「ウェルカム!マンション」-6









それから二週間後、俺は紫堂さんにチケットを渡された。
『ミヅキ 2005 1st tour final』
紫堂さんがこの間リハーサルに行ってたやつだ。
しかもファイナル…確かソールドアウトしたって聞いた。


「余ってんだよ、ヒマなら来い。」

頼んでんだか命令してんだか…。
ちょうど今日は授業がない日で、 行けるって言えば行ける、っていうか、ちょっと行ってみたい。
芸能人の紫堂さんを、見てみたい。
その時はミヅキ、になってるんだろうけど。
俺はこの間から、こんなことばかり考えている。


「なんだ、ライブも初めてか?童貞。」
「そ、その呼び方やめて下さいよー。」

ことあるごとに俺のこと変な呼び方するんだから。
でも俺はライブに行くのも実際初めてだ。
高校の頃、友達が文化祭でやったのとかは見たことあるけど。
あの体育館とは比べ物にならないぐらい広いんだろうな。


「俺のライブの凄さを見せてやるから。」
「は、はぁ…、じゃあ行きます…。」

紫堂さんはまかせとけ、と笑って、ヒラヒラと手を振って部屋を出て行った。
今日の紫堂さんはいつもにも増して決まってる。
今着てたのは衣装じゃないんだろうけど、それでも一般人とは違うと思う。
よく言う、芸能人オーラっていうやつ。
俺は一人になった部屋で、なぜか胸がちくり、と痛くなった。






「あれー悠真くん、出掛けるの?」
「あ…裕己くん…。」

午後になって廊下を歩いていると、ちょうど学校が早く終わった裕己くんと健太くんに会った。
この二人はいつも一緒にいる。
仲いいんだよな、恋人同士だから当たり前だけど。
俺にあの声聞かれてるの、気付いてないんだろうか…。


「うん、紫堂さんのライブに、チケットもらったから。」
「えっ、ずるーい!紫堂くん僕たちにはくれないんだよ!」
「俺たち一回ももらったことないよな。」

え…、嘘、俺だけ…?
あくまでもらったから仕方なく、みたいな言い方を してしまったけど、どうやらみんなはもらったことがないらしい。
翠さんは、あるかもしれないけど…。


「あ〜、あれだよ、俺に見せつけたいんじゃん?」
「紫堂くん、悠真くんのこと気に入ってるんだ〜。」
「え…気に入ってるって…。」

気に入ってるわけないだろ。
あんなバカにするクセに。
気に入ってたらもっと優しくするだろ。


「よっぽど悠真くんが好きなんだね。」
「ちょ…、好きって!!」

す、好きとか言わないでくれよ。
なんかドキドキしてきちゃったじゃん。
別に本人に言われたわけでもないのにさぁ。
…って!これじゃあ紫堂さんのこと好きみたいじゃないか。
そんなことあるわけない。
ここに住んで、感覚が麻痺しちゃったんだ。


「そんなことあるわけないよ!俺も違うし!!」

まるで捨て台詞のようにそんなことを言って、 二人の前から立ち去った。
それはもしかしたら、自分に言い聞かせるためだったのかもしれない。
好きになるなよ、って。







言い聞かせるほど守れない。
やめなきゃ、と思うほどやめれない。
叶わない思いほど、燃え上がる。
危ない道ほど、渡りたくなる。
そんな意味のミヅキの歌を思い出した。
それを自分に重ねながら、ステージの紫堂さんを見つめる。
スポットライトが当たった紫堂さんは、 紫堂さんなのに、違う人だ。
そこにはミュージシャンのミヅキがいる。
耳が割れるぐらいの歓声と、音楽で、どこかにトリップしてるよう。
床まで揺れて、気持ちいいんだか悪いんだかわからない。
ステージの紫堂さんも、ハッキリは見えない。

遠い。すごく遠い。

俺の隣で寝てるのが思い出せない。
毎日のそれが夢だったようにも思える。
ただ一つ、ハッキリとしてるのは、わかったのは、俺は紫堂さんが好きだってことだ。

初めて会った時から気になってたのは、もしかしたら前触れだったのかもしれない。
ライブ見て自覚するなんて、俺って、鈍いなぁ…。
俺は広い会場で、紫堂さんから一番遠いのかもしれない。



人に酔ったのか、音に酔ったのか、俺はフラフラしながら、マンションへ辿り着いた。
もちろん紫堂さんは帰っていない。
暗い部屋の蛍光灯を付けて、ひいたままの布団に倒れ込んだ。
身体は疲れてるのに、眠れない。
ずっと寝転がったまま、天井を見ていた。
俺、紫堂さんが帰って来たら、どんな顔すればいいんだよ。
好きだってバレたら、恥ずかしいじゃん。
変にジッと見ちゃったりしないか不安だ。


「ミヅキ。」


あ…、紫堂さん?
ミヅキ、という名前に反応して、勢いよく飛び上がる。
このマンションは外の音もよく聞こえてくる。
まぁ、ボロいからなぁ…。
翠さんにそのことを言ったら、雨が入って来なきゃ窓なんてなんでもいいんだよ、ってムッとされたっけ。
俺が前に住んでたとこなんか、外の音なんか全然聞こえないような窓だったもんな。
なんだか、まだそんなに経ってないのに、懐かしい気さえしてきた。
俺もここの住民として、慣れてきた、って感じかな。


「じゃあな。」
「………。」

え────……。
キス…してた、今、男と。
う…そ、紫堂さん…。
違う、嘘じゃない、だって紫堂さんもホモだって、そうだよ、言ってたじゃないか。
セックスフレンドに会いに、とかって。
恋人とは違うだろうけど、そういうことする相手はいる、ってことだ。
俺なんかきっと目に入ってない…。


「あれ…、ヤバ…。」

俺はもうすぐ紫堂さんがここに来るっていうのに、ポロポロ泣いてしまっていた。

 





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