「約束」-9
「う…んっ、ふぅ…んっ。」
蒼の言葉に対して返事をするかのように葵の唇が重なった。
強く吸い付くその唇から、葵の体温まで伝わってくるようだった。
何度も交わすうちに激しさを増すキスは、全身の力を奪ってしまう。
貪るように蒼の唇を時々甘く噛みながら、葵の理性が次第にどこかへ飛んで行く。
「ふ…ぁっ、ん…!」
舌を絡ませ、唾液を絡ませながら、唇の端々まで丁寧に舐められる。
息も出来ない程に激しくなったキスは、身体中を痺れさせた。
応え切れなくて唇から溢れた唾液が、首の辺りまで零れ落ちる。
やがて葵の唇は蒼の首筋へと落ち、耳を噛んだ後、胸元へ辿り着いた。
「あ…っ、ん…っ。」
「敏感だな、乳首すげぇ立ってんだけど。」
「やだ…っ、言わな…で…っ!」
「今更恥ずかしがってんじゃねぇよ。」
熱い舌先が、胸の突起をちろちろと這う。
時々指先で引っ掻くようにされて、その度に身体が跳ねるように動いた。
突くように刺激されてはねっとりと舐め回されて、なんだかそこは自分のものではないみたいだった。
男でもここが感じるのだと、妙なことに感心したりもした。
「こっちもすげぇ。」
「あ…っ!あ、あぁ…んっ!」
胸を弄っていた指先が今度は下半身へ下りて、その中心部を捉えた。
長いキスと少しの胸への愛撫によってもう完全に勃ち上がってしまったそこを、ぎゅっと掴むように握られる。
「んあっ!や、やだ…っ!あっ、やだ…!」
「やだ、じゃねぇ。」
自分から誘ったくせに、そんな葵の文句が聞こえてきそうだった。
ピン、と一度指で弾かれて、再び包み込むようにして握られる。
そして先端から出始めている先走り駅をその掌に絡めて、ゆっくりと擦り上げられた。
「あ…、はぁ…っ、は…ぁっ。」
何度も何度も、先端から根元へと擦られると、その先走りも量を増していった。
濡れた音を出しながら、そこへ快感が広がっていく。
「あっ、もうダメ…っ、イっ…!」
「まだイかせねぇよ。」
「や…ぁっ!あっ、あぁっ!」
「どうして欲しいんだ?言ってみろよ。」
一瞬だけ葵の口に含まれた後、すぐにそれは取り出されてしまった。
根元をぎっちりと握られて、膨れ上がったそれが今にも破裂しそうなのにその先をさせてもらえない。
射精したいのに出来ない、そんなもどかしい状況で、して欲しいことなど他に何があるのか。
「あ…、ちゃんと…、…めて……っ。」
「聞こえねぇよ。」
「ちゃんと…っ、舐めて…っ!」
「すっげぇ…、そんなこと言うのか?」
このセックス自体より、葵の突き刺さるような台詞でおかしくなってしまいそうだった。
普段も意地悪な台詞を吐くことはある。
それはからかいだとかが多かったけれど、今は違う。
何かに対して自棄になっているような、心の奥底から何かを憎いような。
口の端を僅かに上げて笑う顔が、今この時を通り越してどこか別の時を見ているみたいだった。
「あ…、い…、いい…っ。」
「何?イイって?どうイイんだ?」
「あ…ぁ、気持ちい…っ、気持ちいいよ…ぉっ、あっ、イく…っ!!」
「………っ。」
そんな葵の台詞に胸がちくちくと痛んでも、身体は正直だった。
執拗に口内を出し入れされているうちに、達したいという欲望には勝てなかった。
どくんと脈打つように、蒼の先端から葵の口内目掛けて精液が放たれた。
「ご…、ごめ…、僕…っ、ちょっと何…っ?!」
涙目になって葵に謝ると、何事もなかったかのような表情をしている。
それどころか、放たれたそれが、喉元を通り過ぎて行った。
「ちゃっとやだ…っ、吐いて!出してっ!気持ち悪いよそんなの!」
迷うことなくそれを飲み干してしまった葵の肩を揺さ振る。
普通に考えてそれは飲むようなものではないことは蒼にだってわかる。
自分の体内から出されたものを、まさか他人が体内に取り込むなんて…。
蒼にとっては信じられないことが起きているのに、葵は顔色一つ変えない。
「いや?こういう味だろ、普通。」
「な…に言って…。」
受け止め切れなくて口元から溢れたそれを、手で拭う。
ぺろりと舌を出して丁寧に舐める仕草が、慣れている感じがした。
普通、と言った葵は、今までもそういうことをたくさんして来たのだろう。
自分以外の人間のものを味わって、自分以外の人間と繋がって。
「やめる…、やだもうやめる!」
それは明らかに嫉妬だった。
吐き出したものを飲まれたことに対して怒る振りをして、葵が過去にセックスをした相手への嫉妬だ。
どんな人としたのか、それは男だったのか、様々な憶測ばかりが浮かんでしまう。
当の葵は蒼の本心に気付いていないのか、動けないように再び上から覆い被さって来た。
「やめねぇよ。してやる、めちゃくちゃにしてやるよ…。」
そうだった。
セックスして欲しいと言ったのも、裸で布団へ潜り込んで誘ったのも、めちゃくちゃにして欲しいと言ったのも、全部自分だ。
今更引き返そうとしても、もう無理なところまで来ていた。
向けられた葵の強い視線に、降伏するかのように蒼は深呼吸をした。
「や…っ!そんなとこ…っ!嘘…っ!」
「嘘じゃねぇ、もっと太いもんが入るんだからな?」
脚を開かされて、ゆっくりと葵の手がシーツのギリギリまで下りる。
他人はおろか、自分でも触れたことなどない場所。
そして普段は何かを入れることなどない場所。
「……あっ!うあ…っ!!あ!」
自分の放ったもので濡れた指が、その入り口から侵入して来る。
そろりと体内を撫でるようで、優しくされているみたいな錯覚に陥る。
葵が優しいなんて、信じ難いことだったけれど。
「ん…っ!!んんっ、あっ、あ…ぁ!」
どれぐらいの深さまでなのかはわからない。
その指が次第に奥に進むに連れて、指先が微かに動き始めていた。
そして指先だけだったのも始めだけで、時間が経つうちにその動きも激しいものへと変わるのだ。
「あ…ぁん、う…ぅんっ。」
「チッ…、足りねぇ…。」
「ひぁっ!!や、やだっ、あぁ…っ!」
「仕方ねぇだろ。解さなねぇとお前が大変なことになるからな。」
放たれたものだけでは滑らかさが足りなかった。
常識的に考えてもそんなところに男性器が入るとは思えない。
指でさえこんなに異物感がするのに…。
なかなか快感が訪れないのを察したのか、葵はその部分に顔を埋めた。
羞恥心は残っているけれど、蒼はどうでもよくなって来ていた。
「ふ…っく…っ、あ…ん…。」
先程キスした熱い舌先が、今は自分の後孔に入っている。
想像もしなかった男同士のセックスの実態に、驚いている暇もない。
徐々に大きくなる音に、耳まで犯されてしまいそうだ。
「すげぇ…、聞こえるか…?」
「あっ、あ…っ、や…、ああぁっ!!」
舌と共に挿入されていた指のうちの一本が、がくりと急激に角度を変えた。
身体がビクンと大きく跳ねて、同じようにベッドが大きく跳ねた。
「どうした?」
「あ…、あ…、もう…っ、もう…っ!」
「何?」
「もう…っ、…れてっ、も…、入れて…ぇっ!」
羞恥心どころか、理性も自分自身までもがどこかへ行ってしまったのかもしれない。
口を開けて涎を垂らしながら、葵のそれを求める。
初めて出会った時からは想像も出来なかったことだ。
こんなにだらしがなくて厭らしい姿を見せて、この胸の奥底に眠っていた淫らな欲望を叶えようとしている。
「じゃあ、入れるぜ…?」
耳元で妖しく囁かれて、脚をより高く持ち上げられた。
滲み始めた視界に、今からこの体内に入ろうとするものが写る。
熱を帯びて膨張した葵自身の質量に、少しだけ怯みそうになった。
恐くて、その瞬間が想像出来なくて、どうなってしまうのかわからない。
ぴたりと触れた葵自身が、いよいよ自分の中へ進んで来る。
「────う…ああぁ……っ!!」
想像が出来ないというレベルではなかった。
それは想像を絶する圧迫感と痛みと異物感で、もうどう表現していいのかもわからない。
こんな感覚は今まで経験したことがない。
何も考えることは出来なくて、ただ自分の中に葵が入って来たということだけがわかる。
「あぁ…っ!!はぁ…っ、あ…ぅっ!」
悲鳴に近い声を何度か上げて、やっとのことで息をすることが出来た。
目を開けることが出来たのも、随分と時間が経ってからだ。
とにかく一番辛い、痛みという感覚に堪えるのが精一杯だ。
「ちゃんと見せろ…っ、感じてる顔見せろ…っ。」
「あ…っ、あ、あ…っ!」
横を向いてそれに耐えていると、葵に顎を掴まれた。
もう涙はとめどなく流れて、ほとんどその表情は見えていない。
時々荒い息遣いと一緒に吐き出される台詞に、葵の感情を読み取るしかなかった。
「あ…ぁん!んんっ、ん…っ!」
膝に葵の爪が食い込むほど、強く掴まれたまま全身を揺さ振られる。
揺れる二つの身体と、同時に軋むベッドの音が、何か淫蕩な音楽でも演奏しているかのようだ。
苦くて甘い、だけど幸せな、矛盾したこの身体の感覚とよく合う。
それをリピートしているうちに、心地がよくなってしまったのかもしれない。
痛みだけだったその箇所に、別の感覚が芽生え始めていた。
「う…ぅんっ、あ…ぁっ!…いいっ、い…っ。」
「………っく…。」
気持ちいい…。
それは痛みの中に見つけた、初めての快感というものだ。
信じられなくても、想像もできなくても、今自ら慣れない腰つきで揺れているのは現実だ。
先程から荒い息遣いと共に漏れてくる葵の喘ぎ声がもっと聞きたい。
もっとこの身体を感じて欲しくて、もっと気持ちよくなって欲しくて。
「あお…ちゃ…っ、ん…っ!」
目を大きく開いて、葵と見つめ合う。
どちらともなくしたキスは、深くて激しいものだ。
首元にしっかりとしがみついて、いよいよ最後の瞬間に向かっている。
「も…、イきそうっ、イくっ、イっちゃう…っ!」
「…っ、俺も…っ。」
「おねが…っ、お願い一緒に…ああぁっ!」
「わかってるよ…っ。」
ぼやけているけれど、葵の顔が紅潮しているのは見える。
雫になって落ちてくる汗には、あのシャンプーの匂いが混じっている。
一層激しく揺さ振られながら、思いを声に出してありったけの力で喘ぐ。
「…きっ、好き…っ、好き…ぃっ、あぁんっ!ん、んん────っ!!」
もう…何も考えられない…。
バカみたいに大きな声で思いを口にしながら、葵と共に絶頂を迎えた。
白濁したそれは二人の熱のすべてを含んでいて、股の辺りからとろりと流れ落ちている。
この熱をお互い感じ合って確かめ合ったことに安堵の溜め息を洩らしながら、蒼の意識はぱったりと途絶えた。
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