「トラワレ」-1:「囚」
「‥…あっ…っ、やめっ…、もうやめ…っ。」
「どうして?ココは嬉しそうに感じてるのに?」
瞳の端から、ぼろぼろと涙が流れる。
濡れた長細い指が、後孔に容赦なく侵入してくる。
「あっ!…‥ひっ…っ!」
「凄いね。こんなに飲み込んでるよ、僕の指。」
「んん…っ、あっ、あぁ…っ。」
「ほら、こういう時はなんて言うの?」
自分の体内で、生温かい指が数本、蠢いて身体を震わせる。
犯されるのは、何度目だろうか。
数えるのも、もう疲れてしまった。
「早く…っ、俺の中にっ、挿れて…っ、玲のおちんちん挿れて…っください…っ、お願いします…。」
涙ながらに訴える。
屈辱的だ。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
「いい子だね、義兄さん。」
半年前、父が再婚して、俺には一つ下の義理の弟が出来た。
父から聞いた話通り、おとなしくて賢そうな玲は、俺にも父にもすぐに慣れ、普通の幸せな家族になった。
そう、あの時までは。
夏も終わりかけたある日、夜中に喉か渇いて目が覚めてしまった。
水を飲んで、廊下を歩いていた時、父と義母の情事を目撃してしまった。
暫らくそちらがご無沙汰だっただけに、下半身は過剰に反応してしまい、自室で自慰行為をしているところを、その義理の弟、玲に見られた。
「義兄さん、何してるの?」
「玲!…な、なんでもないよ。」
咄嗟に剥き出しの下半身を毛布で隠した。
こんな夜中で、きちんとドアも閉めていたから、まさか誰かが見ているなんて考えもしなかった。
もしかしたら、油断してしまっていたのかもしれない。
「ふふ…、隠さなくてもいいよ。オナニーしてたんでしょ?義兄さん、いやらしいね。」
「違…‥っ!」
隠していた毛布は容易く捲られ、完勃ちになったペニスが露になる。
どうしようもなくて、仕方なく手で覆ったけれど、それも剥がされた。
「嘘ばっかり。義兄さんの凄く大きくなってるのに?ほら、凄い。」
露になったペニスを玲の手が強く握る。
ひんやりとして、自分とは随分違う、長細い指。
血が繋がっていないのだから、身体の色んな部分が似ていないのも当然だ。
「ねぇ、僕に舐めさせてよ。気持ちよくしてあげるから。」
「い…やだ…‥っ!」
股間に埋まる玲の黒髪を鷲掴みにした。
それも叶わなくて、あっという間にそこを口に含まれてしまった。
「んあ…‥っ、あん。」
更に膨張したペニスは玲の口淫によって先走りを垂らし、脈打つように熱くなる。
薄い皮膚を丁寧に舐められて、先端を指先で捏ねられた。
「あぁっ!や…、あっ、あぁ───っ!」
ひときわ高い声を上げて、どくん、と勢いよく、玲の口内で達してしまった。
「も、もう…いいだろ…行けよ…。」
息を乱して、怒りと羞恥心に震えながら、玲に命じる。
その玲の喉元を、吐き出された己の精液が通る。
飲み込み切れなかったのか、玲の口元からどろりとしたそれが零れ落ちた。
「ふふ、美味しいね。」
「わかったから、もう行ってくれよ!」
「嫌だなぁ、何言ってるの?義兄さん…。ちゃんと僕のことも気持ちよくしてよ。」
「な…に…‥?」
居たたまれなくなって、再び毛布を被ったけれど、気付いた時には、玲は上に乗っていた。
自分よりも大きな身体と強い力には抵抗も虚しく、手首を脱いだままのパジャマのズボンで縛られ、身体の自由を奪われる。
恐い。
玲が、恐かった。
その夜、初めて犯された。
一度で終わると思っていた。
あの時は玲も親たちのセックスを見てしまって、おかしくなっていたんだと。
終わらなかった。
終われなかった。
自慰行為も、玲との本番行為も、ことのすべてを仕掛けられたカメラで撮影されていた。
自分の部屋にそんなものを設置されていたことにさえ気付かなかった。
最初から、玲は狙っていたのだ。
自分がそういう行為に及ぶのを。
今か今かと、チャンスを覗っていたに違いないと思った。
罠にはまった。
囚われてしまった。
それからは何度も何度も犯された。
「凄いね、家の中でみんなセックスしてるなんてさ。」
耳許で妖しく囁かれながら、声を殺して俺は脚を開く。
決して心は開かず、身体だけが慣らされていく。
もう、いやだ…‥。
もうやめてくれ…。
自宅に帰るのが嫌だった。
家に帰れば、玲がいて、玲に犯される。
ある日の学校の帰り、友人宅に行こうとした。
正確には、玲から逃げようとした。
なのに、行こうとしたまさにその時、探しに来た玲に見つかってしまった。
「義兄が心配だったんです。」
友人は玲の表情と言葉に騙された。
セックスの時には決して見せない、穏やかな笑顔だった。
「ダメだよ、義兄さん、逃げようなんて。」
学校を出て、数分歩いたところで、玲が囁く。
路地裏に連れ込まれ、妙な匂いの布を口にあてられると、意識を失った。
手錠。
鉄柵。
コンクリートで出来た冷たい灰色の部屋に、全裸でいた。
ここがどこなのかも、わからない。
天井に程近い小さな小さな窓から、僅かに深い緑の葉が見えた。
どこかの、森…‥?
「義兄さん、ごめんね、こんなことして。」
「は…なし…て…。」
「でも義兄さんが悪いんだよ。僕から逃げようなんて考えるから。」
「はなし…て……。」
もう離してくれ。
もう俺を、お前から解放してくれ。
「謝るなら…っ、こんなこと…するなよ…っ。」
仕込まれた薬が脳内を巡り、眩暈がする。
強気な発言をしても、視界がぐらついて、睨むことも出来ない。
身体中の筋肉が痺れて、言葉がうまく出て来ない。
「でも、僕から逃げようとしたお仕置きはしなきゃいけないんだ。」
「いやだ…っ!」
狂ってる。
玲は、狂っている。
お前、狂ってるよ、玲…。
玲が合図のように言うと、数人の若い男たちが玲が鍵を開けると入って来た。
これから何をされるのか、朦朧としながらも一瞬で把握出来た。
「罰だよ、義兄さん。」
「いやだ…っ!やめ…っ、やめてくれ…っ!」
ファインダーから薄っすらと覗く、玲の瞳に脅えた。
暗い、冷たい瞳。
穏やかな笑顔の欠片もない表情。
カメラを回す玲の前で、次々に犯された。
「義兄さん…可哀想。輪姦されちゃって。」
恐い。
本当に、恐い。
血の繋がりはないとはいえ、弟だったのに。
恐怖と共に生まれた、激しい憎悪が、自分を支配し始めていた。
「今綺麗に洗ってあげるからね。」
幾人もの精液が入り混じった後孔を玲の指が掻き出した。
麻痺したようなそこを強引に弄られ、全身が震える。
「やめてくれ…っ!‥…ん、うあっ、あ、ああっ、ああぁ────っ!!」
「無理だよ。叫んでも誰も来ない。」
「いや…だっ!いたっ、痛い!痛…っ!」
「ここは…、死んだ僕の父さんが僕だけに遺した、別荘なんだ。無理だよ、義兄さん…。」
玲の大きなペニスが体内を突き上げる。
擦られ過ぎたそこから、血が滴る。
それでも揺さ振られ、数えきれない程射精をして、意識も精液の色も薄くなっていく。
「可哀想なのは…、お前だよ…‥。」
遠のく意識の中、消え入るような声で呟いた。
滲む視界の中で、玲が微笑ったように見えた。
「知紀…!気が付いたか?よかったよ、無事で。」
失神して目が覚めると、病院のベッドにいた。
父が青ざめた顔で、傍らにいた。
「玲が見つけてくれたんだ。お前が変な奴らに連れて行かれるところを見たらしくてな。命だけは助かったからよかったものの…。」
────…な…に…‥‥?
「母さんがショックで倒れたんだ。」
今、父さん、何て言った…?
玲が見つけてくれた?
変な奴らに俺が連れて行かれるところ?
玲、どうしてそんな嘘を吐くんだ…?
「悪いけどついていてやりたいから、玲を置いて行くからな。」
いやだ……‥‥!!
いやだ、玲の顔なんか見たくない…!
助けてくれ、父さん、玲の言っていることなんか信じないでくれ…!
叫びたいのに、声も出ない。
「義父さん、あとは僕がついてるから。」
「うん、頼んだぞ、玲。」
父が、行ってしまった。
あの部屋じゃなくても、届かなかった。
どこにいても、誰にも届かなかったんだ。
「義兄さん、本当にごめんね、こんな風にして。」
来るな。
触るな。
あんなことをしておいて、顔を見せるな。
そう思って、拒否しようとしたのに…。
手を握ってきた玲の瞳から、涙が零れている。
「でも、義兄さんが好きで好きで仕方なかったんだ。」
玲の涙は、寝たままの俺の頬にまで零れ落ちた。
冷たい手とは比べものにならないぐらい熱い。
多分この涙は、本物だ。
「‥れ…‥‥い…‥‥。」
僅かな声で、名前を呼んだ。
どうしてそこで名前を呼んでしまったのかわからない。
ただ玲の顔が、あまりにも悲しかったから。
「もうあんなこと、しないから…。愛してるよ、義兄さん。」
額にキスをすると、玲はゆっくり立ち上がる。
何かの覚悟を決めたかのような玲の態度に、不安と怒りを覚えた。
行くなよ…。
俺をこんなに囚えておいて勝手なことするなよ。
行かないでくれよ…。
声に出来ずに、玲の服を掴んだ。
「いて…いいの?」
もう声にならなくて、黙って静かに頷いた。
「よかった…。」
玲がまた、微笑っていた。
薄れる意識の中で見た幻と同じの、玲の笑顔だった。
それを現実に目にして安心すると、自分も微笑った。
「…義兄さん、またしていい…?」
玲がベッドに近付く。
なんだか照れているようなその顔が、可愛くなってしまって、また頷いた。
頷いて、しまった。
なんて馬鹿なことをしたのだと、この時は気付くはずなんてなかった。
きっと毒が回っていたんだ。
解かれることのない、執拗な玲の毒。
「今度は義兄さんからも強請ってね…。」
優しい言葉を含んだ唇が重なる。
その夜もまた、セックスに溺れた。
深く深く溺れて、底のないところまで墜ちてゆく。
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可愛い、義兄さん。
馬鹿な、義兄さん。
一生僕に、囚われるといい。
だって、最初に囚われたのは、僕の方なんだから。
責任、とりなよ。
一生、僕の傍でね。
初めて義兄さんと会った時のことを、僕は今でも鮮明に思い出すよ。
『初めまして、玲くん、仲良くしような。』
そう、言ったよね?
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