「Love Master.3」-4
翌日、早朝に家を出た俺は、遠野の実家目指して電車で向かった。
駅に付いて徒歩で城みたいな屋敷へ着くと、その門の前で一応遠野の携帯に電話を入れてみる。
喧嘩して出て行ったわけだから、電源を切っているのは仕方のないことだと、早々に諦めてモニタ付きのインターフォンを押す。
始めに使用人が出ると、すぐに遠野の母親を出してくれた。
門前払いに遭わずに済んだのはいい。
だけど自分の名前を名乗って坊ちゃんの婚約者様です、なんて言われるのもどうかと思う。
「え…。帰って来てない…ですか…?」
「えぇ。連絡もございませんことよ。」
言われるがままに開いた門をくぐり、家屋へ到着して、遠野母に訊いた答えがこれだ。
実家へ帰ると言っていなくなった遠野が、その実家にいない。
まさか遠野母が嘘を言っているとは思えないし、遠野が俺に会うのが嫌でそう言うとも思えない
。
少なくてもあいつは、そういう嘘や誤魔化すことが嫌いだから、そんな手は使わないはずだ。
じゃあどうしていないんだ?
それなら一体どこへ行ったって言うんだ?
「名取さん、龍之介さんがどうかなさったのかしら?」
「…遠野……。」
「名取さんっ?名取さんっ?」
「うわ、は、はいっ!」
「どうかなさったの?」
「す、すいませんお母さんっ!なんでもないで…。」
俺の頭の中は、遠野のことだけだ。
あいつはちょっと人と違うところがある(つまりは変)から、何かとんでもないことをやらかしていたらどうしようかとか。
俺に嫌われたと思い込んで考えが飛躍して生きていけないとか言って身投げしたり…。
まずいな、そしたら俺のせいであいつが…。
焦り始めた頃、遠野母に肩を叩かれ、我に帰る。
その不安と動揺をなんとか見せないように謝ると、なぜか遠野母が涙を溜めている。
「名取さん…、嬉しいわ…、お母さんだなんて…。」
「いや…、そ、それはそういう意味でなくてですね…!」
「お嫁さんに呼ばれるのってこういう気分だったのね…。」
「いや、俺嫁じゃないんですけど…。」
おいおい待てよ…。
遠野家の中でも俺は嫁役なのかよ…。
あれほど嫁は遠野の方だって言ってんのに…。
まぁ俺のドレスまで作ろうとしたんだから、そう思われても仕方ないか?
っていうかそんな会話してる場合じゃないっつーの!!
「ところで名取さん、挙式はいつになさるのか…。」
「す、すいません俺急ぐんで!」
「あらまぁそうでしたの…!」
「はいっ!ホントすいませんっ!」
遠野母の話を半ば聞き捨てて、俺は走ってそこを後にした。
こうしちゃいられない、遠野を探さないといけない。
まったく手のかかる…、違うな…、元々は俺が悪いのか…?
だけどあいつが裏口入学だなんて…。
いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。
あいつが死んでしまったら、元も子もない。
今は遠野の命のことだけど心配しよう。
俺は心に強く決意して、また電車に乗って大学へ向かった。
「え!来てない?」
「うん、ってゆーか名取くんこそ一緒じゃないの?」
「いや…、俺は…。」
「珍しいよね、遠野くんが講義休むなんて。」
二人一緒に受ける講義になんとか間に合った俺は、教室に入ると早速遠野の姿を探した。
目立つと言ってもいいぐらい綺麗な顔をした遠野の姿は見当たらなかった。
そうじゃなくても、俺は遠野の恋人なんだ、見つけられないわけがない。
何度見回しても、そこに遠野の姿はなくて、近くにいた女の子に訊いてみた答えもこうだ。
遠野母とまったく同じ、連絡もないということだった。
「なぁに名取くん、喧嘩でもしたのぉー?」
「う、うん…まぁ…。」
「きゃー、痴話喧嘩ってやつ?」
「いやぁ…。」
そんな面白がっていられる場合じゃないんだぞ。
遠野の命が懸かってるんだ。
だっておかしいだろ、遠野が講義を欠席するだなんて。
俺は、高校時代、初エッチ翌日のあいつのことを思い出した。
セックスしたぐらいで皆勤賞逃すわけにはいかない。
そう言って無理して顔を歪めながらも、学校に来たあいつを。
そんなまでする奴が、休むだなんて、よっぽどショックだったのが痛いぐらいにわかる。
だからこそ俺は、なんとしてでも遠野を探し出さなければいけないんだ。
「名取くん?やだごめん、凄い深刻なの?」
「俺…、帰る…。」
「え?帰るって今来たばっかりじゃ…。」
「ごめん、俺、遠野を死なせるわけにはいかないんだっ!」
俺は、教室中に響くぐらい大きな声でそう言い放って、席を立った。
他人から見れば、たかがホモの喧嘩かもしれない。
だけど俺にとっては、一生の問題だ。
今ここで遠野が死んだらそれこそ大変なことになる。
遠野家には末代まで恨まれるだろう。
俺の家にだって「お前みたいな薄情者は知らん」なんて絶縁されるに決まっている。
週刊誌では、自殺した少年の恋人なんて目に黒い線引かれて…。
それで遠野本人は毎晩俺の枕元に現れて俺を呪い殺すことだって…!
な、なんつー恐ろしい…!!
こんなところで俺の人生が終わってたまるか───!!
…とは言ったものの。
捜索願を出すわけにも行かず、俺は何も動けずにいた。
だって詳しい事情なんか聞かれたらなんて答えりゃいいんだよ…。
さすがに世間の皆様にまでホモ宣言する勇気はまだないぞ。
そう思って悩んで悩んで、考えて考えまくって、二日が過ぎてしまっていた。
「はぁー…。」
出て来るのは、溜め息ばかりだ。
不安で、心配で、でも何も出来なくてどうしようもなくて。
ここまで自分が何も出来ない情けない人間だとは思わなかった。
それを遠野は、それでも遠野は、俺のことをずっと好きでいてくれた。
「遠野ー…。」
もういいじゃないか。
裏口入学ぐらい、笑って許してやればいい。
こんなことで遠野を失うぐらいなら、それぐらい大した問題でもない。
今頃になって許すだなんて、その遠野本人がいなくなって気付くなんて、俺はバカだ。
もしかしたら考えたくないけれど、一生会えなくなるかもしれない時になって。
「遠野……。」
床に寝そべって、天井を見つめる。
遠野との思い出が、走馬灯みたいに浮かんで、まるで俺の方が死ぬ前みたいだ。
あぁ…でも、遠野がもしどこかの海で変わり果てた姿で発見された、なんてことになったら俺もその海に身を沈める覚悟はしておこう。
遠野、待ってろよ…、俺もすぐ行くからな…。
「…うわっ!」
俺が覚悟を決めた時、突然耳元で携帯電話が鳴った。
遠野のことしか考えていなかった俺は、その電話が遠野からのものだと思って、画面も見ずにすぐに着信ボタンを押した。
「もしもし俺…っ!」
「ちょっとあんた!いい加減にしなさいよっ!」
「な…、ね、姉ちゃんっ?!」
「何やってんのよ!早く来なさいよっ!」
「は?何言ってんだよ?今それどころじゃねーんだって!今俺は人生で大事な…。」
「あんたの人生で大事なもんって遠野くんじゃないの?!」
あれ…?
なんでそこで姉ちゃんの口から遠野の名前が…?
出た途端怒鳴られまくった俺の、電話を握る手が止まった。
「今すぐうちに来なさいよっ?!」
「は…?!なんでいきなり…?!」
「いいから今すぐ遠野くん迎えに来なさいっ!いいわねっ?!」
「はぁ?!遠野そこにいんのか?!ちょっと姉ちゃんっ!待てって姉ちゃ…!」
俺が電話に向かって叫んでいる途中で、それは途切れてしまった。
とりあえず遠野はまだ生きているらしい。
しかも俺の家にいるって…。
何が起きているのか、俺はまだよくわからないままでいた。
それをこの目で確かめるためにも、俺はすぐに向かうことにした。
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