…おう…、達者でな…。」

達者でな───…。
道行はあの時見せた眩しい笑顔で、俺の前から去ってしまった。
俺は引き攣り笑いを浮かべながら、ただ手を振ることしか出来なかった。
その後すぐに道行を追い掛けて行こうとしたが、それは出来なかった。
恋心を抱いているのは俺だけで、追い掛けて行って足蹴にされたりしたらそれこそショックで生きていけなくなるかもしれない。
それ以前の問題として、東京へ行くための金なんかなかった。
当時俺はまだ高校生、バイトもしていない状態では普通列車の運賃でさえ捻出出来なかったのだ。
金さえあれば何だって出来たかもしれないのに…!俺は金のない非力な自分を、心から呪いたい気分だった。


「う…道行……っ、うぅ……っ、あ…!」

その夜俺は情けないことに、泣きながら自慰行為に耽った。
もうこの先こうして道行をオカズにすることなんかないだろう。
これが道行に突っ込まれるという夢の日々を思い描くこともなくなるだろう…。

さようなら…道行…。
俺のこの熱い思いごと、俺の中から消えてくれ…。
こうして俺の青春時代の甘酸っぱい初恋は、吐き出された精液と共に終わりを遂げたのだった。






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