「薔薇色☆王子様」-8
その日の夜。
「リゼ、寒くない?」
風邪で熱を出して倒れた俺の隣には、いつものようにロシュがいる。
「くっつくなよ。」
俺はぴったり身体を密着させているロシュを引き離そうと肘で押した。
「えー、だってさ、風邪の時はあったかくして寝るのが一番だよ。」
細めだけど、俺よりも身体がデカいロシュにはいくら乙女チックとは言え、
風邪をひいて体力がないということもあって、力では適わない。
「僕があっためてあげるよ。」
「バカ…‥、ぁっ。」
へ、変な声出た!
腰に手を回されて、身体が反応して、出したことのない声が一瞬洩れる。
「どうしたの?」
「な、なんでもねぇ!変なとこに手、回すな。」
よかった、聞かれてなかった。
俺は手で自分の口を軽く押さえた。
「ねぇ、リゼはさ。」
回した手を離したロシュが、小さい声で話し始めた。
「あの日本人が、好きなんだよね。」
こんな時にんな話すんなよ。
何考えてんだよ。
余計具合悪くなる…。
「だったら何。」
俺は頭を押さえて、諦めたかのように溜め息をつく。
「それで…リゼは幸せなの?」
え───。
「な、なんで今そんな話…。」
「だってリゼ、悲しい顔ばっかりしてるから。」
俺の心臓が、速くなる。
見透かされてる。
誰にも、バレない自信あったのに。
なんでよりによってこんな奴に。
「僕なら、そんな顔させないのに。」
「何言って…‥。」
ロシュは俺の手を掴んだ。
俺の手は熱のせいで熱い。
「離せってば…!」
身体まで熱い。
また熱上がって来たんだろうな。
「あの日本人には、リゼを幸せに出来ないよ。」
「───っ!なんだよっ。お前、そんなわかったようなこと…!」
俺は思い切りロシュを睨み付けた。
違う。
わかってるんだ。
俺の好きなあの男には、好きな男がいるって。
俺には、勝てないって。
「あの日本人は、リゼを好きにはならないよ。」
「むっかつく!なんなんだよ、てめー、俺と喧嘩してぇのかよ!」
わかってる。
全部、わかってる。
「だったらなんだよ、悪いかよ、どうせバカだよ、俺だって好きでそんな…っ。」
やばい。
なんで、こんな時に。
堪えようとしても、出来なくて、掴まれた手の力も抜ける。
「でも俺は…っ、幸せに、なりたかったんだよ…っ。」
過去のことまで思い出してしまった。
両親が事故で他界して、親戚の家で肩身の狭い思いをして。
妹の那都しか家族はいなくて。
「リゼはさ、あの日本人の前で泣くこと、出来る?」
「出来るわけ、ないだろ…。」
そんな恥ずかしい真似。
俺はこれでも男だ。
「嬉しいとか、悲しいとか、全部見せなきゃ、一緒にいても疲れるよ?」
「え…。」
俺の涙は止まった。
そう言えば、俺、こんなに誰かの前で感情を露にしたこと…あったか。
両親が、いなくなってから、多分、ない。
「リゼはさ、本当は素直なんだよね。」
「……‥‥。」
俺は、言葉が出なかった。
いつもヘラヘラしてるロシュが、真面目な顔して、真面目なことなんか言うから。
「だからさ、そういう相手にしといた方がいいよ。」
ロシュが、俺の手を口元に持っていって、触れそうになる。
「例えば、僕とかね。」
「触るな…っ。」
触らないでくれ。
もう、これ以上、俺の心ん中に入って来るな。
じゃないと俺はお前のこと…。
え…俺、は…、ロシュのことを??
「僕ならリゼを悲しませない。幸せにする。」
俺今なんて…‥!!
バカなこと考えんな。
流されるな。
「バカなこと言うなよ。」
やめてくれ。
そんな、真剣な瞳で見るな。
「あ、ちょっと今いいな、って思った?」
「───!!てめぇ、試したのか?」
騙された。
不覚だ。
俺は真っ赤になって怒る。
「ふざけんな、誰がお前なんか…!」
悔しい。
こんなに、冷静さを欠いてしまった。
「へへ、やっぱりリゼはそのぐらい元気がないと。」
「うるせー!うるせー!」
俺は悔しさと恥ずかしさで怒鳴り続ける。
もしかして…。
こいつは、俺を元気付けるために?
わざと、あんなこと言った、とか?
いや、こいつにそんな頭はないよな。
絶対ない。
「俺はお前なんか好きにならないからな!例えなったとしても死んでも言うもんか!」
あれ、今なんか変なこと言ったような…。
好きになったと、なんて仮にも考えてんのか?
「いや、違うっ、例えばだ、例えば、例だからな。」
「じゃあその例が実際なったら僕から言わないとね。リゼは照れ屋さんだね。」
俺は何を慌ててるんだ。
そんでお前が照れんな!
「うるさい!もう寝る。」
「風邪、治るといいね。おやすみ。」
俺は手を振りほどいて、ロシュから離れた。
風邪のせいだ。
触れられてもいない手とか、身体とか、心臓が、灼けるように熱いのは。
それ以外に何がある。
その日は頭でぐるぐる考えて、なかなか寝付けなかった。
多分それも、風邪のせい。
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