「Love Master.3」-6
遠野がいなくなってからの三日間、それはそれは時間が長く感じたものだ。
電車に乗っている間も思ったし、一人でいる時というのは孤独が時間の感覚を長くしてしまうのだろうか。
逆に楽しいことをしている時などは短く感じるものだけれど、今日のこの場合、楽しいことと言っていいのかどうか…。
本心は楽しい、または楽しみだけれど、口に出せるようなことでもない。
そんな風に理論付けて考えてもその時は来てしまうものなのだった。
「名取、上がったぞ。」
「んー…?あぁ風呂か……うわ!なんだよそれ!」
「なんだと言われても…、美樹さんにもらったんだけど…似合わないか?」
「に、似合うとか似合わないの問題じゃねーよ!!」
一応客人ということで、遠野が先に風呂へ入って、俺のいる部屋に戻って来た。
タオルを持って風呂上がりだと言うのはわかるけど、その格好に大いに問題があった。
普通にパジャマを着るのは諦めてもいい。
この際素っ裸で出てくるのも何かの間違いだったと許そう。
そこまで寛大な俺でも、さすがにスケスケのネグリジェなんかで来られた日にはもうどうしていいのかわからない。
姉ちゃんからもらったって…それじゃこれからヤります、って言っるようなもんだろ…。
俺がせっかくあの時楽しみって言うのを我慢したって言うのに、
なんでこう俺のすること成すこと見事に全部ぶっ壊してくれるかなぁ!
「と、とにかく脱げ!誰にも見られてないだろうな?俺のパジャマ貸してやるから!」
「脱げとは気が早いな…名取。そんなに急がなくても夜はまだたっぷりあるぞ。」
「そうじゃねぇよ!!そうじゃなくてだなー…!」
「どうした?また具合でも悪いのか?今夜出来るか?」
だからそれを言うなって言ってんだよ!
そうやってあからさまにすんなって言ってんだよ!!
明日の朝とか俺はどういう顔して家族の前に出て行けばいいって言うんだよ…。
遠野のことだから、昨日は名取とセックスしました、なんて言っちゃう可能性もあるけど…。
でも俺だけは…、こいつが変でも俺は変にはなりたくないんだ───…!!
俺のこの悲痛な叫びをわかってくれよ、愛してるって言うならよ!
「うっうっうっ…。遠野…俺はもう…。」
「あぁ…なるほど…。泣くほど嬉しいのか。」
「ああもうそうだよ!もうそれでいいよ!うーっうっうっ。」
「そうか…。しかし名取。」
本当にもう、こうも見事に話が噛みあわなくてよく今まで付き合って来れたと思う。
そう思ったらなんだか泣けて来てしまったのだ。
噛み合わなくても、会話にならなくても、遠野が俺を好きで俺も遠野が好きだからやって来れたのだとは思うけど、
世の中にこんなカップルがいるのかと疑問に思う時が多々ある。
「嬉しくても風呂に入ってからだ。早まるな。」
「早まってんのはおま……んーっ!」
「風呂に入って来たらどうだ?」
「は……、はい……。」
突然の激しいキスに、俺は腰が抜けてしまうかと思った。
そう言えばキスをするのも何日振りだろうか。
俺はこんなにも遠野のことが好きだったのかと見せ付けられた気がして、何も返せずに頷いてバスルームへと向かった。
「は───…。」
浴槽に浸かって、深い溜め息を吐く。
バスルームへ向かう途中でも、リビングから出て来た姉ちゃんや義兄さんに色々からかわれた。
これからお風呂?なんてニヤニヤしながら言うんだもんな…。
ついでにバスルームにはうちには似合わない、薔薇の香りの高級なシャンプーだの石鹸だのが置いてある。
それらの減りようから察するに、今日、しかも今しがた買って来たと見られる。
タオルまで新しくして、風呂もピカピカだし…。
ここは一体どこのラブホテルだよ、と突っ込みたくなる俺の気持ちをわかってくれる奴はいないんだろうか…いないんだろうな。
自分で解決しているあたりがもう終わっている気がする…解決にもなってないけれど。
遠野に感化されたのか、というか確実に遠野に感化されたせいでうちの家族まで変になってしまった。
俺はこれからどうやってこの家族の中で生きていけばいいんだ?
しかし俺も男だ、周りがどうあれ俺は俺を貫いてやる!!
ついでに遠野も貫いて…なんて考えるからダメなんだろうか…。
「あ…れ…?あれ……?」
そんなことばかり考えながら一人でぼやいていたせいか、いつの間にか随分と時間が経っていた気がする。
浴槽から出ようとした俺の足元がふら付いてクラクラと眩暈を起こした。
「いや…、気じゃねーなこれは……。」
最後までブツブツと独り言を呟きながら、俺の記憶はそこでぷっつりと途絶えてしまった。
「…り、名取…、名取…。」
「…ん……。」
「名取、名取、大丈夫か?生きているか。」
「ん…、遠野……?ん?んんっ?!」
気が付いた時には、俺は自分の部屋のベッドで寝ていた。
すぐ上に遠野が乗っていたことは今更驚くことでもない。
普通は驚くだろうけれど、俺も大概慣れて来た部分もあるのだ。
俺が驚いたのは、遠野の声が何やら下半身の辺りから聞こえて、そこがじんわりと熱くなっていたからだ。
「あぁ、気が付いたか。」
「な…、な…、何してるんだっ!!」
「いや、生きているか確かめようと…安心しろ、この通り元気だぞ。」
「だ、だからって人が気ぃ失ってる時に股間触る奴があるか───…!!」
なんと俺は素っ裸で寝かされていて、下半身を遠野が弄っていたのだった。
認めたくないけれど確かにそこは元気に活動していたというわけだ。
そりゃ誰だってそんな風に触られたら元気にもなるだろうよ…。
「そういうわけだから。」
「な、何がそういうわけ……んっ!」
「約束通りご奉仕だ、名取。」
「マ、マジかよ…!家ん中に皆いるんだぞ?」
「大丈夫だ、もう皆は寝たということになっている。」
「なっているってなんだよ!大丈夫じゃねーよ……うわっ!遠野…っ!!」
俺の言い分なんか聞くこともしないで、遠野はそのまま俺の股間へ頭を埋めてしまった。
一階のリビング、もしくは二階の部屋にだって誰かがいる可能性もある。
もしこんな現場を見られたら…俺は一生ホモとして生きて…?
いや、それはいい(あんまりよくはないが)、覚悟が出来ていることだ。
そうじゃなくて、この現場のことを一生言われたら…。
姉ちゃんの同人誌のネタになんかされたら…。
そしてそれを家族で回し読みなんかされたら…。
しかもこれだと俺が襲われてるみたいじゃないか!
もはや俺の心配は「普通」をはみ出して、「常識」も超えているような気がするが、とにかくそんなことになったら困る。
「……っく…、ん……っ!」
困るんだけど…。
困るんだけど、気持ちいいんだよ!
いや、気持ちいいから困るのか?
俺は久々の遠野の行為に、焦りつつも快感に溺れてしまいそうになる。
遠野も遠野で、実は俺が口でされるのを好きだということを知っていてわざとやっているのかもしれない。
というか確実にわざとだよな…。
そういうところだけは勘が良くて頭のいい遠野のことだから。
「名取…、気持ちいいか…?」
「そういうこと聞くなって…っ、あ…っ!」
「気持ちよくないのか?そうか…じゃあ…。」
「わ、わかった…気持ちいいって…っ、うわっ、何してんだっ!」
また勝手に思い込んで飛躍しようとする遠野に、俺は嫌な予感を感じた。
咥えられていた俺のそれが口から出されると、次に俺の脚が高く持ち上げられた。
ま…まさか…。
まさかだよな…いくらなんでもそれだけはないだろ…。
そう思ったのも束の間のことで、遠野が真剣な目で俺の後ろの部分を見ている。
嫌な予感が的中する気がした。
「バ、バカっ、やめろ…っ、バカ遠野っ、そこはやめろって!!」
「大丈夫だ。最初は異物感を感じるが慣らせば快感も生まれて来るから。自然には濡れないからこれを使うし。」
「あはは!具体的な説明ありがとう!しかもホモ漫画か小説調でな!」
「そんなに感謝されるとは思わなかったな…。」
「してねぇよ!!」
「今ありがとうって言ったじゃないか。」
どうしよう!!
どうしよう神様、俺の日本語がまったく通じていません!
誰か遠野に正しい日本語と常識を教えてやってくれないのか?!
それとももう手遅れってやつか?!
遠野はローションだか何だかのボトルを手にして、自分の指に塗りたくっていた。
「と、とにかくやめ……っ、遠野っ、頼むからやめ…!」
「フフフ…、嫌がっていてもここは正直だな…。」
「お前姉ちゃんの同人誌読み過ぎだっ!俺は本当に嫌なんだって!!」
「言うことを聞かない子はこうしてやるっ!」
その棒読みの台詞をなんとかしてからやってくれよ…。
いや、やられても困るけど。
確実に姉ちゃんの影響と思われる台詞を吐いて、遠野は俺の手足を紐でベッドに固定してしまった。
「ど、どっからこんなもん…。」
「美樹さんにもらった。名取、いいお姉さんを持って幸せだと思った方がいいぞ。ついでにローションはお義兄さんからだ。」
「全っ然幸せじゃねーし!!つーか解けよ!マジやめろって……あっ!!」
「ゆっくりやるから。安心してくれていいぞ。」
安心なんか出来るかよ…。
お前ほど危険な奴なんかこの世の中にいないっての。
俺の反論も抵抗も空しく、遠野は俺を縛ったまま、続きをしようと再び股間に潜り込んだ。
俺はもう、諦めるしかないのかもしれない。
さようなら、俺の後ろ…、今まで何度も思ったけれど今度こそ本当にさようならだ。
あぁ…俺、いよいよ後ろのバージン喪失するのか…。
考えてみればよく三年もったよな…、この遠野相手に。
隙あらば狙われていた俺の後ろも、今日でお別れ…。
決めたくもない覚悟を決めて、俺はぎゅっと目を閉じた。
「名取…、あんまりこういうことは言いたくないんだけど…。」
「……っく、な、何だよ…っ?!」
その後数時間(!!)をかけられ、俺のそこは遠野の指によって解されていった。
だけど快感なんかちっとも生まれて来ない。
だから俺は嫌だって言ったのに…やめとけばいいのに…。
「もう少しこう…、可愛らしい喘ぎ声を出せないのか?」
「だ、出せるか…っ!そんな言うならお前がやりゃいいだろ…っ?!」
もう俺は何がなんだかわからなくなっている。
可愛らしいって、出るわけないだろうが…初めてこんなことされて。
もう何を言ってももう遠野はやめてくれたりなんかはしない、そう思っていたのだが…。
「それもそうだな…。」
「……は?!」
「何かこう、セックスしている気がしないんだ。名取、ちょっと俺にしてみてくれないか。」
「と、遠野…!!」
俺の後ろ、ギリギリセーフ!!
多少セーフでないところもあるがこの際いいとしよう。
遠野の尋常でない部分に感謝するのはこういう時だ。
変でよかった…、変な奴万歳!
俺は心の中でウキウキステップを踏んだ。
「じゃあ早速……と、遠野?!」
「すまない…、ずっと寝不足だったんだ…。」
「ちょ、遠野っ、まさか寝……?!」
「悩んでいる時は眠れないものなんだな……。」
ウキウキステップも失せるっての。
つーかその前にウキウキステップってなんだよ自分。
そうやって調子に乗るからこんなことが起きるのか?!
これは俺への罰なのか?!
目の前で今、一番信じたくない状況が起こっている。
「遠野っ、寝るなっ!頼むからこの紐だけでも…!」
「……らとり(名取)………。」
「寝るなー!起きろ!!おいっ、マジかよっ、起きてくれ頼むっ!!」
「…………。」(←寝息)
あああああぁぁ────……。
嘘だ、こんなの……。
エッチどころかこんな縛られた状態で放置って…。
こいつ本当に俺を愛してんのか?!
そんな疑問が俺の脳内をぐるぐると回る。
遠野が一度寝てしまうと起きないことはわかっていた。
素っ裸で縛られているのを誰かに見せるわけにもいかない。
しかも遠野はスケスケのネグリジェときた。
俺はもう、そのまま寝るしかなかった。
遠野への恨み言を呟きながら、仕方なく目を閉じたのだった。
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