「ウェルカム!マンション」-3







「ん〜…‥。」

なんか重い…。
胸の辺りになんかある…。


「…ん…‥、んんっ?!」

なんで俺、紫堂さんと一緒に寝てんの!
いや違う、紫堂さんが勝手に俺の布団に入って来たんだ!
しかも上半身裸なんですけど。


「あ、あの…、紫堂さん…、起きて下さ…。」

俺は自分の胸の上に乗っていた紫堂さんの腕を揺さ振った。
あー…、綺麗な腕…。
適度に筋肉ついてるのに、細くて、指も長いし、顔も…。
やっぱ小さいな、顔。
睫毛も長いし、整ってる。


「何見てるんだ?」
「わっ!な、なんなんですかっ!」
「お前こそなんなんだよ。」
「すいません…。」

てっきり眠ってるかと思ったのにいつから起きてたんだよー。
見惚れてた、とか勘違いされたらどうすんだ。


「あ…の〜、なんで俺たち一緒に寝てるんでしょう??」

遠慮がちに躊躇いながらも疑問を口にした。
紫堂さんの腕はもう俺から離れていて、 自分の前髪を弄っていた。


「コレ…、俺の布団、ですよねぇ?」
「ちげーよ。」
「えっ、でも翠さんに聞いたらコレだって…。」
「お前一人のって言ったか?」

俺は昨日の、紫堂さんがいなくなってからのことを思い出した。
眠れない、とは思ったものの、昨日一日の出来事に疲れていて、身体だけは休もうと思ったんだ。
オーナーの翠さんに布団の場所を聞くと、押し入れから出してくれた。
布団って普通一人で一つ使うものじゃないのか?
でも押し入れに布団一組しか入ってなかったかも…。
もしかして…嫌な予感。


「布団は一部屋一組なんだよっ。」
「ええぇっ、な、なんでですかー!」

嫌な予感、的中。
それって一緒に寝ろ、ってこと?
子供じゃあるまいし、しかも男同士で。


「節約のためだ。嫌だったら自分の金で買え。」
「そ、そんなぁ〜。」

だって俺今の全財産10750円だよ、いくら安物の布団買ったって、ほとんど残らないじゃないか。
これからの生活が苦しくなるのは目に見えてる。
心理的には既に今苦しいんだけど。


「別に意識しなきゃなんともねぇよ。」
「いっ、意識なんかしてませんよっ。」

ニヤニヤと笑いながら言う紫堂さんは実に楽しそうで、意識なんかしてなくてもムキになってしまう。


「面白いな、真っ赤になって。」
「面白がらないで下さいっ。」
「心配すんな、襲わねーよ、童貞くん。」
「へ、変な名前つけないで下さいっ!」
「んー、じゃあお子様、未経験、あとは…。」
「どれもやですよー!」

次々と出てくるそのテの名前に、俺は余計ムキになってしまった。
からかわれてる。
絶対この人楽しんでるよ。
よく言ういじめっ子ってやつ。
紫堂さんの方がお子様じゃないか。
でも、お子様じゃない証拠を、俺は見付けてしまっていた。
浮き出た鎖骨の辺りに、薄らと鬱血の跡があったのだ。
昨夜の相手が付けたものだろう。
紫堂さんに言ったらまたからかわれるだろうから、黙ってたけど。


「か、顔洗って来ます…。」

これ以上付き合ってたら、何言われるかわかんないからなー。
俺は理由をつけて部屋を後にした。


「あっ、翠さん、おはようございます。」

廊下を歩いていると、いい匂いがした。
朝食を作ってるんだろうとわかって、 台所へ向かって翠さんに挨拶をする。
ついでに布団の件も言おうと思ったけど、 なんかこの人恐くてダメなんだよな…。


「よく眠れたか?」
「あ…はぁ…。」

全然寝付けませんでしたけど。
そして朝もばっちり目が覚めました、布団のお陰で。


「あと15分したら、朝食の前にラジオ体操だからな。」
「ハイ〜…、わかりました。」

それがあったか。
嫌だな、ラジオ体操なんて俺、小学生以来だよ。
一体なんのためにそんなことやるんだよ。
ん…?なんか視線…?


「おはよう。」
「あっ!遥也くんっ、おはようっ。」

何この人!気配ないよ!
心臓止まるかと思ったじゃん。
冷や汗を垂らしながら、愛想笑いを浮かべて、なんとか挨拶した。


「また翠さんの手伝いですか?」

水色のエプロンをした遥也くんは、長い箸を持っていたから、昨日みたいに手伝ってるんだろう。


「僕はこのマンションのお手伝いさんみたいなもんだから。」
「は??」


お、お手伝い??
だって翠さんがいるのに?
この人もわけわかんないなぁ。
それとも俺がついていけてないだけだろうか。
変なの…。
まぁいいか、あんまり関わらなきゃ。


「あ、俺、顔洗いに来たんだった。」

この場から離れる言い訳を作って、俺は台所から立ち去った。





「うあ…、水冷たい。」

ばしゃばしゃと音を立てて、顔を洗った。
お湯の赤い蛇口もないんだもん、信じられない。
冬とかどうなるんだよ。
やめやめ、恐いこと考えるのは。
っていうか、冬までいたくないし。
できれば今すぐ引越したいぐらいなんだから。
顔をゴシゴシとタオルで擦って拭いた。
タオルは引き取り業者に持って行かれなかったからよかった。
これでまたタオル借りたら、今度買って返せ、だの、自分で買え、だの言いかねないからな、紫堂さんは。



「ん…ふ…。」


え………?
今なんか変な声が…。



「ダメ…だよぉ、ラジオ体操始まっちゃ…あっ。」


気のせい、じゃないよな、これは。
しかもこれ、男の声…。
ここ、男しかいないハズだしな。
ど、どう聞いても、喘ぎ声、ってやつじゃないのか?
俺は気になってしまって、その声の聞こえる方へ向かった。
3号室。
俺の住む4号室とは、洗面所と風呂場なんかを挟んだ所にあった。
確かこの部屋って、裕巳くんと健太くんだっけ。
やめろと思いながらも、俺は聞き耳を立ててしまった。
建て付けの悪い古いドアは、ほんのちょっとだけ開いていた。
人間、誰でもそういう隙間があったら、覗きたくなる、そういうもんじゃないだろうか。


『誰かに聞かれちゃうよ…、んっ。』
『大丈夫、聞こえないって。』

いやいや、ハッキリ聞こえてるんですけど!
しかも見えてるんですけど!
裕巳くんと健太くんがエッチなことしてる!
男同士で?
ど、どういうこと─────??


「朝っぱらからご盛んだよな。」

気が付くと、放心状態の俺の後ろに、紫堂さんが立っていた。
イキナリ声を掛けられてビックリする、とかよりも、今見ている事の方に俺はビックリしていた。


「紫堂さん…、あれってどういう…?」

洗面所まで戻って、紫堂さんに聞いてみた。
俺にはわからなかったから。
男同士でああいうことをするってことの意味。
見たこともなかった。


「は?見たまんま、セックスしてんだろ。」
「いやそうじゃなくって、あの二人ってどういう…?」
「恋人同士だろ。」
「えっ、でもでも二人共男ですよね…?」

俺言ってること間違ってたりしないよな。
なんかここ、変なんだもん。
常識が通用しないっていうかさ。
そんな俺はよっぽど動揺が態度に出てたんだろうか、紫堂さんはバカにしたように笑った。


「世の中には、男同士のカップルもいるわけ。」
「え…あ、それって…。」

たまに耳にする、ホモってやつだろうか。
俺にはそんな縁なかったから、気にしてなかったけど。
まさか同じ建物内に存在してたなんて。
凄いな、初めてだ、そういう人に会うのは。
でも俺が驚いたのは、その後だ。
笑ったままの紫堂さんは、俺に手を差し出して言った。


「ちなみに俺もそっちの人だから、よろしく。」

俺が震えながら握手を交わしたのは、言うまでもない。








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