「ウェルカム!マンション」-4








気になる…気になって仕方がない。
裕己くんがあんな声出してたなんて。
健太くんにあんなことされてたなんて。
世の中、もっと視野広げないとだなぁ…。
だって俺と同室の紫堂さんもそっち系、ホモってやつらしいから。
俺は久し振りのラジオ体操の間中、そんなことを 延々と考えてしまっていた。


「悠真くん?どしたの??」
「えっ!!あ、あ、おはようっ!」

ボーっと突っ立っていた俺は、その裕己くんが顔を覗き込んで来たことにさえ遅れて気が付いた。
咄嗟に出たのは朝の挨拶で、動揺が出てなきゃいいけど。


「なんか顔赤いけど、熱でもあるの?」
「い、いや、ないよ、気のせいだよっ。」
「そう?」
「うん、そう、そうだよ!」

あんまり近くに来られると、思い出すんだってば!
さっきの、キスしてた唇とか、触られてた身体とか、目に付いちゃうじゃないか。
差別とかじゃなくて、慣れてないからダメなんだ。
そういう、エッチなこと…、 認めたくないけど、俺、まだだから。
ふと気がつくと、紫堂さんがこっちを見ていた。
俺が一人百面相みたいになってるところを見てたみたいで、片方の口の端が僅かに上がったのを俺は見逃さなかった。
また、笑われた…ぐうぅ〜、悔しい!!
どうせ俺は紫堂さんの言う通り童貞だよ。
自分がそうじゃないからってそんなバカにすること…。
あ…、ってことは…、昨日の夜のって…。
その、あれだよな、男ってことになるのか?
紫堂さんも、あんな風に喘いだりすんのかな。
ダメだ、想像出来ないよ…。


「悠真、どうかしたか?」
「翠さん…、いや、その〜…。」

今誰も俺のことを見てないことをいいことに、俺は翠さんに話してみようか、と決意した。









「それがどうかしたのか?」
「どうかしたって…、じゃあ翠さん、知ってるんですか?」

庭の木の陰に、翠さんと隠れるようにして俺は聞いてみた。
みんなもう散らばって、俺達が話してる内容なんか聞こえないと思うけど。


「あの二人は同棲してるんだよ、うちで。」
「ど、同棲って!」

俺の中では、同棲は男と女がするもの、って認識があった。
しかもこんな古くて狭いところで二人で貧乏生活って、なんだったっけ、なんかそういう昔の歌なかったっけ。


「あのー、じゃあ紫堂さんは…、 紫堂さん、なんでこんなところで暮らしてるんですか?」

あんなに売れてるのに。
金だって不自由ってことなさそうなのに。
俺がブラウン管を通して見てたミヅキと全然違う。
ティッシュ返せ、とか、布団は自分で買え、とか。


「こんなところぉ?」
「あ…、いえあのそれは…。」

ひえー、なんか怒らせたかな。
こんなボロでも翠さん、オーナーだもんな。
貶したとか思われたるかも。


「マンション、建て直すんだと。」
「マンションって、ココにってことですか?」
「そう、裕己が設計、健太が現場、あいつは金、と。」
「そ、そうなんですか…。」

俺は思わず感心してしまった。
なんだ、紫堂さん、いいとこあるじゃん。
裕己くんと健太くんは同じ建築専門学校って昨日聞いたけど、そういう目的持ってやってるの、カッコいいな。
みんなココがそんなに好きなのか…。
俺はまだ来たばっかりだから、わかんないけど。
でも、あの二人はまだわかるよ、設計も現場も、別に他でも役に立つっていうか、仕事出来るし。
紫堂さん、金出すって、そこまでする理由って何?
俺は家なんか建てたことないから知らないけど、マンションって億単位じゃないのか?


「あいつは俺が育てたようなもんだからな、恩返ししたいんだろ。」
「へ……?」

まさか翠さんの子供ってことは…いやいや、どう見ても翠さん、30代とかにしか見えないし。
親戚かなんかかな、あと、芸能人がよく言う、上京してきてからの家族、とか。
貧乏生活中お世話になった人のこと言ったり。
あれ、でもミヅキの公開プロフィールって確か東京出身…。
ますますわからないぞ。


「翠さーん、そろそろ朝メシにしようぜ〜。」

俺が問い詰めようとした時、健太くんのデカい声が聞こえてきた。
あー、なんてタイミングだよー。
でもまぁいいか。
そんな深く考えても仕方ないし。
あんまりしつこく聞いてもあれだしな。
とりあえず俺としては、ココの生活に慣れなきゃ。


「おう、今行く。」
「あっ、翠さん、俺も───…ん?」

俺が翠さんの後を追い掛けようとした時、急に服の裾を引っ張られた。


「遥也くん。」

もしかして今の会話、聞かれてた?
うわ、それはヤバいだろ。
遥也くん知らないかもしれないし。
っていうか、遥也くん、お手伝いみたいなもの、って、彼はなんでココにいる…。


「僕の翠さんを誘惑しちゃダメだからね。」
「えっ、誘惑なんかしてないって!…って、僕のって言った?」
「うん、言った。」
「それってどういう…。」

まさか…、まさかだよな…。
でも俺がココに来てからまだ一日も経ってないけど、次々に常識ってもんは覆されてるから…。
出来ればその予想に反して欲しいところだけど。
でもそういう予想は、当たったりするもんなんだよなぁ。


「僕、翠さんの恋人だから。」

あぁ、嘘だ…、住民みんなホモ…。
俺もそのうちそうなったらどうす…、いや、ならないし!
なるわけないよ!
悪いことは考えないようにしよう。
それがいい…。






back/next