「トラワレ」-3:「放」





「ひぁ…‥っ、あっ、いた…っ、も、やめ…っ。」
「どうして痛いことされてるか、わかるよね?」

背中を、ラバー状の鞭が、何度も何度も叩きつける。


「ごめ…なさ…‥っ、っく…っ。」

頬を幾筋もの涙が伝い、口からは唾液がダラダラと溢れ落ちる。
謝罪することで、玲の怒りが治まるなら。
セックスすることで、玲が満足するのなら。


「どうして欲しい?やめて欲しい?」
「やめな…で、挿れ…、は…やく…‥っ。」

痛みと屈辱と共に、それ以上に訪れる快感が、この身体を支配する。

「可愛い。義兄さん、凄く可愛いよ…。」

逃れられない。
離れられない。
この人間に、囚われた、身体と自由。










「駄目だ、それは駄目だな、知紀。」
「え…。ど、どうしてだよ、父さん!」

秋になった。
大学進学を機に、家を出ようと密かに計画していた。
そう、義弟の玲から、逃げるために。
安易な考えかもしれない。
それでも、家を出れば、少しは自由になれる気がした。
両親と同じ屋根の下であんな行為をすることも、執拗に迫られることもなくなる。
そう思っていたのに、父に猛反対されてしまった。


「せっかく母さんと玲と4人で家族になれたんだ、今お前だけいなくなるなんて、寂しいじゃないか。」
「それは…そうだけど…‥。」

その、父と義母が再婚して、「家族」になったから。
そのせいで自分は玲にあんな風に扱われて。


「お前の志望している大学は通えない距離じゃないだろう。それに生活費だってどうする気だ?」
「それは…、バイトもするし…。」
「母さんも玲も、同じ意見だと思うぞ。」
「……‥‥。」

父の言っていることは一般的には正しいかもしれない。
通えない距離でもない大学に、わざわざ金をかけて一人暮らしをする必要なんかない。
しかもその金も自分ではまかない切れないのに。
でも父さん、父さんは何もわかってない。
俺が二階の部屋で、どんな目に遭ってるかなんて。


「お、玲、お前も知紀が出て行ったら寂しいだろ?」
「義兄さん、出て行くの…?」

ダイニングで父と話している所に、いつの間にか玲の姿があった。
寂しそうに、子供みたいに玲は小さく呟く。


「ほら見ろ、やっぱり玲だって嫌だろう?」

騙されている。
自分の友人だけでなく、父まで。
この分だと、義母も騙される。
自分の味方は、いない。
多分、この世に、ひとりもいない。


「いや…、無理だと思ってたんだ、忘れていいよ…。」

諦めるのか。
諦めるしか、ないのか。
一人暮らしを?玲から逃げることを?


「よかった…。義兄さん、ずっとここにいるんだね。」

『ずっと』
玲は胸を撫で下ろしていた。
優しく笑って。
その優しい笑みは、自分以外の人間がいる時だけ。
自分と二人きりの時は、恐くて、残酷だ。
ずっと、玩具にされるのか。
この先、ずっと。
ずっとずっと、俺は玲の玩具なのか…。


「義兄さん、今日も勉強教えてもらっていい?課題がいっぱい出ちゃったんだ。」

勉強教えて、は、セックスをする合図だ。
愛の欠片もない、セックスの強要。
玲の遊び相手をさせられるだけ。


「わかった…。」

わかってる。
これから何をされるかなんて、わかってる。
お前から逃げられないことなんか、わかってる。
投げ遣りに、返事をする。


「じゃあ、上に行こうか。」

その時既に、玲の微笑みは残虐者のものに変わっていた。
自分以外にはわからない、微妙なぐらいで。
玲に、聞かれてしまった。
家を出ようと考えていたことを。
二階に上がる階段の途中、この世のものとは思えないぐらいの寒気に襲われた。


「な…に…‥?」

自室に入って、すぐに服を脱がされた。
全裸になった自分を、玲は壁に追い詰めた。


「義兄さんは、悪いことをしたらお仕置きされるって習わなかったの?」

恐怖のあまり、床へとへたり込む。
腰が抜けたみたいに、それ以上動けなくなる。


「そこに、四つん這いになって。さぁ早く。」
「う…っく…。」

悔しくて、涙が溢れる。
命じられるまま、その体勢になる。


「相変わらずいい子だね。でもお仕置きはするよ?」
「───ああっ!!ひぃ…っ!」

次の瞬間、玲の手に持っていた鞭が背中目がけて振り下ろされた。
空気を裂くような乾いた音と、自分の発する叫び声が部屋中に響く。


「あ───っ!あっ、あ、あ…っ!」
「義兄さん、そんなに大きい声出したら、義父さんと母さんに気付かれちゃうよ?」

玲がからかうように笑う声が聞こえる。
いっそ見つかって、玲が責められればいい。
そしてこの家から出て行けば…。
自分が出て行けないなら、玲がいなくなればいいんだ。


「‥…っぐ!」

自分で自分の口を押さえた。
痛い。
背中が、支配されている自分の存在が。


「ん…っ、ん。」
「あれ?義兄さん、ぶたれて気持ちよくなっちゃったの?」
「ち…が…‥。」
「素直じゃない子は嫌いだな。」

玲がしゃがんで、変化し始めた下半身を凝視する。
勃起したペニスを強く握られた後、手を離すと、再び玲は立ち上がる。


「ひぁ…‥っ、あっ、いた…っ、も、やめ…っ。」
「どうして痛いことされてるか、わかるよね?」
「ごめ…なさ…‥っ、っく…っ。」

頬を幾筋もの涙が伝い、口からは唾液がダラダラと溢れ落ちる。
謝罪することで、玲の怒りが治まるなら。
セックスすることで、玲が満足するのなら。


「どうして欲しい?やめて欲しい?」
「やめな…で、挿れ…、は…やく…‥っ。」

痛みと屈辱と共に、それ以上に訪れる快感が、身体を支配する。


「可愛い。義兄さん…、凄く可愛いよ。」

玲は床に座って、覆いかぶさるように後孔に触れた。
そこは、玲の指先に食いつくように飲み込んだ。

「あ…‥んっ。」

ビクン、と身体が跳ねる。
窄まりに、玲の生温かい舌が侵入してくる。


「こんなに反応して、僕なしで生活なんて出来ないのに。駄目だよ、そんなこと言ったら。」
「あぁ…んっ、あっ。」
「離れようなんて、出来ないクセに。バカだよ、義兄さんは。」
「イ‥…っ!あ…!」

後孔が痙攣したようにひくついている。
続けて容赦なく挿れられた数本の指と舌が、体内で蠢く。
既に先走りで濡れたペニスを激しく擦られた。


「ダメっ、イ…くっ、イっちゃ…う、ぅんっ!」

鋭く角度を変えた指が、自分の一番弱い箇所を突いた。

「あ──っ、あ!!」

すぐに勢いよく精液が放たれる。
白濁した液体が、どろりと床に飛び散っていた。


「義兄さんやっぱり可愛いね。お尻の中弄られて射精しちゃうなんてさ。でもね義兄さん…。」

汗と涙と涎と精液でぐちゃぐちゃに濡れた身体を、玲に起こされる。
この先、今日は何をされるのか。


「自分ばっかりいい思いはよくないよ。」
「……っぐ…っ。」
「フェラぐらい出来るよね。たまにはこっちの口で僕をイかせてよ。」
「……んぅっ、んんん…っ。」

玲はズボンを下ろして、勃起したペニスを出して口に捻じ込んできた。
猛ったペニスは喉の方まで押し寄せて、苦しくてむせる。


「うわぁ…、すっごいイヤらしい顔…。そんなに僕のおちんちん好きなんだ?」

ピチャピチャと音を鳴らして貪るようにペニスを舐めて愛撫を続ける。
俺はこの行為が、好きなのかもしれない。
玲の性器が好きなのかもしれない。
玲が好きなのかもしれない。
玲の言葉が何かの呪文みたいになって、そんな錯覚が脳内を支配し始める。


「こんなことしてるところ見られたらどうするの?」

見られたら。
人生何もかも終わったも同然だ。
さっきは見られればいいと思った。
でも今のこの行為を見られたら、自分が同意をしているのを認めたようなものだ。
自分が好きでやっていると誤解されても文句は言えない。
もしかしたら、俺が無理矢理していると思われるかもしれない。
早く済ませればいい話だ。
達すれば玲は満足する。
夢中になって口淫を施し続ける。
夢中になっていて、気付く暇もなかった。
階段を、誰かが昇って来る足音なんて。


「な、な、何をやってるんだ…お前達!!」

う そ だ ろ

一番起こって欲しくなかったことが起きてしまった。
父と義母が、顔面蒼白で立っている。


「知紀、お前弟に何をしているんだ…!」

ち が う

心臓が、止まりそうだ。
つい先程考えていたことが現実になってしまった。
声が、出ない。
違うのに、何か言わなければいけないのに。


「…知紀…、出て行け…。」
「違うんだ、義父さん!」

───え…‥。

「僕が…僕が…‥!」

玲が…、俺を…庇った?
玲が…‥泣いてる?

「義兄さんと離れ離れになるぐらいなら…‥。」
「やめろ、玲っ!」

な  に  ?

しゃがんだままの俺の頬に、鮮血が飛び散った。
濃厚で、綺麗な綺麗な紅い色。
まるで玲の執拗な情熱を表したみたいな灼けるような色。
その鮮血と一緒に、カラリと音を立てて、刃物が落ちる。
鋭いその刃先を玲の血が染めている。
何?
今、目の前で何が起こったんだ…?
玲が…、いなくなる?


「は…はは…‥‥っ。玲…っ?はは……っ。」

よかったじゃないか、これでもう玲から逃れられる。
解放された?
違う。
これは、罠だ。
玲がいなくなるはずなんかない。
絶対にいなくなるはずなんかないんだ。
鳴り響くサイレンの中で、意識のないはずの玲が笑ったように見えたから。
聞こえるはずなんかないのに、玲の声が聞こえた気がしたから。

『これで義兄さんは一生僕のものだね。』

そう、聞こえた気がしたから。

『愛してるよ、知紀。』

そう、聞こえた気がしたから。








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