「LOVE IS MONEY?!」-1





世の中というものは、金が全てだと思う。
だいたい金がなければ食えもしないし、好きなことだって出来やしない。
「愛があれば大丈夫よ」なんて言って、夢見がちで貧乏な男と一緒になった女だって、実際に生活をしてみて食えなくなったら逃げて行くに決まっている。
そもそも俺は愛や夢なんてもの自体信じない主義だ。
そんな不確かなものを信じたところで、一体自分に何が返って来ると言うのだ。
夢なんてものは寝る時だけでいい、愛なんてものはすぐに裏切られるのがオチだ。
金があれば女だって買えるし、何でも出来るし、大抵のことは叶う。
金こそがすべてにおいて一番大切で、生きていくのには必要不可欠な物だ。
これ程信用出来るものなど、他に何があると言うのだろう。


「おはようございますっ、社長っ!」
「おー…。」
「どうしました?顔色が優れないようですがどこか具合でも…。」
「ちょっと二日酔いでな…。んなこたいいから今日も頼んだぞ。」
「はっ!承知しました!」
「フフ…骨の髄まで絞り取ってやれよ…お前ら、わかってるんだろうな?」

そんな金だけを信じる俺の名前は黒金哲二。
齢25歳にして社長、人の弱味に漬け込み金を貸し、法外な利子でこの世の果てまで追い詰めて苦しめる、世間では悪徳金融だとかヤミ金融と呼ばれる会社だ。
そんな俺が余裕の昼前出勤でとある雑居ビルの4階に行くと出迎えるのは、黒尽くめのムサい男達だ。
俺がニヤリと笑いながらそんなことを言えば、その場の空気がピリリと引き締まる。
いくら筋肉ムキムキの剛腕強面集団でも、この場の最高責任者の前ではおとなしい小動物みたいだ。
その時の気分と言ったら最高としか言い様がなく、俺は改めて金というものの力の大きさを知るのだ。


「社長…ちょっとよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ、問題でもあったのか?」
「こいつなんですけどね…。」
「ん?なんだ…?」

俺は高級な革張りソファにどっかりと座り、まずは出社一本目の煙草を咥え込んだ。
この瞬間が一番好きだと言うのに、それを邪魔したのは部下の善田という男だった。


「全然連絡が取れないんスよ。電話が繋がらないんス。」
「あ?だったら直接出向きゃいい話……な、なんだこりゃ?!」

善田から手渡されたのは、やたらと下手くそな字で適当なことばかり書かれていた借り入れ契約書だった。
名前…ミッチー(正確にはミッチーでぇす★と記入)、生年月日は事情により非公開、住所は書かれているものの、屋号がミッチー製作所だと?
電話は携帯電話のみ…はまだ仕方ないとして、その電話が繋がらないと言うのだから記入しても意味を成していない。
しかも何だこれは…職業がプライバシー保護のため非公開だと?!


「な、なんだこのふざけた契約書は…!!」
「はぁ…あの、何でも芸能人とかで…出来るだけ秘密にしてくれと…。借り入れもたった3万だったので…。」
「バカヤロウ!!芸能人がこんなところで金なんか借りるかよ!!」
「あっ、そ、そう言われてみればそうですね!さすが社長頭がキレますねー。」
「アホっ、感心してる場合じゃねぇだろ!あれ程契約書だけはちゃんとしろって言ったのがわからんのか!!」
「しかし社長…ちゃんと借りれない奴がうちみたいなところに来るわけで…。」
「んなこたわかってるっつーの!だからってこんな適当でいいわけねぇだろうが!!逃げられたらどうするんだ!!あぁ?!」
「す、すみません社長…!!」

部下は皆割といい奴だ。
仕事が出来ないわけでもなくむしろ優秀だと言ってもいいぐらいで、俺に対する忠誠心や尊敬心は十分感じられる。
ただ一つ問題なのは、情に弱いところがあるということだ。
今までにもそういうことが何度かあって、正すようにと俺は口を酸っぱくしながら言って来たつもりだ。
しかしまたしてもこういうことが起きてしまったということは、もう性格上の問題(善田の場合その名字も影響している可能性が高い)だと諦めるべきなのだろうか…。


「ならもうさっさと行け、直接行って絞り取って来い。」
「はぁ…しかしこの住所が事務所だそうで、今後の活動に響くかと…。」
「だからんな情けなんかいらねぇんだよっ!もういいっ、俺が行く!」
「はっ!行ってらっしゃいませ社長!」

何が行ってらっしゃいませだ…。
そんな見送りをしている暇があったらてめぇで行きやがれって言いたいのがわからんのか…。
俺はブツブツと文句を呟きながらほとんど吸っていない煙草を揉み消し、ジャケットの上にコートを羽織った。


「いいか、たかが3万でもな、袖振り合うも他生の縁って言うだろ?なぁ?」
「じ、自分は中卒なんで難しいことは…!」
「はいっ、社長!自分もです!」
「社長、自分は高卒ですがよくわかりません!」
「お、お前ら全員アホか…!」
「す、すみません社長っ!自分アホですみませんっ!」
「社長申し訳ありませんっ!自分もアホですっ!」
「お、俺もアホなんでもう一回高校行った方がいいんでしょうか…っ?」

アホかどうかなんてどうでもいいっつーんだよ…。
前言撤回、いい奴というのはこの世界ではダメな奴…つまりは悪い奴なのだ。
その情が十分仕事に差し障っているのだから、優秀と言うのには程遠かった。
この世界は残酷・冷酷に、極悪非道の鬼畜と言われようが、あくまで人より金という信条でいなければやってはいけない。
情のじょの字も必要としないのだ。


「フ…たかが3万でもな、全財産絞り取ってやるってことだよ…。」
「しかし社長、相手は金がなくて借りているんだと思いますが…。その、返す金も全財産というのも…。」
「金がないだぁ?んなこた知らねぇ、金がなければ身体で返してもらうだけだ。」
「しゃ、社長…。」
「フッフッフ…芸能人なんだから顔はそこそこなんだろ?散々絞って出なけりゃ海外に売り飛ばしてやるからよ。それか内蔵でも売ってもらうか?それとも東京湾に沈めてやるかぁ?アーッハッハッ!」
「ひ……ッ!」

まったく…こんなことでいちいちビビっていたら、取立てなんかまともに出来ないだろうに…。
それほど徴収率が悪くないっていうのは一体どうなっているんだか…。
だからこそ海外に売り飛ばすことも東京湾に沈めることも今まではしないで済んだものの、ここらで一発この部下どもに示してやらなければいけないのかもしれない。
俺は頭の中で「ミッチー海外売り飛ばし・ダメだったら内臓売買または東京湾に沈めよう計画」を立てながら、書かれた住所へ向かった。







「な…なんだこりゃ…。」

書かれていた住所にあったのは、芸能事務所と言うには程遠い、ただのボロアパートだった。
風が吹けば屋根が飛んで行きそうな…いや、建物そのもの倒れてしまうようなボロさだ。
二階建てのそのアパートには部屋が6つほどあったが、こんなところに住んでいる奴なんかいるのだろうか。
人の気配も感じられない程、廃墟と化してしまっている。


「ちくしょうあいつら…騙されやがって…。」

もちろん事務所なんて言うのは、大嘘もいいところだ。
おおかた芸能人とでも言えば信用して金を貸してくれるとでも思ったのだろう。
そんなことが通用すると思っている方もバカだが、それを信用するうちの部下どもはもっと大バカ野郎だ。
だがそのバカもこの俺までは騙せないというのがわからなかったようだ。
金を借りるということはどういうことなのか、金というものはどういうものなのか、俺がしっかり教えてやる。


「おいコラ開けろ!いるんだろ?さっさと出てきやがれ!」

ひとまずそのバカの顔を見てやろうと、手始めに俺はドアを蹴り飛ばした。
中からは返事がなく、もちろんそれは想像が出来ていたことだった。
借金取りに出て来いと言われて素直にノコノコ出て来る奴なんかいないからだ。
そこから段々と執拗に追い込んで、最後には何もかも絞り取ってやるのが俺達のやり方だ。
二度と社会復帰出来なくなるまでにする、これが世の中というものだと、悪徳金融というものだと示してやるのだ。


「おい……うお!いってぇ…なんだよ開いてたのかよ!」

俺はもう一度ドア蹴り飛ばした後、ノブに手を掛けると、いとも簡単に開いてしまった。
しかも勢い余って中に倒れ込み、床に顔をぶつけてしまった。
ドアノブの内側を見るとどうやら鍵そのものが付いていないらしく、代わりに紐がぶら下がっていた。
今時都内で鍵もかけずに生活するなんて、危機感というものがないのだろうか。


「おい、いるんだろ…?」

部屋の中も外同様にボロかったが、それ程散らかっている様子ではなかった。
中には台所と風呂とトイレがあり、おそらくその奥の襖を開けたところがメインの部屋と言ったところだろう。
家財道具も少ないながらもちゃんと残っている状態から言って、ミッチーと名乗ったふざけた奴は、まだ逃げてはいないようだ。


「おい……う、うわ…!!」

襖を開けた六畳ほどの狭い部屋の中には、大量の紙きれが散乱していた。
何を書いているのかはさっぱりわからなかったが、鉛筆で書かれた字はあの契約書と同じものだった。
しかし俺が驚いたのはそのことではなかった。
その紙に紛れて、若い男がぶっ倒れていたのだ。


「おいコラっ、起きろ!死んでんのか?あぁ?!おい…まさか本当に死んでるんじゃないだろうな…?」

仮に死んでいたとしても、死人が返事をするわけなどない。
しかも今ここに来たばかりの俺がやったわけでもない。
悪徳だ何だと言ってはいるが、実のところ俺自身一度も捕まった経験はなく、当然人を殺した経験なんかもないわけで、こうして死体を目の前にしたこともない。
俺は初めてそんな現場を目にして、相当焦ってしまっていたのだろう。


「おい…。」
「んー……。」
「なんだ、生きてるじゃねぇか…。」
「ん……あれ…?」
「てめぇ、生きてるなら生きてるで返事…。」
「あれー…?てっちゃん……?てっちゃんでしょ…?」

え───…!!
そ、その名前は…!!
遥か遠い学生時代、俺のことをそんなふざけた名前で呼んでいた奴がたった一人だけいた。
男のクセに可愛い顔をした奴で、不良だの恐いだのと言われて誰も寄り付かなかった俺に、唯一声を掛けて来た変な奴だ。
喋ってみるとやっぱり変な奴だったけれど、それ以来なぜか俺はそいつとつるんでいた。
おそるおそる顔を覗き込んで確かめると、俺の記憶の中のそいつと見事に一致してしまった。


「お、お前…お前もしかして……っ!」
「やっぱりてっちゃんだー。」

まさかこんなところでこいつに会うなんて…!
俺が一番会いたくない、二度と思い出したくないこいつと再会してしまうなんて…!


「み、道行…か……?!」
「わー久し振りー…、元気だっ…あいたっ!てっちゃんってばひどいよー。」

俺は思わず抱えていたそいつの身体を、床にぼとりと落としてしまった。
その後はそいつが話掛けてくる声なんかまったく耳に入らなくて、ただただ動揺が止まらなかった。






/next