「そらいろ-2nd period」-2





出来るだけ空に寂しい思いをさせたくない、そう思って入った会社だった。
会社は食品メーカーで、俺の所属はそのマーケティング部だった。
いくら中小企業と言ってももちろんまったく残業がないわけでもない。
むしろ時期によっては残業だらけになるぐらいだった。
今朝も空には残業になるかもしれない、とは言ったけれど、本当にその通りになってしまった。
会社を出たのは午後8時過ぎで、小学生なら寝ている子供もいるだろうという時間だ。
近くの駅から電車に乗って、真っ直ぐに自宅を目指す。
この通勤時間が30分というのも、今の会社を決めた理由だ。
とにかく俺の全部が、空を中心に回っているのだ。


「ただいま、空ー?寝た?」

玄関で靴を脱ぎながら、空の名前を呼ぶ。
返事がないということは、もしかしたら俺を待っている間に居眠りしてしまったかもしれない。
それなら起こさないようにと、そっと廊下を歩いていたところ突然リビングのドアがガチャリと開いた。


「おかえりなさい!」
「うわっ!びっくりした…!返事なかったから寝てるかと思ったのに…。」
「うんっ、あのね、あきちゃん早く!」
「何?どうした…?」

空が笑顔で現れて、俺の腕を嬉しそうにぐいぐい引っ張る。
そして淡いブルーのエプロンをして、キッチンからいい匂いが漂っている。
だいたいの予想はついたけれど空のために黙っていることにした。


「見て!なかなかうまくできたんだよ?」
「カレーか…、うん、美味しそうだな。」

ガスは危ないから、そう言って最初は止めていた。
だけどもう小学生だし、俺が帰るまでご飯を待ってろとも言えない。
レトルト食品だとかを一人で食べるというのも可哀想だ。
だから絶対に目を離さないことと確認をすることを約束の上で、火を使うことを許したのだった。
普段は、遅くならない時は俺が帰ってから作ったり、時々外で食べることもある。
空がこんな風に作って待っているのは月に1、2回だったけれど、それがとても嬉しかった。
帰って来た瞬間に「来て」と俺の腕を引っ張るのが楽しみだった。


「あきちゃんも作ってくれたよね?空があきちゃんのうちに来た時。」
「よく覚えてるなー。」
「うん!だって一緒に作ったの楽しかったもん。」
「そうだったなー…。」

空がまだ幼稚園児で、俺のところに来た頃に俺は生まれて初めてカレーを作った。
前の日に食べたハンバーグがいいか?と聞いたら、空がカレーがいいと言ったから。
初めてのわりには結構うまく出来て、味もそこそこ美味しかった。
カレー自体材料を切って煮るだけの料理だからそうそう失敗もしないとは思うけれど。
それよりも何よりも作る過程が楽しかった。
手伝うと言った空が邪魔ばかりしていたあの時間。
カレーを食べる度に、俺はいつもそれを思い出して幸せな気分に浸ることが出来る。
あれから五年も経ったんだなぁという成長を見れる喜びと、今でも傍にいるんだなぁという贅沢な現実に。


「あきちゃん、食べよ?」
「あれ?空、まだ食べてなかったのか?」
「うんっ。あきちゃんと一緒に食べようと思って。」
「そうか…、ありがとう。」

あきちゃんと一緒。
甘えん坊で人懐っこい空が俺と会ってからずっと言い続けている言葉だ。
パジャマを一緒の柄にしたり、手を繋いで出掛けたり。
一緒にご飯を食べて、一緒にお風呂に入って…、一緒に寝て…。
さすがにまずいかと思うことはあったけれど、空が嫌だと言う時が来るまではと思って今まで続いてきた。


「あきちゃん?」
「ん?」
「どうしたの?ぼーっとしてたよ?」
「なんでもない、それより空…。」

大きくて潤んだ黒い瞳が、俺を見つめる。
成長したと言っても俺に比べたらまだまだ背は低い。
その身長に合わせるように、少し屈んでキスをした。


「あきちゃん…。」
「ただいま、空。」
「うん!おかえりなさい!えへへっ。」
「ただいま…。」

何度か軽く唇と唇を合わせてから、その小さな身体をぎゅっと抱き締める。
ずっとキッチンにいたせいか、髪の毛まで美味しそうな匂いがする。
いや、それだけのせいじゃない。
空に触れていると、食べたくなるんだ。
甘くて柔らかくて温かくて、なんだかお菓子みたいだといつも思う。
だから俺としてはこういうところで我慢するのに、結構必死だったりする。


「いただきまーす。」
「いただきます。」

なんとかその場はキスだけで抑えることが出来た。
二人揃って食卓について、カレーを口に運ぶ。
それだけではバランスが…と思って即席で作った、じゃこのせの豆腐と野菜の和風サラダも一緒に。


「あきちゃん、どう?どう?」
「うん、美味しいよ。」
「ホント?やったー嬉しい!あきちゃんにほめられたーん♪」
「うん、えらいえらい、頑張ったな。」

満面の笑みで喜ぶ空の頭を撫でる。
スプーンを握ったまま、空は椅子の上ではしゃいでいる。
お世辞抜き・私情抜きでも空のカレーはなかなかの出来で、俺はその後二杯もおかわりをしてしまった。


「あきちゃん、お風呂わいてるよ。」
「うん、じゃあ入ろうか。」
「うん…。」
「タオル、持って来てくれるか?」

暫く腹休めをして、その後は入浴して寝るだけだった。
入浴前にタオルを持ってくるのは、空の仕事。
それはいつの間にか出来ていた、一緒に入る時の暗黙の約束だった。
俺が先に入って待っているということを表す時の言葉の代わり。


「あきちゃん…。」

俺がバスルームに入ってからすぐに空の声がドア越しに聞こえる。
遠慮がちに発せられるその声が、照れだとか恥ずかしさを物語っているみたいだ。


「いいよ、空、おいで。」
「うん…。」

カラカラと音をたててドアが開くと、空が下半身を押さえながら立っている。
最初の頃はそれこそ素っ裸でどこを隠すこともなかった。
それが時が経つにつれ環境が変わるにつれて、恥ずかしさというものを覚えたらしい。
身内とは言っても、誰かに自分の身体を見られる恥ずかしさだとか…それ以外にも。


「いいよ、座って。」
「うん……、あ…っ!」

目の前の風呂用の椅子に腰掛ける空の手をゆっくりと外してやる。
随分と成長したけれど、まだまだ未熟なそこは表面がつるりとしていて綺麗なままだ。
俺は近くにあったボディーソープを手につけてたっぷりと泡立てると、迷わずそこに手を伸ばした。


「ちゃんと洗おうな…、空の大事なところ…。」
「うん…っ、あ、あぁ…んっ。」

「気持ちいいか?」
「うん…っ、あきちゃんっ、きもちい…っ、うぅん…っ。」

初めて一緒に入った時から続いていること。
俺が空の身体を洗ってやることだ。
正確には、洗うと言って触れるということだ。
あの時覚えた異常な程の興奮を、俺はほとんど毎日味わっていた。
バスルームに響き渡る空の甘くて高い喘ぎ声が、俺の神経中枢を刺激しておかしくさせる。
それはいけないことだとわかっていてもやめられない、中毒症状みたいなものだった。






back/next