「ベジタブル・ラブバトル」-5







確かに大樹の言ったことは気になるな…。
なんでいつもじいちゃんや父ちゃんは
『あんなスーパーの野菜なんか野菜じゃねぇ!』
って思い切りバカにしてるクセに、負けるな、って言うんだ??
そんなの最初っから相手にならないだろ、勝負にならないだろ。
なんでだ…??


「なぁ、俺気になってんだけど。」
「なんだ、野菜の値段のことか?味のことか?」
「違う、向かいのこと。」
「あぁ??向かいの息子と仲良くすんなってあれほど…。」

俺は夕メシ時、自分でも聞いてみようと思った。
出された野菜サラダを食う手を止めて、箸を置いた。
母ちゃんが出て行って以来、うちでは父ちゃんが家事の一切をやっている。


「だから、なんでそんな反対すんだよ?もう向こうはスーパーなんだから関係ないだろっ、ライバル視する必要あんのか?」
「彩…、それはな…。」

父ちゃんが急に黙ってしまった。
これは…、大樹が言ってた通り、なんかあんのか??
じいちゃんまで黙って。


「なんなんだよ…、なんかあんなら言ってくれよ…。」
「わかった…、お前ももう高校生だ、話してもいいよな、じいさん。」

じいちゃんは溜め息を吐いて無言で頷いた。
まさか…、大樹との家に確執が、とかか?
先祖の恨みがある、とか。
もっと想像できない、あれか、俺が実は呪われてる子供で、あいつと仲良くすると死ぬ、とか。
代わりにひいじいちゃんが死んだ、なんて言わないだろうな…。
俺は箸を置いた手を僅かに震わせながら、話を聞く体勢を整えた。


「父ちゃんには、母ちゃんの他に好きな人がいた。」
「は…はぁ…。つかそれ関係あんのか?」
「それが一夫だ。」
「────は??」

一夫って、確か、いや、確実に、大樹の父ちゃん…だよな。
え…つーか待て、好きな人??


「このじいさんが反対して、無理矢理見合いさせられてだな。」
「待て、待て待て、それ大樹の父ちゃんか?」
「だからそうだって言ったろ。」
「いや、わかるけど、二人とも男だろ?」

それって…俺らみたいな関係ってことか?
嘘だろ…、だってそんなまさか、だよな。
冷や汗を垂らしながら父ちゃんの言葉に耳を傾ける俺を、じいちゃんは顔に筋を立てながら見ていた。


「そうだ、男同士だけど愛し合ってたんだ!」
「はあぁ───っ?!」

父ちゃんが…ホモだった…父ちゃんが…ホモだった…。
俺の頭の中で呪いの呪文のようにその事実が繰り返される。
しかも向かいの大樹の父ちゃんと…!!
お、俺…、俺は八百屋の息子で、ホモの息子…!
ダメだ、想像を遥かに上回ってるぞ、これは。


「それでお前と大樹が小さい頃、『結婚するんだー』って言うもんだから。」
「はぁ?だってそんなんガキの言ったことだろ?」

そういえばそんなこと言ってたような言ってないような…。
小さい頃なんて記憶が曖昧だよな。大樹だって憶えてんだか。


「それで悔しくてな…。」
「悔しいってなんだよ?あいつの父ちゃんのこと好きだったなら気持ちわかんだろ。」
「悔しいだろ!父ちゃんは一夫と結婚できなかったのに…!」
「────!!!」

し、信じらんねぇ…。
それで俺らが仲良くなってホモにならないように邪魔したっつーのか?
たとえなっても結婚なんかできるわけねぇのにか??
まさか家事できんのも大樹の父ちゃんのため、なんて言わないよな?



「このじいさんさえ邪魔しなけりゃ俺は一夫と…!!」
「当ったり前だっ、そんなこと許せるかこのバカ息子がぁっ!」

がしゃーん!!とデカい音をたててテーブルがひっくり返される。
今時そんなお笑い番組みたいなことがうちであるとは思わなかった。
じいちゃんは真っ赤になって怒ってるし。
また血圧上がるぞこれ。


「彩を彩夫ってつけようとしても反対するしよぉ!」
「お前があいつの一文字入れたいなんて言うからだっ!」
「だから仕方なく夫、とったじゃねぇかよっ!」
「わしに黙って出生届け出しに行こうとしたのはどこの誰だっ!」

俺…俺の名前まで…。
仕方なく…。
彩、のさいは野菜のさいだ、って言ったのはどこの誰だよ…!
俺はじいちゃんととうちゃんの間で引き攣り笑いを浮かべた。


「じゃあ母ちゃんはそのことで怒って出てったのかよ…?」
「いや、それはちょっと違うな。」

そりゃあ出て行きたくもなるだろ。
自分の旦那が男を好きだった、なんてな。
それでも俺が生まれたならいいじゃねぇか。
いや、よくないんだろうか、女ってのは。 よくわかんないけど。


「いや、俺と一夫は結婚してからもこっそり会ってたんだ。」
「え、なんだよ両思いだったってことか?」
「そうだ、それでうちの母ちゃんと向こうの母ちゃん、そのこと相談してるうちにな…。」
「ま、まさか…。」
「あたしたち幸せになりますっつって駆け落ちしたんだよ。」
「────……!!」

もう…、呆れてものも言えねぇ…。
俺んちも大樹んちも同性カップルばっかりかよ…。
そりゃあその血ひいたら俺もなるだろうが…。
こっそり会ってた、って、お前そん時いくつだよ。


「ちょうどその時ひいじいちゃんも倒れてな…。」
「そ、それが原因で死んだのかっ?」
「いや、それはもともと持病があって悪化したからだ。」
「そ、そうか…。」

よかったよ、父ちゃんがそうしたんじゃなくて。
危うく殺人犯の息子じゃねぇかよ。


「言ってたろ、最期にお前に。負けるな、って。」
「あ、あぁ、向かいに負けるな、だろ?」
「向かいの誘惑に負けるな、って俺にもいつも言ってたんだ。」
「ゆ…誘惑って!!」

俺…、俺が今まで向かいに対して抱いてたのはなんだったんだ?
ひいじいちゃんの言った言葉を信じて頑張ってきた俺って一体…。


「俺が一夫の誘惑に負けたと思ってたみたいだからな…。そんなんじゃないのに…。」
「あっそう…。よかったな…うん。」
「よくねぇよ、俺は今でも好きなのによぉ!」
「知らねぇよそんなんっ!じいちゃんもなんか言えよっ!」

なんなんだよ、この父親はよ…。
じいちゃんももっとしっかりしてくれよ。
ひいじいちゃんも紛らわしい言葉遺すなよ。
なんだかもう全部こいつら家族のせいにしたくなる。


「本当か…?梢介…、今でも好きって…。」
「一夫…っ!」
「俺も大樹を大介ってつけようとしてうちのじいさんに反対されてな。」
「一夫…!一夫お前…!」

後ろから、大樹とその父ちゃんが現れた。
もう勝手にしてくれ。
まったくもう、バカな親どもだ…。
じいちゃんはまた怒り出すわ、大樹のじいちゃんまで出てきて、うちでは近所に顔向けできないほど恥ずかしい争いが続いていた。









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