「Love Master.2」-3






遠野にエッチを断られた。
そんなことでも俺にとっては一大事で、大事件だったんだ。
だって遠野は俺のことが好きで、俺が喜ぶためならなんでもする奴だから。
名取のため、っていうのを口癖みたいに言ってたし。
時々、いやしょっちゅうだけど、無茶苦茶なこと言ったりしたりするけど、
全部俺のためで、俺もそんな理由だから文句言うどころか 嬉しかったりしたんだ。
なのに今、こんな状況になって、俺は何をしたらいいんだ…?
遠野、お前はもう俺とエッチするのも、 俺自体も嫌になってしまったりするのか…?

そんな状態の中、俺は麗華さんの誘いを断れずに、昼は中庭へ向かう。
そして遠野も相変わらず俺について来る。
普段からそんなに喋るほうじゃないけど、前より無口になった気がする。
寮にいる時は普通に会話はするけど、あの時からエッチはしていない。


「名取くーん、こっちよ。」
「こ…、こんにちは…。」

麗華さんが明るく手を振って俺たちを招くけど、俺の心の中は全然明るくないどころか、落ち込んだままだ。
後ろに感じる遠野の視線が前よりも痛くなっている。


「お友達さん、こんにちは。」
「こんにちは。」

それでも遠野は麗華さんとその取り巻きたちに挨拶をして、俺の向かいに座った。
気まずいなんてもんじゃないぞ、これは。
実際俺は遠野を真っ直ぐ見れないでいる。


「お友達さんもどう?」
「あ…、じゃあいただきます。」

その日、いつもはやんわり麗華さんの弁当を断る遠野が、初めて誘いに乗って、箸を受け取った。
その瞬間、なんとも言えない感情が自分の中に生まれた。
遠野が微かに笑顔を浮かべて食べるのがムカつく。
俺以外の誘いに乗るのがムカつく。
今、この瞬間俺を見てない、俺のことを考えてないのがムカつく。


「あら、名取くんどうしたの?恐い顔して。」
「え…。」

滅多に怒ることなんてない俺が恐い顔なんて言われたのは初めてだ。
そんなに俺、ムカついてたのか…。
誰に対してだ?遠野か?麗華さんか?それとも自分か??


「お友達さん、これはどう?」
「美味いです。」

麗華さんがそう言って遠野に近付いて、 もう少しで遠野の手に触れようかとした時、
俺の中で何かわからないものが爆発してしまった。


「とっ、遠野に触らないで下さいっ!」
「え…?名取くん…??」

そうだ、俺は嫉妬してたんだ、今。
誰にも遠野を取られたくないって。
遠野も同じ気持ちだったんだろう。
そんな中途半端な俺に触られたくなかったんだ。
だからあんなエッチ断ったり…。
こうなるともう止まらなくて、どんどん俺の口から それは溢れてしまう。


「れっ、麗華さん、す、すいません、俺ダメですっ。」
「どうしたの?お友達さんに何か悪いことしたかしら。」

こんな時なのになんで俺も動揺してどもったりするかな。
ダメですって、何がダメなんだか。
もっと男らしく言えば遠野もまた惚れるかもしれないってのに。
…って、嫌われてることにしてどうするよ、俺。


「友達じゃないですっ、俺は…俺と遠野は…っ。」

言え、言うんだ俺っ!! ここでカッコよく決めろ、夫だろ!!
でも言うのか…、ホモカップルだってこと。
そんな迷いが脳内を凄まじい速さで駆け巡ったけど。
だけど俺は…!


「俺たちホモなんですっっ!!」

ああぁ〜…ついに言ってしまった。
自らホモって、しかもバカみたいにデカい声で。
こんなこと叫ぶなんてアホか俺は。
付き合ってる、とかもっと別に言い方あっただろううに。
内容的にはまぁ同じことだけど。
これで余計遠野が幻滅したらどうす………え?


「名取…。」
「とっ、遠野っ??」

嘘だと思った、これは俺の白昼夢か何かだと。
だって、遠野が感情を露にするなんて、あろうことに涙なんか見せるなんて…。


「名取、どうしよう俺…。」
「な、な、どうしたっ、俺なんか悪いこと言った…、言ってねぇよな?」

遠野の目から透明な雫がボロボロ零れていて、 俺は慌ててその肩を掴んだ。
間近で見てもまだ夢みたいだ。


「いや、感動して…、それで…。」
「そ、そんなに俺のことを…!」

あぁ、俺ってやっぱり遠野に愛されてんだなぁ。
単純だけど、嬉しいよ俺は。
そんなに感動してくれたなんて、フフ、俺の立場も守られるってことで。


「俺、生まれて初めてセックス以外で泣いた。」
「…はい??」

と、俺まで感動に浸っていたのはほんの束の間の出来事だった。
真っ昼間になんてこというんだこいつは。
…つーか生まれて初めてっつったか??


「そうよねぇ、龍之介は生まれた時も泣かなかったって伝説になってるものね。」
「うん、俺こんなの初めてでびっくりした。」

待て。
待て待て!
生まれた時も、ってそれヤバくねぇか?
いや、突っ込むところはそこじゃねぇ。
なんで麗華さんが遠野の生まれた時の伝説やら知ってるんだ??

ま…さ…か…。

大抵俺の嫌な予感ってのは的中する。
今までがそうだったし、多分今もだろうな…。


「あぁ名取、紹介する、従姉の平泉麗華だ。」
「遅ぇよ!それ早く言えよ!」
「あら、怒ってるわよ、龍之介。」

そうだよ、最初会った時思ったんだ。
綺麗な顔立ちとか、強引なところとか、突拍子もないこと言うとか…。
それでいて冷静なところとか…全部どこ取っても遠野一族の特徴じゃねぇか!!
なんで気付かなかったんだよ俺!バカだ───…!!


「あ、でもあたしが勝手に来たのよ、龍之介を責めないで?ね?」

そしてその綺麗な顔で見つめてくるところまでソックリだ。
だ、騙されたのか…?俺…。
騙すって表現も変だけど。


「龍之介がね、名取くんが自分から公言してくれないって。 もしかして好きじゃないんじゃないかって悩んでて。」
「しなくていいって言ったのに学校壊して来るんだもんな。」
「じゃあこの校舎を借りるってのも…。」

参りました、もう降参です。
俺は心の中まで敬語を使いたい気分だった。
遠野の悩みのために学校壊してまでここに来たのか。
つーか普通は公言なんてしないと思うんだけど。
もう遠野本人にも、その周りにも俺は敵わない。


「ごめんなさいね、余計なことして。」
「いや…全然いいっすよ…はは…。」

薄ら笑いを浮かべて麗華さんに言う。
本当はよくないのかもしれないけど、誰にも心を開いたりしない遠野がそこまで悩んだんだ。
俺も今度こそ男らしく認めないとな。


「名取、ごめん、俺のせいで…。」
「いや、いいんだ、俺も悪かった、お前とのこと周りに認めなくて。」
「でも結果的に騙してしまった。」
「俺のこと思ってなんだろ?だったらいい、俺はそんなお前がそのー、すっ、…好きだ…。」

ちょ、ちょっとどころじゃなく自信なさげだったろうか…。
でもきっと言いたいことは伝わったよな。
そしてさっきみたいに遠野は感動して…。


「でも俺はそういう騙すとか嫌いだから…。」
「は、はぁ…。」

な、なんか妙なところに話題が行ってないだろうか。
これもきっと気のせいとかじゃないんだろうな…。


「今夜は名取の好きなことしていいぞ。」
「は…はぁ……えっ!」

逆に今度は予想してなかった方向に行ってしまう。
そんなのはいつもだけど。 …って、好きなことって!!
それはやっぱりその、あれに関してだろうか…。


「お前の好きなプレイしていいぞ。」
「プレ…、ホントかっ?」
「あぁ、今夜は頑張ろう、名取。」
「やった!………あ。」

しまった、こんなこと公で…ってのも今更だけど。
麗華さんはじめまわりの視線が突き刺さるように、手を握り合う俺たちをみんな揃ってニヤニヤしながら見ていた。
その後の休み時間に俺と遠野が今夜エッチするらしい、という噂が流れたのは俺の予想通りだった。







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