「約束」-2
二人きりの部屋に沈黙が流れる。
時々葵が煙を吐く音と、匂いだけがする。
──この人、無口なのかな…。
さっき一言ぐらいしか喋ってくれなかった。
今も一言も発してないし。
でも本城さんに向かってタメ語だったな…。
髪は金髪だし、あ…タバコ…。
ふ、不良ってやつなのかなぁ…。
なるほどそれで”問題児”なのか、と、なんとなくで勝手に決めていた。
しかし同室で、クラスも一緒で、これから仲良くしなければならない。
「あっ、あのー、僕わかんないことばっかりだから色々教えてくれる?友達もまだいないし。な、仲良くしようねっ。」
誰もここには自分を知っている人はいない。
そしてやり直すつもりでここに来たのだから。
とりあえず身近な人から仲良くなって、友達も作らなければならない。
意を決して、話し掛けることから始めようと思った。
そうでもしないとずっとこんな状態かもしれなかったから。
「あのさぁ、お前なんでこんなとこに来たわけ?」
器用にタバコの火を揉み消しながら葵が口を開いた。
冷たい視線が向けられた。
突き刺さるように痛くて、思わず目を逸らしそうになる。
その口調も冷たいというか、悪い言い方をするとバカにしたような。
「う、うちの事情だよ。親が転勤決まって、僕、物凄い遠くに行きたくなかったから…。」
「ふーん、あっそ。あのさぁ…。」
これは苦しいだろうか。
遠くへ行ってもここに来ても知り合いはいないんだ、
傍から見れば同じようなものなのに。
しかし葵はそれ以上訊こうとはしなかった。
多分、他人に興味がないんだろう。
そう言いながら葵は蒼のすぐ近くまで来ていて、
その瞳に見つめられて、身動きが取れなくなっていた。
強い肉食動物に狙われた獲物みたいに…。
いつの間にか蒼の顎が葵の指先で上を向かされていた。
何か機嫌を損なうことを言ってしまったのか、
冷や汗が滲んできそうなぐらいに焦っている。
殴られる…?もう逃げれない…。
「え?あの……、んん…っ??」
何か失礼なこと言った?
そう聞こうとして開いた唇が、自分のものではない皮膚によって塞がれた。
熱くて、痺れて、そこから毒がまわってしまうみたいだ。
「ん…っ、や、んぅ…っ!」
なんとか抵抗を試みるが、手首を掴まれていて、動けない。
葵は見る限りでは痩せ型のほうだと思うが、
背が蒼よりも10センチ以上は高く、掴んでいる力もかなり強い。
「ふ…、あ…っ。」
息を吐く間もなく、その冷たい瞳と反した熱い舌が口内に滑り込む。
唇を舐められ、舌を絡められて、応え切れなくて、
だらしなく開いた口の端から唾液が零れ落ちる。
キスという初めての行為で、ガクガクと全身が震えた。
何かで支えていないと立っているのもままならない。
口内にあった葵の舌が触れて、耳朶を噛んで、そのまま首筋を伝う。
跡が付くほど強く皮膚を吸われて、その痛みにハッと我に返った。
「な、なんでこんなこと…!」
「なんでって、お前が言ったんじゃん、仲良くしようって。」
ようやく開放されて、息を激しく乱しながらその真意を問う。
一瞬だけそのキスにうっとりして溺れそうになったのを後悔した。
なんか性格悪い…?この人。
「言ったけど、そういうんじゃなくって…、その前に僕男だよっ?」
「わかってるよ、そんなこと。」
何を考えているんだろう。
さっきは絶対に笑うことなんてなかったのに。
意地悪そうに微かに笑った葵の手が蒼のシャツを撒くし上げていた。
既に指先はその胸の突起に触れている。
「あ…、あ…っ、あ…んっ。」
同じ男に、しかも今さっき会ったばかりの人間に、どうしてこんなことをされているのか。
それだけじゃない、どうして、
未だ感じたことのない快感に酔ってしまっているのか。
こんな、自分でも信じられないような甘い声を上げて。
クラクラする…、眩暈のようによろめいてしまう。
さっきまでこの唇を貪っていた葵の唇に、
弄られていた胸の突起を淫猥な音をたてて嬲られる。
「あ…、な…に…するの……っ?」
熱に浮かされながら、うわ言のように口を開く。
真っ白な頭の中の僅かな理性を振り絞って葵の肩を掴んだ。
「何って、セックス。」
「え…っ、やっ、あの…っ、あっ、あぁ…っ。」
肩を掴んだ抵抗も空しく、葵の手は下半身の中心部へと伸びる。
誰も触れたことのないそこが、熱くなっているのは、
朦朧とした中でもわかった。
嫌がっても、逃れられない。
「あっ、や…、やぁ…っ!」
「嫌じゃねぇだろ、いい子ぶってんなよ、こんななってるクセに。」
嫌なのに、逃れられない。
葵の言う通り、嫌ではないのだろうか。
いや、そんなハズはない…。
真っ直ぐに見つめらて、その瞳に囚われて、自分自身がわからなくなる。
一層激しく扱かれるその先端からは先走りがとめどなく溢れていて、本当にこれでは言い訳ができない。
視界が曇ってよく見えないぐらいに涙が滲んでいるのがわかった。
「あ…っ、も、もう…ダメ…っ!」
「出せば?」
ぺロリと厭らしく目尻を舐められて、下半身のそれの先端を捏ねるように弄られて、
全身の血が逆流したかのような快感が押し寄せた。
触れる手が、舌が、すべてが熱い───。
「んっ、あっ、あ────…っ!」
葵の掌には白濁したものが吐き出され、
それをまともに見てしまって一瞬にして現実の世界に引き戻された。
あとはもうパニック状態もいいところだ。
「あ、あの…、僕っ、ごめんなさ…っ、あの…っ。」
恥ずかしさと、我を忘れるぐらい玩ばれた悔しさで、
真っ赤になりながら、瞳にはまた涙が滲んだ。
「おい、本番はこれからだぜ?」
本番…??
本番ってもしかして…!
それは嫌だ、絶対嫌だ…!
それでも蒼は動くことができずに、葵の手が後ろに移動しようとした。
「殿村くーん、ちょっといいかな?」
その時、この場に似合わない明るい声がドアの向こうから聞こえた。
乱れた服を急いで整えて、ドアに手を掛ける。
動揺をなんとか隠しながら開けると、
そこにはさっき別れた本城が立っていた。
「これ、書類忘れてて、ごめんね。」
「いえ、わざわざありがとうございました…助かりました…。」
「何が助かったの?」
「あ、なんでもないですっ、今のはなんでも…。」
まさか同室の人にあんなことされてました、
だから来てくれてありがとうございます、なんて言えるわけがない。
もうすぐ本当にされるところだった…。
「そう?じゃあ失礼したね。」
バタン、とドアが閉められ、緊張やら何やらの糸が切れて、その場にズルズルとへたり込んだ。
「あの、僕は男なんだけど!」
「だからわかってるって。あぁ、セックスもしたことないのか。」
「────…!!も、もう寝る!」
自分の布団に勢いよく潜り込んだ。
まだ春で、夜の風は冷たいのに、身体が灼けるほど熱い。
触れられた箇所から時間が経つと余計に熱が上がっていくようだ。
「ふぅーん…。」
葵がクスリと笑ったにがわかった。
タバコに火を点けて、またあの煙の匂いと吐く息が聞こえる。
寝ると宣言したものの、その火照りは治まらなくて、蒼は遅くまで眠ることはできなかった。
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