「そらいろ-2nd period」-7
それから数時間後。
俺はぐったりとした身体を横たわらせていた。
気を失ってしまった空の身体は綺麗にしてやって、今は寝息をたててすやすやと眠っている。
目的を果たして、疲れ果てているはずなのに俺は眠ることが出来なかった。
空の無邪気な寝顔をずっと見ていたい気分だったから。
瞳を閉じても空のことを思うと寝顔を見たくなって、なんだか勿体無くて眠れなかったのだ。
こんな幸せな時間がずっと続けばいいのに…。
「…あきちゃん……?」
「空…?起きたのか?」
真夜中になっても眠ることが出来なかった俺の隣で、突然空が目を覚ます。
いつもはこんな時間に目を覚ますことなんてないのに。
もぞもぞと動く度に肌が擦れ合って、さっきの行為を思い出させるようで少し恥ずかしかった。
「あきちゃん…、あのね…。」
「空…、ごめん…。」
暗闇の中でじっと俺を見つめる空の視線が痛かった。
暗くてもわかるぐらい、瞼が腫れて、まだ潤んでいる気さえする。
真っ直ぐなその視線が俺のしたことを責めているみたいで。
だから俺の口からは、自然に謝罪の言葉が零れてしまった。
「どうして謝るの?」
「それは…。」
「あきちゃんは悪いことしてないもん。さっき空に言ってくれたでしょ?」
「うん…、言ったな…。そうだったな…。」
「あきちゃんー…。」
「空…?」
空は強く俺に言い聞かせるように言って、ぎゅうっとしがみ付いて来た。
自分で言ったことを忘れていたわけじゃない。
だけどやっぱり心のどこかにある迷いや罪悪感が消えたわけでもなかった。
それはきっと空を好きでいる限り続くものなのだと思う。
でも今みたいに空が言ってくれたら。
そしたら俺は迷うことなんかなく空を好きでいられると思う。
「あのね、あきちゃんとこうするでしょ?」
「うん?」
「そうすると空の心臓すっごくドキドキいうようになったの。」
「空…。」
「お風呂の時とかちゅーする時とか。あきちゃんのこと考えるだけでドキドキいうようになったの。」
「空、それは…。」
もちろん俺も同じだった。
空のことを考えるだけでドキドキしておかしくなってしまいそうで。
「こういうの恋って言うんでしょ?」
「うん、そうだよ…。」
「あのね、空はあきちゃんと恋がしたいって思ってたの。」
「そっか…、ありがとう…空…。」
空はちゃんと理解していた。
いつからなのかははっきりしていないけれど、俺のことを叔父というだけでない気持ちで見ていてくれた。
俺も気付かない間に、ちゃんと恋を知っていたのだ。
「ううん、ありがとうは空のほうだよ。」
「え…?」
「だってあきちゃんが教えてくれたんだもん。空にそういう気持ちを教えてくれたんだもんね。」
「空…。」
ありがとう、と空は笑顔で小さく呟いて、俺の頬にキスをした。
思っていたよりも随分大人になっていた空に、俺は戸惑いを隠せなかった。
だけどそれ以上の喜びを味わうことが出来た。
本当はこれからもそういう喜びを共有して行きたかったけれど…。
「あきちゃん、空のことホントにずっとすき?」
「うん、好きだよ。」
「空がまた帰って来るまで待っててくれる?もうちょっとおっきくなったら絶対帰って来るから。」
「うん、待ってるよ。」
空はこの恋が一般的には許されないということもだいたいわかっていた。
どうしていいのかわからなかったのは俺よりも空の方だった。
それを伝えたくて、俺に泣きながら言って来たのだ。
自分はおかしいのかと聞いて、俺におかしくないと言って欲しくて。
そうして俺の気持ちを聞きたかった。
恋という意味での「好き」という確かな言葉を聞きたかった。
待っていたのは、俺だけじゃなかった。
我儘言ってごめんなさいと言う空が堪らなく愛しくて、より強く抱き締める。
「空、毎日手紙書く、電話もする。」
「うん…。」
「毎日あきちゃんのこと思い出すから…。」
「うん…。空、もうおやすみしよう…?」
これ以上聞いたら、行かせたくなくなってしまう。
それなら毎日一緒にいたいって思ってしまうから。
瞼が下がり始めた空の頭を優しく撫でて、おやすみのキスをする。
眠れなかったはずの俺も、空に続いてすぐに眠りに就いていた。
空の出発は、それから二週間後の日曜になった。
急な話だと空の担任は驚くかと思ったけれど、空の両親のことを知っていたからさほど驚きもしなかった。
そして姉は大事な時期に入っているからと、義兄が仕事を休んで日本まで迎えに来ることになった。
「あきちゃん、見て見てー。」
「んー?」
「今日クラスのみんなからもらったのー。」
「へぇ、どれどれ…。」
最後の学校を終えて、空が自慢げに持って来たのは色紙とプレゼントの包みだった。
色紙はクラス全員分メッセージが書かれていて、どれも空に対する気持ちで溢れていた。
プレゼントはみんなが少ないお小遣いを出し合って買ったそうだ。
「空は人気者なんだな…。」
「えー、そんなことないよー。」
「あるよ。ちょっと悔しいな俺…。」
「あきちゃん…。」
子供みたいなことを言ってバカみたいだと思う。
でも本当に嫉妬するほど、みんなが空を好きだったことが伝わってくるのだ。
おかしいなんて言っておきながら、ちゃんと空のことを好きでいてくれた。
嬉しさと悔しさが入り混じってもどかしい気持ちになる。
「でも空はあきちゃんのほうがすきだもん。」
「うん、ありがとう…。」
「あきちゃん、これ見て。」
「プレゼントだよな?なんだこれ…。」
空が一度開封して下手くそに止めてあるテープを剥がす。
大きな包み紙を開くと、見たことがあるような、なんだか懐かしいような物だった。
「空のきょうりゅうとすっごく似てるの。」
「ホントだ…、そっくりだな…。」
五年生にもなった男子にぬいぐるみはどうかと思ったけれど、空がリクエストしたのだろうか。
それは空が一番大事にしているあのぬいぐるみとよく似ていた。
きょうりゅう、と言っているけれど実はとかげと言う、俺があげたぬいぐるみだ。
もらって来た物が違うところは、色がクリーム色に近い白というぐらいだった。
それ以外は、その顔や触れた時の感触や全体的な体格までもが、俺があげた物とよく似ていた。
これも恐竜なのかとかげなのか区別しにくいところまで。
「それあきちゃんなの。」
「は?俺?」
「うん。空ちゃんの一番好きなものは何って聞かれたから。そしたらみんながこれくれたの。」
「全然…、似てないよ…。」
どう見たって似ていないそのぬいぐるみを、クラスの子はどういう視線で選んだのだろう。
苦笑を洩らして、俺は空を抱き締める。
空の一番好きなものが俺でよかったと思いながら。
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