「そらいろ」-4







「おかいものーおかいものー♪あきちゃんとおかいものーん♪」

翌朝になって、起きた時から空はご機嫌だ。
自作の歌なんか歌って、ずっと笑顔で。
子供のこういう無邪気なところは、とても可愛いと思うんだけど。
その可愛いと思う心が、行き過ぎてしまわないようにということはわかっている。
昨日風呂に入った時みたいに、あんなこと…。
一晩経っても消えそうにないあの柔らかい感触を思い出して、掌を握り締めた。


「ほら、靴、ちゃんと紐結ばないと。」
「あのね、このくつママがかってくれたの。」
「そうか…、よかったな。」
「うんっ、くーのおきにいりー。」

お気に入りだという水色の靴は、今日の晴れた空と同じ色だ。
あの時…、空が生まれた時と同じ。
雲がほとんどなくて、澄んだ青空が、目に滲みるみたいだ。
空自身と同じ、透き通ったその色に。


「あきちゃん、ん。」
「何だよ?」
「て、つなぐの。あきちゃんまいごになっちゃう。」
「俺じゃなくてお前がだろ…。」

半分呆れてしまったけれど、可笑しくて仕方ない。
ちょこちょこ走り回って、どう考えたって迷子になるのは空なのに。
差し出された小さくて温かい手を、ぎゅっと握って、近くの街まで出掛けた。


「あきちゃん、どれにする?」
「空の好きなのはどれだ?」
「んっとね、くーね、オイシインジャーがいいの!でもー…。」
「オイシイ…?あぁ、これか…。」

デパートに着くと、すぐに衣類品売り場へ向かった。
空が指差したのは、今流行りの戦隊もののプリントが入ったパジャマだった。
5人のヒーローが、フォークとスプーンを持っているのが面白い。
他にもキャラクターものや可愛い動物柄なんかが色々置いてあって、
自分が空の立場だったら目移りしていたに違いないと思った。


「でもこれあきちゃんきれないの…。」
「当たり前だろ、子供用なんだから。」
「くーあきちゃんとおそろいがいいの。だからオイシインジャーやめる。」
「俺はあるからいいんだよ。」

どうして俺とそんなに一緒にしたがるんだ。
一番好きな戦隊ものを諦めて、そんなにしゅんとなってまで。
そんな風に言われたら、しなくていい期待までしてしまう。
ブレーキをかけたのに、また止まらなくなっちゃうじゃないか…。


「やー、おそろいがいいのー!」
「しなくていいって。」
「やだー、あきちゃんといっしょがいいのー!」
「空…。」

まただ。
泣き出したらどうしよう…。
そうやって俺に思わせることで我儘を叶えようとして。
違う、空はそんな作戦じみたことなんかできない。
たとえそうでも、泣き顔を見るよりだったら、我儘を聞いてあげた方がいい。
俺が勝手に作戦にして勝手に嵌っているだけかもしれないな…。


「わかった。じゃあお揃いのと、これも2つ買えばいいだろ?」
「あきちゃんー…。」
「そうしよう、な?空。」
「うんっ!そーするー。へへー。」

涙が溢れそうになっていた空に、笑顔が戻る。
結局その戦隊ものと、その後に親子用のパジャマで見つけた、淡い水色のパジャマを買うことにした。
水玉柄っていうのがちょっとこの歳で恥ずかしいような気がするけれど…。
それでも空が選んだものだから、一緒に着てやろうと思った。


「あきちゃん、あいすたべよー?」
「はいはい…。」

子を持つ親って、買い物に来るとこんなに大変なのだろうか。
玩具だの、お菓子だの、アイスだの、あらゆる場所へ駆け回って、俺は物凄く疲れてしまった。
子供が遊ぶスペースで疲れ切って座っている父親をよく見るけれど、その気持ちが身を持ってよくわかった。


「おいしいね、ちょこあいす。」
「空、いっぱい付いてるぞ。」
「へへへーあきちゃん。」
「口の周り、チョコレートだらけだぞ。」

持って来たティッシュで、綺麗に空の口の周りを拭いてやる。
そういえば俺も昔、アイスを食べるといつもこうなっていた。
何度拭いても、すぐにベタベタになってしまう。
やめればいいのに一番目立つチョコレート味を選ぶところまで同じだ。
こういうの、血筋とかってやつだろうか…。


「あきちゃん、くーね、あきちゃんだいすき!」
「空…。」

だいすき。
空はその台詞の意味をわかって言っているのだろうか。
いや、だいすき、が全部が全部恋の意味というわけじゃない。
親、兄弟、友達、色んな意味で使われる。
空が言っているのもその意味で、特別な意味なんかない。
俺は何を、期待してしまったのだろう…。
バカみたいだ、甥っ子に恋愛感情なんか求めるなんて。
こんなに小さい子供に。
俺は、こんなに短い期間で、空に恋をしていたんだ…。
風呂であんなことをした時も、好きだという気持ちがあったんだ。
もしかしたら、会った時からだったかもしれない。
本当に、どうしようもないぐらいバカみたいだ。


「あきちゃん…?どうしたの?」
「なんでもないよ。」
「あのね、おうちかえったらおもちゃであそぼ?」
「そうだな…。」

アイスを食べ終わった空が、ベンチから降りる。
俺の横に置いていた玩具を抱えて、嬉しそうにはしゃいでいる。
早く帰って、その玩具で遊んでやろう。
俺ができること、俺がするべきことはそれだけだ。
空の面倒を二週間だけ見ること。
それ以外は、もう考えちゃいけないんだ。
その思いを噛み締めながら、また空と手を繋いで、家まで帰った。

その後の空は、今朝よりもずっとご機嫌だった。
欲しい玩具を買って、欲しいお菓子を買って、パジャマも買って。
たくさんの荷物を持ち帰った俺が疲れて寝そべる隣で、昼寝もせずにずっと遊んでいた。


「あ!くーわすれてたの!」
「何?どうした?」
「ママがあきちゃんにって!わたすのわすれてたー。」
「何?どれ??」

持って来た玩具だらけのバッグから、空が封筒を取り出す。
少し厚みのあるそれを開けると、現金と姉からのメモだった。


「ママがね、それでくーのめんどうみてっていってたの。」
「すげ…、こんなにかよ…?」
「いっぱいおかねあったの?」
「うん、いっぱい…。」

まとめて20万なんて金なんか、ほとんど見たことがなかった。
バイトした時に給料が入っても、ケチってちびちび下ろしていたし。
二週間で20万って…、バイトとしてはかなりいいよな…。
海外転勤で出世するぐらいだから、義兄もそれなりに稼ぎがいいことを表している。
ふとメモを見ると、姉らしい口調で伝言が書かれていた。

『秋生へ
わかっていると思うけど、ちゃんとくーちゃんの面倒見ること!
ちゃんとしたご飯を食べさせること!
たくさん遊んであげること!
くーちゃんをよろしくね。
春花より』

「ぷ…。」
「ママなんてかいてあったの?」

俺が吹き出したのを見て、空が興味津々に見つめる。
こんなメモ一つでも迫力があるなんて、たいした姉だ。
そう思うと可笑しくて堪らなくなった。


「空をよろしくって。」
「えへへー、よろしくー。」
「いっぱい遊んでって。」
「うんっ、くーいっぱいあそぶ!」
「いっぱい遊ぼう、空。」
「うんっ、あきちゃんとあそぶー。」

あの金額は、空のことを溺愛している証拠だ。
それだけ大事にしてやってくれという、姉の念押し。
よろしくね、強気な姉が書いた、最後の優しい書き方も。
そんな空を、俺は叔父として可愛がってやろうと思った。


「空、夜は何食べたいんだ?ハンバーグか?」
「うーん、かれーがいい!」
「よし、じゃあ一緒に作ろうか。」
「うんっ、くーおてつだいするー!」

空の食べたいもの、空の欲しいもの。
空のしたいこと、全部を、この二週間で叶えてやる。
そしたらそれに満足して、空もいい叔父さんだと思ってくれる。
それだけで、もういいんだ。
もういいと思わないといけない。
改めて決意をして、空のために、生まれて初めてカレーというものを作った。








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