「ウェルカム!マンション」-9







あぁ…あったかいなぁ…。
なんか誰かに抱き締められてるみたい…。
抱き締め…??


「…んあっ。」

そ、そうだ、俺、昨日ここで紫堂さんとしちゃったんだ!!
うっわぁ、どうしよ、どんな顔すりゃいいんだ。
思ったより身体は辛くなくてよかったけど…。
熱とかもないみたいだし。
まだ、寝てる、紫堂さん…。
うーん、やっぱり顔小さいなぁ。
睫毛もよく見ると長いし、唇もなんかこう、色っぽい。
疲れてるよな、昨日はライブで、その前から準備してたし。
その後俺とあんなこと…、って!
自分で思い出すようなことして何やってんだ!


「変な顔。」
「えっ!!紫堂さんっ、起きて…!変って…。」

俺が紫堂さんの寝てる横で、一人百面相をしていると、いつの間にかそれを見られていたようだ。
起きてるなら起きてるって言ってくれよ。
ホントに意地悪なんだから。
でもそれが好きだから構ってる、ってわかって、なんだかくすぐったい気持ちになってしまう。


「嘘、可愛い顔。」
「な…、何言ってるんですかっ!」

朝からそんなこと言わないで欲しい。
顔から火でも出そうになるじゃないか。
心臓にも悪いよ。


「悠真。」
「えっ、な、なんですか?」
「キスすんの。」
「えぇっ??や、やですよ〜。」

目閉じて、寝そべったまま俺を指で呼ぶから、何かと思えばそれ…。
そんなこと、できるわけないのに。


「なんだよ、おはようのキスは基本だろ?」
「やですよ、恥ずかしい…。」
「恥ずかしい?セックスまでした仲なのにか?」
「ちょっと!そんなこと口に出さないで下さいよー。」

なんでこの人そうダイレクトにもの言えるんだろ…。
俺なんかエッチしたの初めてで、キスだって紫堂さんが
初めての相手なのにな…。
あ…そういえば、紫堂さんは、ホントに俺でいいのかな。


「あの、昨日の人は、いいんですか…?」
「あぁ、もう終わってんだって。あいつ俺の本名も知らないんだぜ。」
「え…、そうなんですか…。でも…。」
「お前しつこいよ?」

ぐいっ、と腕を強く引っ張られて、紫堂さんの顔の目の前まで近付いた。
また…、ドキドキしてきた。


「俺が好きなのは、悠真だって。」

息がかかるほどの距離で、そんな言葉を言われて、俺の心拍数は一気に加速する。
まだ温度が高い毛布の中で、キスを………。



「コラアァ───!紫堂っ、悠真!ラジオ体操始まるぞ!」


びっくりして二人で顔を上げた。
庭から、翠さんの声がメガホンを通してバカデカい音量で聞こえてきた。
部屋まで起こしに来るのは面倒だから、と言って使っているメガホンだ。
あんなデカい音出したら、近所迷惑なのに。
そんなことさえ、今はもう当たり前で、そして愛しい場所だと感じられるものだ。


「行くか。」
「そうですね。」

俺と紫堂さんは一緒に笑って、誰もここにいることを知らないことをいいことに、
もう一度ちょっとだけ抱き合って、触れるぐらいのキスをした。






なんとかラジオ体操を終えて食堂へ向かった。
今日も台所からは、いい匂いが漂っている。
察するところ、何か焼き魚、と言ったところかな。
金はないし、住んでるところはボロくても、食べ物に関しては不自由どころか贅沢と言っていいほど、翠さんと遥也くんの料理は美味い。
テーブルにおかずが運ばれて来て、 俺は目を丸くした。


「翠さん…この立派な魚…何??」
「鯛だ、見てわからないのか?」
「鯛…はわかりますけど…。」
「今朝早く、魚河岸まで行って来たんだ、味わえよ。」

まさか、とは思ったけど。
次の瞬間、その嫌な予感が的中してしまった。


「悠真くん、よかったね。」

遥也くんが手に持った、赤飯を見たからだ。


「あれでしょ〜、紫堂くん、音楽室は防音だ、なんて適当言ったんでしょ?」
「俺も俺も!そう思う。」

嘘だ……。
あれ、全部聞かれてたってこと?だよな…。
そんな楽しそうに言わないでくれよ、裕己くんも健太くんも。
冷や汗が滲んで、顔はきっと真っ赤、 じゃなくて、逆に真っ青だろう。
紫堂さんはと言うと、全く動じてないのか、涼しい顔をして鯛を突いている。


「紫堂さんっ、鯛なんか食ってる場合じゃないですよ!」
「お前鯛嫌いなの?」
「そうじゃなくて!昨日防音って…!」

…しまった。 自らバラしてどうする。
何か言えば言うほど墓穴掘り大会になっちゃうぞこれは。
みんなのニヤニヤ笑う顔と視線が痛いよ…。


「っつーことだから、お前ら悠真に手、出すなよ。」
「ちょっと紫堂さんっ!」
「やだなぁ、僕は健太くん以外とはしないよ〜。」
「これで俺らのこと文句言えなくなるよな、裕己。」

しかもこの二人、部屋の外にエッチな声聞こえてたの、知ってるのかよー。
恥ずかしくないのかな。
ここに来た時はこんな会話、聞いたこともなかったのに、慣れって恐いし、嬉しい。


「あぁ、翠さん、俺ら同棲にしといてくれる?」
「ん?あぁ、そうだな、そうしておく。」

えー…説明すると、ここには同棲だと家賃が安くなる制度があるらしく、
それは愛し合ってる貧乏な若い二人を応援しよう、という意外とロマンチストな翠さんの考えらしい。
そんな話、あっていいものかわからないけど、それって俺が紫堂さんと愛し合ってる…、
はちょっと口にするのは恥ずかしいけど、そう認められてるみたいだ。


「悠真、いいだろ?」
「う…、ハイ…。」
「出て行ったりしないだろ?」
「ハイ、ここにいます。」

紫堂さんと一緒に、あの狭い古い部屋で。
これからずっと暮らしたい。


「あのー二人の世界に浸るのは、ご飯食べてからにしよ?」
「せっかくの料理、冷めるぜー。」
「お、俺別にそういうつもりじゃ…。」
「悠真、なんなら食わせてやろうか?」

まったくもう…。
なんなんだここの人たちは。
理解あり過ぎんだよ。
そんな祝福してくんなくったっていいのに。
とは言え、俺は住民としてだけじゃなく、紫堂さんの恋人としてこのマンションに暮らすわけだ。
実を言うと、物凄く嬉しい。


「赤飯も食えよ。」

翠さんの言葉に、また昨日のことを思い出してしまったけど、 紫堂さんは照れるどころか箸で俺の口に赤飯を運ぼうとするし、
みんなはそれ見てまたニヤニヤしてるし、 ホントに信じられない。
でもここが、俺の場所なんだ、と思った。
笑いの耐えない、居心地のいいマンション。





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