「Love Master.3」-2





「あああ綾佳ちゃん…こ、これはその…!これはなんでもな…!」
「名取くん…、遠野くん…。」

アホか俺は…。
こんなにしっかりキスしているところを見られてなんでもないってことはないだろ…。
しかもこの時、俺は驚きと動揺のあまり、硬直状態だった。
遠野の肩を掴んだまま、動けなくなっていたのだ。
そんな体勢でなんでもないなんて言われても誰だって納得なんか出来るわけがない。


「ちょ、ちょっとこれはふざけて…。」
「あぁ、鈴木さん、俺からも説明しよう。」

ぎゃー!!遠野!!
お前が説明するとややこしいことになるからやめてくれー!!
俺の手を振り切って皆の前に出て行ってしまった遠野に、俺はほとんど望みを捨てていた。
その背中に向かってお経を唱えたい気分だった。


「俺と名取はとても仲が良いんだ。」
「そ、それはわかるけど…。」
「つまりこれはスキンシップだ。」
「ス…、スキンシップ…?」

よくやった遠野!!
心の中でガッツポーズをしてしまった。
俺の絶望とは裏腹に、なんと遠野は言い訳をしたのだ。
さっき俺が言ったことを守ってくれているのか…?
そんなに俺のことが…いや照れるなこりゃ!
言い訳でもかなり苦しいのがちょっと気になるが…。
遠野が俺の言うことをきいて守ってくれた、俺を守ってくれたのだと思うと、感動で涙が滲む。
が、しかし…。


「決してホモということはない。」
「あ、あの…、遠野くん…?」
「仮にホモだったとしても皆に言うわけにはいかないんだ。わかって欲しい。」
「あの、と、遠野くん…、名取くんが真っ青なんだけど…。」

やっぱり俺の考えは甘かった。
遠野が嘘が嫌いだとか、ちょっと(どころじゃなく)変な奴だとか…。
お前頭はよかったんじゃないのかよ…。
どんなことでも一瞬の感動で忘れてはいけないということだ。


「名取、どうした、大丈夫か。」
「どうしたもこうしたも…。」

心配して遠野が駆け寄って来る。
もういっそ気絶でもしてしまいたい気分だった。
遠野が俺の手を取りながら、泣きそうになっている。
これじゃあ何だか本当に看取られているみたいだよな…。


「名取、俺がお前を守るから。安心してくれ。」
「え…?」
「名取に嫌な思いはさせないから。安心しろ。」
「と、遠野…。」

俺はどこか神経がやられていたのかもしれない。
それか、遠野の影響でおかしくなってしまっていたか。
もしくは、もう大学生活を諦めたのだろうか。
まさか遠野に絆されて、一番有り得ないと思っていたことをしてしまうなんて…。


「いいんだ、遠野…。ごめん、そんなに俺のこと…。」
「名取…、俺はお前が一番大事なんだ…。」
「み、みんな…!聞いてくれ…!」
「どうしたんだ?名取。」

これだけ皆の目の前でラブシーンを演じておいて今更という感じだったが、この時の俺は無我夢中でそんなことまで考えられなかった。
遠野の手を取り、立ち上がって、大声で叫ぶ。


『俺と遠野はホモなんだ─────!!』


それから、俺達が公認ホモカップルになったのは言うまでもないわけだが…。
高校時代とは違って、これだけでは済まなかった。
やっぱり大学は違うぜ…、なんて感心している余裕もなかったのだが…。


「やっぱりねーそうじゃないかと思ってたのよ!」
「え…、綾佳ちゃん…?」
「ホントよねー。あたしも思ってたのよぉー。ねぇなれ初めは?」
「それは俺から話そう。」
「きゃー、遠野くん素敵ー!」

やっぱりってなんだ!!
俺と遠野はホモに見えたってことか?!
皆鋭すぎるぞ!!
さ、さすが大学生…侮れねぇ…、そういう問題でもないけど。
綾佳ちゃんを筆頭に、次々に俺と遠野の周りには女の子達が寄って来る。


「あたし生でホモって初めて見たー!」
「あたしそういう話書いてるのよ、今度色々聞きたーい。」
「あたしもそういう漫画好きなのよねぇー。」
「いいじゃんいいじゃん、名取くんと遠野くんの漫画とか小説!!」

お、女の子って恐ぇ…。
ホモに対してこんなに理解(興味)あるもんなのか…?
っていうかもう聞かないでくれよ、遠野が何言うかわからないから…。
しかも俺と遠野に漫画なら姉ちゃんがもうとっくに描いてるっての。
まるでワイドショーのインタビューみたいな女の子達の質問責めに、俺は何も言うことが出来なかった。
遠野は表情も変えずに、対応していたけれど。
果たしてこの状況はいいのか悪いのか…それすら考える余裕がなかった。






「おや、遠野くんじゃないか。」
「あぁ、こんにちは。」

それから校舎戻る途中、遠野が知らないオヤジに挨拶されていた。
スーツを着ているから、講師か大学職員…、事務員か何かだろうか。
歳はだいたい40代後半から50ぐらいと言ったところだ。
遠野も遠野で、挨拶し返している。


「あぁ、その子が名取くんかね?」
「そうです、その節はお世話になりました。」
「と、遠野…?」

なぜかそのオヤジは、俺のことを知っているようだった。
俺は見たこともなくて、まったく覚えもないのに。
お世話になったっていうのはなんだ…?
まさか遠野の奴、俺に隠れて浮気…なんかするわけないしな…。
住んでいるあの家も、遠野の実家が準備したものだし、他に世話っていうのは…。
もやもやしているうちに、そのオヤジは俺達の前から去っていた。


「なぁ遠野、今のって…。」
「あぁ、教授だけど。見たことないか?」
「え!何お前そんな人とあんな親しいのかよ?!」
「うん、まぁちょっと…。」

どこまで顔の広い奴なんだ…。
だけど俺が気になったのはそこじゃない。
俺の名前を出されて、遠野は世話になったと言っていた。
俺とそのオヤジとの関連がわからない。
遠野の奴は、いつもと変わらない涼しい顔をしているから想像も出来ない。


「なぁ、さっきのなんだ?俺がどうとか世話になったとか…。」

俺は、思い切って遠野にぶつけてみることにした。
やっぱり夫婦…いや、まだ夫婦じゃないけど、二人の間でこういうのは大事なことだ。
信頼とか、信用だとか、それがなくなったらお終いだ。
しかし俺はその後、聞いたことを激しく後悔することになる。


「あぁ、名取の受験で、もし入れなかったらっていうのをだな…。」
「え…?なんだよそれ…。」

心臓がドクンと跳ねた。
遠野が嘘が嫌いなことはもう承知のことだ。
何を言う時も表情がほとんど変わらないのも。
だからって、どんなことでもそんなにあっさり言っていいものなのか?


「入れなそうだったら合格にしてもらおうかと思って…。」
「なんだよそれ!金でも渡したって言うのか?!」
「いや、金はその…。」
「ふざけんなよ!なんだよそれ!何やってんだよ!!」

俺がこんなに怒鳴ったことなんか今までなかった。
そんな俺に、遠野は脅えるようにしてどもってしまった。
遠野がそんな風になるのを見るのも初めてだった。


「名取、聞いてくれ、だから…。」
「聞きたくなんかねぇよ!そんな話!」
「そうじゃなくてだな…。」
「遠野、悪いけど…一人にしてくれ…。」

俺の腕を掴もうとする遠野を振り切って、俺は廊下を早足で歩いてその場から立ち去った。
遠野は呆然としたまま、俺を見ていただろうか。
後ろを見向きもしなかったから、それはわからない。
情けない。
遠野と同じ大学で、同じ学部に入れたのは裏口入学だったなんて…。
いくら俺でもショックだ。
そんなことまでしないといけなかった自分が情けなくて泣きたくなった。
動揺し過ぎて、遠野の気持ちを考えることなんか出来なかった。








back
/next