「ウェルカム!マンション」-5








「行ってきまぁーす!」
「行ってきます、翠さん!」

ここ、マンションに引っ越しをさせられて来てから早一週間。
今日も玄関で、裕己くんと健太くんの元気な挨拶が聞こえる。
でも俺はまだまだここの生活には馴染めていない。
朝ラジオ体操ってのも有り得ないけど、消灯時間、なんてのもあるんだぜ。
みんな普通に寝てるみたいだし。
ホントにいつの時代だよ、って話で。
しかもここの住民、みんなホモってやつだっていうし。
消灯後、たまぁ〜に変な声聞こえたりするんだよ…。
それだけじゃないんだ俺の悩みは。


「なんだ、悠真、大学はどうした?」

俺が食堂で深い溜め息を吐いていると、翠さんに話し掛けられた。
そう、その大学について、ちょっと考えちゃうんだよなぁ…。


「サボりか?」
「いや、まぁなんて言うか…。」

翠さんは、オーナーだけあって、
みんなから信頼されて いるようで、俺としても相談とかしやすい。
紫堂さんは俺のことバカにしてるとしか思えないし、裕己くんは話しやすいけど、明る過ぎって言うか、
その恋人の健太くんは更に明る過ぎで、遥也くんはちょっと話し難い感じがする。


「あの、俺、親の会社継ぐために、大学入ったんですよね。」

俺は親父の会社を継ぐのが当たり前だと思ってたし、それは別に努力しなくても手に入るもので、
将来も安泰だ、なんて呑気に考えていた。
まさか倒産するなんて、思ってもみなかった。
それは別の言い方をすれば、それしかなかった、ってことだ。
俺には他には…、何もない。


「俺、なんにも目的とかないんですよね、今…。」
「じゃあ大学なんかやめればいい。」
「か、簡単に言わないで下さいよー。」
「簡単だろ、退学届を書けば済む話だ。」

そうは言ってもな〜。
翠さんって変なとこ、冷めてるんだから。
退学したら一体何すりゃいいんだよ。
なんかいい案あるなら教えて欲しいぐらいだ。


「紫堂さんはいいですよねー、才能あって。」

ルックスもイケてるし、歌も上手いし。
あの性格はちょっと問題だけど、テレビで見る限りは嫌な奴に見えないし。
俺もなんか習ったりしとくべきだったかもな。


「才能だって努力してつくもんだろうが。」
「はぁ、まぁそうですけど…。」

俺はふと、先日の話を思い出した。
中途半端なところで終わってしまった、翠さんが育てたようなもん、ってやつ。
俺の心を見透かしたかのように、翠さんはあの時の話の続きをし始めた。


「あいつには母親がいない、それで父親は小さい頃に他界した。」
「えぇっ、そうなんですか…。」
「その父親がここの元住民で、うちが預かった、と。」
「へ、へぇ…。」

人って見掛けによらない、ってこういうことを言うんだな。
あの紫堂さんがそんな過去を持ってたなんて。
だから翠さんが親みたいな感じ、ってことか。
それに誰も家族がいないなら、自分で稼ぐしかないもんな。
ちょっと偉いよな、それ…。
でも寂しくなったりしなかったのかな、子供だったなら、親がいるのが当たり前のようなもんだ。


「手っ取り早いのが、芸能人だってよ。」
「は??何がですか?」
「目立つには、テレビだって。すぐわかるとか考えてるんだろうな。」
「え…、それって母親にって…?」

翠さんは何も言葉を発することもなくただ頷いた。
あ…、だから芸名、名字だったりする…?
観月ってのはきっと父親の名字で、その母親は紫堂、って名前知らないかもしれないんだ。
なんだよ…、こんな話、聞くんじゃなかったよ…。
紫堂さんのこと見る目、変わっちゃうじゃないか。
可哀想、とかじゃなくて、真面目とか、寂しがってるとか。


「子供だろ?もう今年で25だぜあいつ。」
「あぁ〜まぁなんて言うか…。」

翠さん、なんだかホントに親みたいだ。
ずっと紫堂さんの近くで見て来たんだろうな。
仲良さそうだし、紫堂さんも信頼してるみたいだし。
あれ、俺なんか羨ましがって…、いや、それは
芸能人と知り合いってことで羨ましいだけだ!
断じて変な、その、恋心とかじゃないぞ。
そういう翠さんは紫堂さんに恋心が湧かなかったんだろうか。
もしくは紫堂さんが翠さんに…。
俺、ここで男が男に恋するってのが常識になってしまったんだろうか。
こんな考え、思い浮かばないだろ、普通は。
なんかぐるぐるしてきた…疲れてんのかな、俺。


「何二人で話してんだよ?」
「うわっ、紫堂さんっ!」

俺と翠さんが話し込んでいるところに、突然紫堂さんが現れて、びっくりしてしまった。
その顔があんまりにも普通だから。
綺麗は綺麗だけど、そんな思いをしてきた ってのが微塵もないからだ。


「これから仕事か?」
「あぁ、次のライブのリハ。若の奴、電車で来るなっつーから 迎え待ってんだよ。」
「そりゃそうだ、お前もうちょっと自分の立場考えろ。」
「えー、だってよ、電車の方が早いぜ?」

そう言う紫堂さんはまるで翠さんの子供に見える。
電車の方が早いって、すっごい庶民的だよな。
翠さんの言う通りだよ、電車でミヅキってバレたら、絶対囲まれたりするに決まってるよ。
芸能人らしくない、芸能人だよなぁ。
なんか身近に感じちゃうよ。
ん…?今知らない名前が…。若…?


「あの、若って、どっかの組の人とか…?」
「お前バッカじゃねぇのか?マネージャーだよ、若林っつうの。」
「俺の同級生なんだけどな。」

ぐあぁ〜、またバカにされた!!
よく聞いたらそうかもしんないけど!
この人やっぱ意地悪だー。
それに慣れることなんかできないって。


「お前も見に来る?どうせヒマなんだろ?」
「ヒマじゃないですよ!」
「あっそ、じゃあな。行ってきます翠さん。」
「行ってらっしゃい。」

つい口からそんな言葉が出てしまった。
でも俺、後悔しちゃってる…。
ホントはちょっと行ってみたかった。
芸能人の、ミヅキを近くで見てみたかった。
紫堂さんのこと、もっと知りたいって思っちゃってる…?
それってもしかして、気になってるってことなんだろうか??
それじゃあまるで、さっきの恋心ってやつじゃないか。
紫堂さんが仕事に行くのを見送りながら、俺はまたしてもぐるぐるしてしまっていた。









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