「ウェルカム!マンション」-7







「悠真?もう寝てんのか?」

俺は布団に潜って、なんとか泣くのをやめた。
あれからすぐに紫堂さんは暗い部屋に帰って来て、俺に声を掛ける。
まだ22:30、消灯までは時間があるのに電気が何も点いてないから、変にも思うだろう。


「悠真?」

紫堂さんの手が触れて、思わず肩がビクン、と動いた。
これじゃあタヌキ寝入りってバレちゃう…。
しかもそんな耳の近くで名前なんか呼ばれたら…。
今日になって気付いた自分の思いが蘇って、心臓がドキドキしてくるよ…。
でも、俺の思いは叶うことなんかないんだ。
それなのに、紫堂さんが、触るから。


「…触らないで…下さい…。」
「…え?」

つい、そんな言葉が口から出てしまった。
そうなると止まらなくて、次々にひねくれた言葉が出てくる。
こんなの、完全に八つ当たりだ。


「他に相手がいるのに、やめて下さい。」
「悠真…。」

こんなこと言ったら絶対怒るよな、紫堂さん。
それかじゃあ相手してやろうか、とか意地悪言ったり。
俺って、実は意地悪されるの好きだったんだなぁ…。
あぁでも紫堂さんが俺のこと本気で相手になんかするわけないんだ。


「俺っ、もうここ出て行きますから。」
「何言ってんだよ、突然。」
「もう紫堂さんにからかわれるのやなんですっ。」
「………。」

言ってしまった、ハッキリキッパリと。
殴られたりしたらどうしよ……え…?
布団の横のほうに寄せてあった毛布が取られるのが感覚でわかった。
俺の傍から紫堂さんが離れるのも。


「お前貧乏だろ、俺がどっか行くからよ。」
「え…、ちょ…。」
「あ、今日は無理だから、これ借りてくわ。」
「紫堂さ…。」

嘘だ…、そんな…。
ドアの閉まる音がして、俺は部屋に一人になった。
あんな紫堂さんの声は聞いたことがない。
笑ったような、傷ついたような。
傷付けたのは、もちろん俺で…。
自分から言い出したことに、早くも後悔していた。



それから眠れるわけもなくて、 消灯後の暗い廊下に出た。
もちろん、紫堂さんを探しにだ。
この古いマンションは、歩く度にミシミシと床が鳴る。
もう何十年もここに建ってたんだろうな。
将来、新しいマンションになってここに建つ時も、できれば俺、みんなと一緒にいたいのに。
なんであんなこと言っちゃったんだろう。

『音楽室』

手書きの文字の看板の前で足を止めた。
食堂より先に行ったところにあるそこは、昔、翠さんが紫堂さんのために改装した部屋らしい。
俺は使ってるの、見たことないけど。
音楽室、なんてまるで学校みたいだな、と思った。
でも紫堂さんにとっては大事な部屋だ。
もし明日とか、紫堂さんがホントに出て行っちゃうなら、最後にここが一番いそうな気がした。


「あれ…いない…?」

そのドアをもし紫堂さんが寝てたら悪いから、ゆっくりとうるさくならないように開けた。
薄い絨毯の上に、毛布はあったものの、紫堂さんの姿はない。
まさかもう出て行っちゃった…?


「何?」
「うわあぁっ!!」

後ろから声を掛けられて、飛び上がる。
こんな暗いところでびっくりするって。


「風呂行ってたんだよ。」
「あっ、あぁ、そうですか…。」

はあぁ─────、ビビったぁ。
思ってたより怒ってなくてよかったけど。
俺は震える手で、そのドアを閉めて、紫堂さんと中に入った。


「あの…、さっきは、ごめんなさい…俺…。」
「あぁ、気にすんなよ。」
「そうじゃなくて…俺…。」
「何が?そうじゃないって。」

うっわぁ…ど、どうしよう…。
こういう時って、なんて言えばいいんだ?
別に告白する必要はないんだけど、このまま紫堂さんと会えなくなるんだったら、ちゃんと言って誤解を解いておきたい。


「いや、できれば気にしたい、気にして欲しい?っていうか…。」
「??意味がわかんねぇな。」
「えっとつまりさっきのは俺の八つ当たりで、その、 や、ヤキモチってやつでして…。」
「あれ?それって…。」

なんで俺ってハッキリ言えないんだよー。
言えよ、好きだから、って。
悠真、お前はそれでも男か!
俯いていた顔を上げて、心に喝を入れた。


「だから、俺、紫堂さんが好───…むぐっ!」

な、何すんだー!
せっかく好きって言おうとしたら、紫堂さんの手で口を塞がれてしまった。
どうしよう、手が唇にあたってるだけで、熱いよ──…。


「お前今、好きって言おうとした?」
「…んー、んー…。」

言葉を発することもできなくて、俺は首を精一杯上下に振る。
さっきまでの迷いは一転して、今度は伝えるのに必死だ。


「悠真、好き。」
「え……?───っ、ん…っ!」

ようやく自由になったかと思った瞬間、紫堂さんの唇が塞いでしまった。
うわ…、俺今キス…してる…。
紫堂さんと、二度目のキス…。
なんだか全身が痺れて、蕩けそう…。
身体熱い──…、あれでも今、凄いこと言われた…?


「紫堂さんっ、ちょ…、待って下さい…って!」
「なんだよせっかく盛り上がってんのに。」

盛り上がってんの紫堂さんだけじゃないか。
いや、まぁ俺もされて嫌なわけじゃにけど。
むしろ気持ちよくなっちゃったけどさ。
俺の気持ち、まだ言ってないし、 紫堂さんの気持ちだって…。


「俺のほうが先に好きになったんだ、先に言わせろよ。」
「そんな勝手な…、って、嘘だぁ!」
「嘘じゃねぇ、会ったその日にだからな。」
「ええぇっ!!」

それこそ嘘だろ…?
だって俺バカにされてばっかりで、全然好きって感じじゃ…。
っていうか、紫堂さん、なんか赤くなってる?


「よく言ういじめっこってやつ、好きだからいじめたくなったんだよっ。」
「え…あ、あぁ、はぁ…。」

ちょ、ちょっと可愛いかも…。
なんて言ったら怒られるかな。
照れてる紫堂さんなんて、誰も見たことないよな。
たまに俺にだけ、見せて欲しい。
もっと紫堂さんの色んな顔、見たい。


「で?お前は?」
「えっと、俺も…、す、好き…だと思います…。」
「思いますぅ??」
「いえ、あの、好きです!!」

な、なんで脅されなきゃいけないんだよー。
勢いに乗って叫んじゃったじゃないか。
今の可愛い紫堂さんはどこ行ったんだよ。
でも…、言えた、好きだって。 自分の気持ち言えた…。


「悠真。」
「好きです、紫堂さんが好き…。」

名前を呼ばれて、また熱くなる。
キスされて、もっと熱くなる。
俺、すごい好きなんだ、この人のこと。
この人も俺のこと、すごい好きなんだ。
重なった唇から、抱かれた身体から、全部伝わってくるよ。


「んぅ…、ん…っ。っていうか紫堂さんっ!」
「あ?何?」
「ど、ど、どこ触って…、あ…っ。」
「どこって、言わなきゃわかんないか?」

俺のパジャマん中に手が…!
胸のあたり擦られてんですけど。
言わなくてもわかるけど、イキナリそんなとこ触られてビックリするに決まってるだろ。
それに告白してすぐって、どうなの?


「心の次は身体で確認しないとな。」
「そ、そんな…あっ、や、紫堂さ…っ。」
「言っとくけど俺、エロいから。」
「えぇっ、あ、や…っ。」

そんなこと自信たっぷりに言われても…。
俺は抵抗空しく、毛布の上に、押し倒されていた。
こんな展開、この部屋に来た時予想もしてなかったのに。
もしかしなくても、ここでエッチしちゃうのか…?








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